ゲオルク・トラークル『トラークル詩集』part2  鏡の中の響・静けさ

1914年、第一次大戦が始った。トラークルは8月に薬剤士官補として家畜用貨車で東部戦線のガリシアに向かう。ポーランドとウクライナが接する地域だ。見送りに来たルートヴィヒ・フォン・フィッカー(1880-1967)に出発の直前、彼は黙って紙片を差し出した。その紙片にはこう書かれてあった。「死者に似たような存在となっているそのときどきに感ずること――すべての人間は愛に値する。目覚めているとおまえは世界の苦さを感じる。その苦さのうちに、おまえの解かれることのない罪のすべてがある。おまえの詩は不完全な贖い」(加藤泰義『ハイデガーとトラークル』/出典はオットー・バジル『トラークル』)。帽子の赤いカーネーションが幽霊のように揺れていたという。何故、詩は完全な贖いにはならないのだろうか。彼は、いぶかしげに見上げるフィッカーに「もちろん、いかなる詩も罪の贖いにはなり得ませんが」とも付け加えたという。

トラークルは、ドイツ表現主義最大の詩人といわれる。正確にはドイツ語圏最大のというべきだろうが、その表現主義とは、いったい何なのかをまず見ておきたい。『ドイツ表現主義の芸術』に収録されている本江邦夫(もとえ くにお)さんが書いた『もっとも孤独なものたちの共同体』を覗いてみよう。本江さんは、僕が東京で展覧会をしていた時には時々見に来てくださっていたが、府中市美術館の館長さんになられてからは、あまりお会いできなくなってしまった。それに、僕も東京で展覧会をしなくなったこともある。デュモン社の美術辞典によるとドイツ表現主義の定義を最初におこなったのは、ベルリンの前衛的な雑誌『シュトルム』の編集者ヘルヴァルト・ヴァルデンで、1911年のことであった。本来、マチスらのフォーヴィズム、ピカソ、ブラックが中心となっていたキュヴィズム、ボッチョーニらの未来派から初期の抽象絵画にいたる第一次大戦前の先進的な芸術的傾向を言ったものらしい。今日ではドイツにおいてその絶頂に達した特殊な芸術的傾向を指す言葉である。美術の世界では印象主義(Impressionism)に対する反動としての表現主義(Expressionism)でもあった。

『ドイツ表現主義の芸術』本江邦夫「もっとも孤独なものたちの共同体」収録

このヴァルデンの最初の妻はpart1でもご紹介した表現主義を代表する女性詩人エルゼ・ラスカー=シューラーだった。ヴァルデンは「今週の顔」の欄にウィーンからココシュカを呼んで、その挿絵を描かせた。その作品は、賛否両論を巻き起こし物議をかもしたようだ。ヴァルデンは、彼の雑誌でキルヒナーを中心としたドレスデンの「ブリュッケ」、カンディンスキーらのいるミュンヘンの「青騎士」などを積極的に紹介したのである。彼は「芸術は天分であって再現ではない。人は果実を味わおうとすれば、外皮を犠牲にしなければならない。‥‥画家は自分の内奥の諸感覚で見るものを描く、それはつまり自己の本質の「表現」Expressionである。‥‥外からの印象が、すべて、内からの表現となる。画家は、自己のヴィジョンの、自己の内面的な幻覚の、担い手であり、同時にそれによって担われている人間である。(土肥美夫訳)」と述べている。

文学については、瀧田夏樹さんが『ドイツ表現主義の詩人たち』のなかで述べていることを少しご紹介しておこう。20世紀初頭のドイツは、皇帝ヴィルヘルム2世の体制下にあり(同盟国のオーストリアではフランツヨーゼフ1世の体制下だった)、第一次大戦での敗北の後は帝政の廃止と共和制への移行という激動期を迎えた。この第一次大戦を挟む1910年頃からの15年間がドイツ表現主義の時代だという。近代化への不安と緊張とともに、若い知識人たちの厳しい現実批判と社会体制の変革という未来に対する熱い期待がそこには入り混じっていた。これが表現主義の時代背景であり、赤裸な「自我」が直接的に「社会」や「世界」に対決するという特有で、ある種悲愴な構造が成り立っていたという。両者は密接に溶け合っていて、精神を直接行動に駆り立てる、此の自己燃焼による完結性こそドイツ表現主義特有の姿であると瀧田さんはいう。芸術が常識的な意味での審美性を自ら否定し、固定的なフォルムを解体してゆく過程は過激で、劇的な様相を見せるのである。こう見ていくと、トラークルのメモの謎めいた言葉「おまえの詩は不完全な贖い」という意味が分かる気がしてくる。

