バックミンスター・フラー 『クリティカル・パス』 part2 シナジェティック幾何学と自己規律

バックミンスター・フラー『クリティカル・パス』

バックミンスター・フラーは1895年、ニューイングランドのマサチューセッツ州ミルトンに生まれた。奴隷制廃止運動の一翼を担ったことで知られる名家の生まれで、父はボストンで輸入業を営んでいた。大叔母のマーガレット・フラーはエマスンを中心とした超越主義者の一人で、女性の権利獲得の先導者として知られた人だった。そのあたりのことは、エミリー・ディキンスン『ディキンスン詩集』part1 不滅の裏側で少しご紹介しておいた。

5歳の時、父親が亡くなる。母親は言った「坊や、何を考えたらいいかなんて思い悩むことはないのよ。いいこと? 私たちが教えてあげるから。」祖母は黄金律を教えてくれた。「汝の愛する如く汝の敵を愛せよ。汝の欲することを人にも行え(マタイ伝)。」叔父たちは、この地球上には誰もが生きていけるという保証はないのだから多くの人から生き延びるチャンスを奪わなければいけないんだと言う。大叔母のマーガレット・フラーならそんなことは言わなかっただろう。フラーは母や叔父たちが愛してくれていることが分かっていたから自分で考えることは一切注意を向けず、「人生ゲーム」を学ぶ訓練をフットボールの練習をするように行った。だが、ルールは全て誰かによって作られていた。

「この宇宙にはどんな〈個体〉も〈連続〉もないのである。われわれが扱えるのはネットワークパターンだけである。‥‥われわれはバスケットボールを連続的な表皮でできた不浸透性の〈個体〉という単体として、ゆえに球状に閉じた薄膜内部は、外部に出て行くことが気体の圧力で球形を保持できると捉えてきた。‥‥しかし、この表皮を強力な顕微鏡で見れば、結局それが連続的なフィルムてはなく、穴だらけであることに気づくはずだ。それは互いに等しく離れあった分子で構成されている。天の川のような、いわば原子の星くずのような強大なエネルギー集合体が現実に存在する。それは高分割(振動)数的エネルギー事象としての不可視な重力のように、柔軟な気球の網目を織り込んでいる〈繊維〉のもたらす張力の統合作用によってのみ互いに結合しているのである。気球は高分割数のテンセグリティ球の一例である。(B.フラー/梶川泰司 訳)」

ハーヴァード大学に進んだものの、大学のクラブの持つ階級制度に違和感を持ち始める。中間試験をサボってニューヨークのコーラスラインのメンバーを呼び、ひと騒ぎして退学になり、カナダの紡績工場で働いた。一度は許されて復学するも学費を使いこんで再び退学となった。第一次大戦が始ると海軍士官として任務にあたる。艦船と飛行機間の通信技術などの実際的な知識を学ぶことになる。

1917年、アン・ヒューレットと結婚。翌年、長女アレクサンドラが生まれるが、脊髄小児麻痺などを発症し四歳の誕生日に亡くなる。追い打ちをかけるように義父から受け継いだ新建材を製造する工場と住宅建築の会社は破産し、友人の投資は無に帰した。1927年、32歳の時、ビジネスの世界では、自分は「使い捨て」に過ぎないと感じた。自殺をしようとするほど追いつめられていた。この時、フラーにひとつの強い意識が生じる。

「体格も経験も能力も人並みで、養わなければならない妻と生まれたばかりの子供がいる健康な若い男が、資本やこれといった財産、貯金、富、信用もなく学位もない状態から始めて、宇宙船地球号に乗船しているすべての人から不本意な抑圧を取り除き、そして同時に、誰もがみんな納得のいく生き方ができるようにしながら全人類の生活の物質的保護と支えを永続的に増進するために、国や大企業にはできないことで一体何が効果的に行えるのかを発見する」ための実験をしようとすることだった。フラー自身が実験対象であった。こうして、実験動物モルモットBが誕生したのである。Bはバッキー、つまりフラーの愛称である。この年、次女アレグラが生まれている。

ここでフラーの開発した構造物などを動画で見ていただきたいと思う。その方が、これから述べるジオデシック・ドームなどを理解していただきやすいだろう。前回 part1 のダイマクションカーやウイチタハウス、ワールドゲームなども思いだしていただければよい。

5分で見るバックミンスター・フラーの世界 ”Earth’s Friendly Genius”  1983年制作

3.ジオデシック・ドーム

モントリオール・バイオスフィア 1967
(元モントリオール万博アメリカ館)

1954年フラーは〈ジオデシック・ドーム〉の特許を取得した。ジオデシック・ドームとは全方位に三角形化された構造原理によって作られたドームを指している。米国建築家協会から「人間がこれまで考案した、最強最軽量にして最も効率の優れた、空間を囲い込む手段」と評された。それは大きくなるほど強度を増し、都市全体をこのドームで覆うことも可能となる。ドームの直径を2倍にすると体積は8倍になるが表面積は4倍にしかならない。従ってドームの規模を2倍にすると一単位あたりに投入される建築資材の量は半分になり、熱効率は2倍になる。アーティファクト(人工物)に投入される単位資源あたりの性能を包括的に大きく向上させることが全人類の髙い生活水準を確保するには不可欠であるとフラーは考えていた(『コズモグラフィー』)。

