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消滅するヒロシマに捧げる九つの詩  "Nine poems on the Vanishing of Hiroshima”        

 


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植田 信隆
疑問符
能勢 伊勢雄
磁気誘導
植田 信隆
不死鳥の詩
松澤 宥
ヒロシマから60年
植田 信隆
廣島 消滅
松澤 宥
ヒロシマから277年
能勢 伊勢雄
核分裂
松澤 宥
ヒロシマから59年
能勢 伊勢雄
オーラの閃光
A4サイズ , 10枚 20 ページ
編集 植田信隆
執筆 松澤宥、能勢伊勢雄、植田信隆
写真 能勢伊勢雄 細川浩史 
翻訳 スタン・アンダーソン
出版 
有限会社 アカデメイア
    森信彰雄

    2004年
日本語、英語

この出版物は、松澤宥の九字九行のマンダラ作品の形式を借り、松澤宥、植田信隆、能勢伊勢雄の三人の作品をその形式に配置した作品集です。それぞれは、単独のリーフレットとなっていますが、上の図のように、このマンダラ形式に則るように構成されています。

時間の矢を滑る破壊の波と常に眼前に迫りくるカタストロフィー。かつて、その波に飲み込まれ消滅した街、廣島。あらゆる努力にもかかわらず消滅しようとするヒロシマの記憶。燃え上がる折り鶴。近未来の人類の滅亡と共に再びこの街は、消滅する運命をたどるのだろうか?






廣島消滅          植田 信隆


 1945年8月6日 午前8時15分 廣島に原爆は、投下された。歴史的汚点とともに、この街は、一瞬にして消滅した。私(植田信隆)は、1957年2月にヒロシマで生まれた。原爆投下から12年後のことである。残留放射能が、あったのかなかったのか定かでない。小さな頃は、原爆ドームのあたりも遊び場だった。その頃、ドームの周りは、金網が張り巡らされているだけで、草の茂ったその下には遺骨が残っていると言われていた。それを景色として見ながら育った私のこころの中では、カタストロフィーの心象風景としてのドームと補修され続けてプラモデルのようになっていく現実の遺跡としてのドームとが少しづつ乖離し始めていた。3年ほど前のことになるだろうか。*佐藤慶次郎氏との会話の中で、原爆の犠牲となった方々をどのように芸術として扱うのかと難問を突きつけられたような気がした。この時、私は、あの乖離の中で答えを見失ってしまった。そして、いつかその問いに答えたいという強い希望だけが残ったのである。この作品集 「消滅するヒロシマに捧げる九つの詩」 は、その答えにたいする一つの試み、私の中のどうしても降ろしておくことのできない重荷を凝視する作業であった。原爆をテーマにした作品集を作りたいという私の申し出を快諾してくださった松澤宥、能勢伊勢雄の両氏にはここであらためて感謝の意を表したい。この作品集 「消滅するヒロシマに捧げる九つの詩」 が忘却の河をはさんだ過去と未来に架かる橋となってくれることを切に願っている。
2004年 夏 広島にて


*佐藤慶次郎 実験工房メンバー、作曲家であり造形作家でもある。

                                   
 






 ヒロシマから59年  松澤 宥






     松澤宥 テキスト  能勢伊勢雄 写真  植田信隆 デザイン

この九字九行のマンダラ形式に配置された言葉による作品は、2003年3月かねこ・あーとギャラリーにおける植田信隆の個展にさいして松澤宥から植田に送られた。この作品集が制作された2004年は、ちょうど被爆から59年目にあたる。この出版をいわば予告したかたちとなった作品がギャラリーの壁面に設置されたのは、アメリカ軍による大儀なきイラク攻撃が開始される前日であった。作品には、このようなメッセージが添えられていた。『御約束した展へのメッセージをお送りします。会場のどこかにピンアップしてください。80年内に人類滅亡とも言われている今、人類は何をやっているのかと怒りと絶望と諦めと身支度と。』

                                                                                                      







 疑問符 植田 信隆




 
テキスト、コンピューターグラフィックス 植田信隆
原爆ドーム写真 細川浩史
 
もし、仮に人に魂というものがあるとしたら、そしてそれが死後も存在するとしたら原爆の犠牲になった方々は、今どのように感じ、考えているのだろうか?巨大な破壊の波のなかで跡形もなく吹き飛ばされた人々の体、突然停止した人生の夢や希望、今なお弔われることのない遺体が残されているのなら、それら充たせれることのない心の破片を拾い集めることなど不可能なことだろう。慰霊のための方法などどこにもないように思えてくる。まして、生きながらにそのような境遇に立たされたヒバクシャの気持ちは、いかばかりだろう。放射能の鉛のような味、耳鳴りのする衝撃波、フォールアウトと呼ばれる死の灰、それらは打ち続く戦争やテロの序奏に過ぎなかったのだろうか?尊い犠牲の上に築かれた平和という名の砂山、われわれには、崩れる砂を拾っては注ぎ、拾っては注ぐ以外に祈りの方法はないのかもしれない。                       
                     
 核分裂  能勢 伊勢雄 






宇麻志阿斯詞備比古遅神

凝聚螺動神力

核分裂の力を解き放ってはならない

能勢伊勢雄のシルクスクリーンプリントに
植田信隆のコンピューターグラフィックス

『宇麻志阿斯詞備比古遅神(うましあしかびひこじのかみ)は、天地のはじめ宇宙生成の時、国若くして脂のごとく浮かびまるで海月のように漂う時、美しい葦の芽のように泥中から盛んな勢いで萌えたちのぼるものの中から生まれ、隠れ身の神となった。』 古事記の「天地のはじめ」の一節を簡略にまとめてみた。‥‥‥本文より抜粋










倉敷市立美術館 「スペクタクル 能勢伊勢雄 1968-2004」展
   
                                   
この展覧会では、作品集「消滅するヒロシマに捧げる九つの詩」が、ジクーレー版画に制作されて出品されました。      
この作品集は、2004年12月18日から2005年1月23日まで広島市現代美術館で開催された展覧会「松澤宥と九つの柱」を記念して出版されました。 出版に際して御尽力いただいたアカデメイアの森信彰雄氏ならびに原爆ドームの写真を 提供してくださった細川浩史氏に感謝いたします。
 
 
 




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