1950年『言葉』、1952年『詩における言葉』と、マルティン・ハイデッガーはトラークル論を書いた。前者では静寂の響としての言葉が語られ、後者では言(こと/Sagen)の働きを詩の作品にまで凝縮させていく場所が遡上にのぼる。後者の『詩における言葉』をご紹介したい。ハイデッガーは、詩人(トラークル)が、彼の詩『魂の春』のなかで魂のことを「地上における余所者」と名づけていると指摘する。そして、『夢の中のセバスチアン』では、

おお、青い流れをくだり、忘れられたものを
思いながらゆく歩みの、なんと静かだったことだろう、緑の枝々で
鶫(つぐみ)が異郷の人の没落へと誘う叫び声をあげていたときに。(吉村博次 訳)

と没落について歌う。それは破壊でも消滅でもないという。没落は安らぎと静寂(しじま)に達することだというのである。そして、度々登場する「蒼き野獣」は、死すべきものを指しており、あの余所者を思い起こし、一緒に人間の本質が根づくべき故郷を訪れてみたいと願うという。ここらあたりは、ノヴァーリスの獣と穏やかな若者という設定に似て『夜の賛歌』を思いださせる。ノヴァーリスについては、”世界をロマン化する” 中井章子 『ノヴァーリスと自然神秘思想』をご覧いただきたい。死」とはトラークルにとって「余所者」が呼び込まれていく「下降」を指し、人間の腐りきった姿を見捨てることを意味するという。『死の七つの歌』の最終節ではこう歌われる。

おお、人間の腐敗した姿――冷たい金属で組みあわされた、
沈鬱な森の夜と恐怖、
また、獣の焼けつくような野生。
魂の夕凪。(吉村博次 訳)

ハイデッガー全集12 言葉への途上
「言葉」「詩における言葉」を収録

余所者とは、先達となってさすらい続けることをわが身に引き受ける人のことであり、このよそよそしい者は下降へと向かい、蒼さの薄明のなかに消えゆくというのである。そこには魂の静けさ=凪が存在する。そして、自己を喪失する者は、むしろ己を解き放ち、ゆっくりと今までの方向から逸れてゆくという。それが向かう場所をハイデッガーは「人里離れた寂寥の境」と呼ぶ。ここが、言(こと)の働きを詩の作品にまで凝縮させていく場ということになるのだ。そこでは、人ではなく「言葉が語る」のである。

茨の茂みが鳴りひびき、
そこには月のようなおまえの両眼がのぞいている。
おお、ずっと昔に、エーリスよ、おまえは死んでしまったのだ。(吉村博次 訳)

エーリスは罪を知らず早逝した純粋な存在としての架空の人物で「神人」の意味もあるといわれるが、この『少年エーリスに』では、朽ち果ててゆく死人ではなく、本質的な転換によって生の原初を越える場所に陥入するエーリスという存在が歌われる。彼は未生のものである。それは、原初よりも尚早い夜明けの原初、時の根源的な本質を守るものであるという。そして、人間なる種族がいつか目覚めるのを待っている。

寂寥の境は、より静かな原初の朝ぼらけ、蒼き夜や魂の夜陰の羽ばたきなどを全て含む場所だ。そこには凝集する力がまずあって、寂寥の境が自ら展開してゆく基底となる。自らを映し出して展開する鏡というわけだろうか。それから、遺作の『グローデク』の中の「精神の熱き焔」について語る。精神の本質が燃え上がることなら、それは道を拓き、明るくし、この道に就かせるものであるという。焔というならば、精神は嵐であり、「天を襲い」「神を獲物とする」。このあたりにハイデッガーの宗教観がうっすら滲む。精神は魂を追い詰め、旅路につかせ、生気を与える。精神は苦痛となって魂を吹き込む。そのような魂は生気に満ちていて、互いに調和のとれた響きを発することができるというのである。このとき苦痛のメタファーは、トラークルにあっては石である。彼の詩の中で30箇所を越えて使われる言葉だという。

この隔絶した寂寥の境は、さきほど見たように凝集させる力であり、雑じり気のない純粋な心であるとハイデッガーはいう。この力は人間という種族がその本来の原初の揺籃期から復活するようにと、未生のものを貯えておくという。やがて、友はあの余所者の動きに耳を澄ませ、隔絶していた人々の声の響を聞く。「暗き佳き響が魂を襲う」のである。先達の跫音(あしおと)を語られた言葉の音声として聞きとり、自らも世間から隔絶した狂者となる。こういう人々が歌ったものが詩なのである。詩の言葉は、未生の人間世代が、そのより鎮まれる本質が安らかに憩う原初へと帰還してゆくことに答えて、語り出すものなのであるという。

トラークルの詩における言葉は、優れた詩が常にそうであるように多義的である。だからといって、風に舞うように不定の多様な意味になってバラバラに散ってしまうわけではないとハイデッガーは言う。全体を結びつけているのは、ある音楽的な調子である。その集中や凝縮に由来するのである。それは言葉のいくつかの音が同音となって鳴るような調和に基づいているという。ユニゾンのような厳格な響きとなる。この具体的な例は、日名淳裕(ひな あつひろ)さんの『フィッカー、ツェラン、ハイデガー ―― オーストリア戦後抒情詩の展開とトラークル像の変遷』という論文を引いてpart1でご紹介しておいた。ここでトラークルの遺作と思われる作品の一つ『グローデクをご紹介したい。

グローデク

夕暮には、秋めいた森が死をまねく武器の響に
鳴りどよめく、黄金の平野も
また青い湖も、そしてそのうえを、いつになく
暗い太陽がころがってゆく。夜が瀕死の
戦士たちをつつみ、そのうち砕かれた口を洩れる
荒々しい嘆きの声をつつむ。
だが、静かに、牧場の窪地には集まってくるのだ、
怒りの神の住む赤い叢雲(むらくも)が、
流された血潮が、月明かりの冷たさが。
すべての街路は黒い腐敗のなかへそそぎこむ。
夜と星たちが組みあわされた金色の枝の下を
妹の影が、おし黙った森をぬけてよろめいてゆく、
英雄たちの霊に、血を流している頭(こうべ)たちに挨拶しようと。
するとかすかに、葦のなかで、秋の笛の暗い音いろがひびく。
おお、つねにもまして誇らかな悲しみ !  おんみら青銅の祭壇よ、
精神の熱い焔を、きょうはひとつの巨大な苦痛が養っているのだ、
あのまだ生まれてこない孫たちを。
(吉村博次 訳)

Grodek

Am Abend tönen die herbstlichen Wälder
Von tödlichen Waffen, die goldnen Ebenen
Und blauen Seen, darüber die Sonne
Düstrer hinrollt; umfängt die Nacht
Sterbende Krieger, die wilde Klage
Ihrer zerbrochenen Münder.
Doch stille sammelt im Weidengrund
Rotes Gewölk, darin ein zürnender Gott wohnt
Das vergoßne Blut sich, mondne Kühle;
Alle Straßen münden in schwarze Verwesung.
Unter goldnem Gezweig der Nacht und Sternen
Es schwankt der Schwester Schatten durch den schweigenden Hain,
Zu grüßen die Geister der Helden, die blutenden Häupter;
Und leise tönen im Rohr die dunklen Flöten des Herbstes.
O stolzere Trauer! ihr ehernen Altäre
Die heiße Flamme des Geistes nährt heute ein gewaltiger Schmerz,
Die ungebornen Enkel.

『トラークル全集』中村朝子 訳

彼の所属する部隊がその地、ガリシアの小さな町グローデクに投入され、病室代りの納屋で二昼夜、たった一人で90名を超える重傷者の看護をしなければならなかった。医者はいなかった。瀕死の病人たちの叫びと呻き声は止まない。やがて、患者の一人が、頭部に銃弾を撃ちこんで自殺した。彼は、もうその場にいられなかった。でも外に出るとスパイとして捕らえられていたルテニア人たちが首をつるされ風に揺れていたという。ある晩、彼は「もうこれ以上生きていけない」と叫んだ。外へ飛び出した彼を戦友たちが追いかけて彼から拳銃を取りあげた。やがて、彼は精神鑑定を受けるためにクラカウの野戦病院に移される。そこに、フィッカーが見舞った時、ベッドに横たわったまま『嘆き』とこの『グローデク』を読んで聞かせたという。

それから1週間後、1914年11月3日、コカインの過剰摂取によって心臓麻痺で亡くなっている。医療の現場では局部麻酔剤として使われるが、専門家が致死量を知らないはずはない。やはり、自殺であろうか。27歳だった。

ちなみに、トラークルの墓を探し当てたのは、同じクラカウに配属されていて、フィッカーの要請に応じてトラークルを見舞おうとしていた若き哲学者のルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889-1951)であった。フィッカーは、彼から「オーストリアの才能が有り貧しい詩人・芸術家」のために父からの遺産である10万クローネという大金を寄付されていた。そのうち2万クローネずつをリルケとトラークルに配分したのであった。ウィトゲンシュタインはトラークルに会いたがっていた。だが、ついに叶わなかったのである。

ハイデッガーは、トラークルの詩には歴史性がないという批判にたいして、『詩における言葉』Ⅲの終盤近くにこう述べている。トラークルの詩作活動には歴史を記述する際の「対象」など不要である。彼の詩は高度な意味において歴史的であるからだという。少なくとも『グローデク』は、戦場で作られ、歴史性を持つ作品ではあると僕は思うのだが‥‥ハイデッガーの論を続けよう。その詩は、人間という種族をその未だ実現されていない本質へと鋳込んでゆく鋳型、すなわち、人類を救済してくれるそういう鋳型の運命を歌っているという。

ザルツブルク ミラベル庭園にあるトラークルの詩碑
『ミラベル園の音楽』

冒頭のトラークルのメモに戻りたい。「‥‥目覚めているとおまえは世界の苦さを感じる。その苦さのうちに、おまえの解かれることのない罪のすべてがある。おまえの詩は不完全な贖い」という言葉である目覚めている時の世界の苦さ、その世界から余所者となることによって彼の詩が生まれる。トラークルの最も深い部分をハイデッガーは、開いて見せた。彼は、まさに自分の内奥の諸感覚で見るものを描いてきた。その意味で真の表現主義者であったろう。だが、彼自身は、彼の周囲にいる人々、例えば、カール・クラウスのように社会に立ち向かいたかったのではないか。20世紀初頭の表現主義にみられる特徴の一つは、瀧田さんのいうように「赤裸な『自我』が直接的に『社会』や『世界』に対決する」ことではなかったか。1914年1月には友人への手紙に「日々ますます不吉な形となっていく状況を変える力も気もなく、ただもう雷雨がやって来てぼくを清め、あるいは破壊してくれることを望むばかりです。‥‥結局のところぼくたちは打ち負かされたくないのです(中村朝子訳/カール・ボロメウス・ハインリッヒ宛」と書いている。

トラークルは、この世界との直接の対峙に耐えられない自分を見い出し続けていたのではないだろうか。そのような自分から生まれる詩は「不完全な贖い」としか感じられなかった。だが、詩人の思いとは、もう一つ深い次元でハイデッガーはこう言うのだ。「ゲオルク・トラークルは、まだ依然として隠れたままになっている夕べのくに・西洋(Abend-Land)の詩人である」と。彼の詩は、言葉の語りと思索とが切り結ぶ最も深い場で醸成されていった。自らを犠牲にした寂寥の境からの救済の詩、そのくにから聞こえてくる静けさの響・鏡の世界にもう少し触れていただきたい。

 

夜の歌

不動のもののつく気息(いき)。獣(けだもの)の顔がひとつ
青みと、その神性さのまえにこわばる。
巨大なのは、石にやどる沈黙。

夜の鳥の仮面。おだやかな三和音が
ひとつになって消えてゆく。エーリスよ! おまえの面差しは
言葉なく青みをおびた水の上にかがみこむ。

おお、おんみたちの真実の静かな鏡。
孤独な者の象牙色のこめかみに
堕ちた天使の名残が輝いている。

(吉村博次 訳)

Nachtlied

Des Unbewegten Odem. Ein Tiergesicht
Erstarrt vor Bläue, ihrer Heiligkeit.
Gewaltig ist das Schweigen im Stein;

Die Maske eines nächtlichen Vogels. Sanfter Dreiklang
Verklingt in einem. Elai! dein Antlitz
Beugt sich sprachlos über bläuliche Wasser.

O! ihr stillen Spiegel der Wahrheit.
An des Einsamen elfenbeinerner Schläfe
Erscheint der Abglanz gefallener Engel.

 

その他のトラークル関連書籍

瀧田夏樹『ドイツ表現主義の詩人たち』
瀧田さんは1931年台北のお生まれで、東京大学大学院を修了され、東洋大学で教鞭を執られたようだ。訳書に『トラークル詩集』などがある。

加藤泰義
『ハイデガーとトラークル』
1927年生まれ。学習院大学を卒業後、同大学で教鞭を執られた。著書に『西欧悲歌―現代ヨーロッパ思想の一方向』『リルケとハイデガー』などがある。

『トラークル詩集』吉村博次訳
吉村博次さんは、1919年のお生まれで、東京大学文学部で学ばれ、同志社大学で教鞭を執られた。同大学の名誉教授であられる。ドイツ文学、とりわけリルケやトラークルの研究で知られる。