1959年、フラーと実業家カイザーが共同開発した直径60メートルのジオデシック・ドームがモスクワ万博で展示され、時のソ連(現ロシア)の首相、フルシチョフの称賛を得て購入され、モスクワのソコーリキ公園に設置された。どうも、この動きにアメリカ政府は危惧と焦りを感じたらしく、フラーは1963年から1968年までNASAのアドヴァイザーとして後述するジオデシック・テンセグリティであるクラウド・ナインの開発に携わるようになるのだが大気圏をも自由に浮遊するアイデアは、大気圏外にしか興味のないNASAの反感をかったようだ(フラー+ 梶川泰司『宇宙エコロジー』)。1967年モントリオール万博のアメリカ館をまかされたフラーは、既に70歳を超えていたがこの国家プロジェクトに参画することになる。フラードームは多様な発展をみせ、日本では富士山の気象観測ドーム、イギリスのエデンプロジェクトに発展してゆく熱帯植物園を収容した直径53メートルのクライマトロン・ハウス、風速60メートルに耐えるという登山用ジオデシック・テントなどが次々と生み出されてゆく。

4.シナジェティック幾何学

正四面体 ジョイント部を稼働できるようにゴム管で接合しても自立するが、六面体は倒れてしまう。

彼は最小の構造体として4面体を考えていた。立方体や直方体の6つの辺にあたる部分を細い棒に置き換え、それらの接合部を稼働できるようにしておくと、六面体は自立できないが、正三角形を4つ持つ正4面体は自立する。それゆえ、フラーは三角形のみがあらゆる宇宙の構造的な形態を説明できると考えていた。彼のシナジェティック幾何学は三角形が基本にある。デカルトの規定した立方格子としての空間は、地球が平坦だと考えられていた時代の名残であり、宇宙時代にあっては既に時代遅れであった。正四面体の持つ四つの次元が今日の最小の次元数となるというわけである。二次元の人間にとって正三角形が四つ集まった正四面体が考察不可能であるように、部分だけ見ていては予測できないような全体としての働きがシナジーなのである。

フラーの幾何学はユークリッドのそれのように観念的なものでなく現実に即して考えられていた。詳しく知りたい方は、シナジェティック幾何学の概論である『コズモグラフィー』をご覧になるとよい。この『コズモグラフィー』の中では、シナジェティック・トポロジーという新しい概念が登場するのだが、それは、先ほどの正四面体のように接合部を稼働できるようにした立体が、ジョイン部で折り畳まれながら変形しうるというもので、例えば、フラーの共同研究者だった梶川泰司は、正十二面体のトポロジーを発見してフラーに認められることになる。それは回転しながら五重の正四面体に折り畳めるのである。その図は「正20頂点体(正十二面体のこと)モデルの対称性の破れ」と題してこの本の巻末に掲載されている。

植田信隆『不穏な原子核ベクトルモデルたち』2002-2003
梶川泰司のシナジェティック・トポロジーを参考に描いた作品

上の絵画は、梶川さんのこの正十二面体トポロジーを許可を得て僕の作品に使わせてもらったもので、ここで改めて感謝の意を表したい。『不穏な原子核ベクトルモデル』というタイトルはフラーが正四面体などの幾何学形複合体で原子核モデルを作ったことに由来している。この作品が発表された2003年は、奇しくもアメリカ軍がイラクに侵攻した年であった。

5.テンセグリティ

上左 八面体状テンセグリティ
上右 二十面体状テンセグリティ いずれも筆者制作
下左 正八面体 下右 正二十面体

シナジェティック幾何学から生まれた最も美しい構造体がテンセグリティである。テンション(張力)+ インテグリティ(統合)の造語となっている。1947年、アメリカのノースカロナイラにあったブラックマウンテン大学で、フラーは作曲家のジョン・ケージやコンテンポラリー・ダンスのマース・カニングハムらと共に教鞭を執っていた。この時、学生の一人に想像力に溢れ技術的に優れたケネス・スネルソンがやって来る。彼のアイデアを契機にジョン・モールマンやリー・ホグデンらによって新たなテンセグリティが次々に開発されるのである。テンセグリティは、金属や木材の圧縮材をステンレスワイヤーなどの張力で文字通り統合するもので、圧縮材が24本のヴェクトル平衡体状テンセグリティ、三十本、あるいは270本の球状テンセグリティというように圧縮材の数は何倍にもすることができる。例えばその圧縮材として金属製の円柱を使う場合、その直径を半分にするごとに相対的重量は8分の1に減少していく。

これをジオデシック構造のドームに応用すると、直径3キロメートル級の全球体を空中浮遊都市(前述のクラウド・ナイン)や人工衛星の環境を制御する装置として、あるいは都市の空間をまるごと制御できるような半球状の構造物を構想することが可能となる。そのような計画としてイリノイ州、イーストセントルイスのために企画されたオールドマン・リバーズ・シティ計画が知られている。周囲5.6キロの月のクレーターのようなコンクリート製の円錐台状の基部を直径1600メートル、高さ300メートルのテンセグリティドームで覆う計画であり、12万5千人がそこで暮らすことが可能とされていた。

ダイマクションハウスやワールドゲーム(part1参照)、それに空中に浮かぶ都市計画などを考えてみると、僕には、フラーが地球を自分の手のひらの上に載せてそれを眺めまわしているような光景を思い浮かべてしまうのである。彼の意識は地球よりも大きかった。ある展覧会のシンポジウムで、一人の女性アーティストが地球を飛び出て宇宙に行く、そんな作品を作りたいと言っていたのを思い出す。僕は宇宙船に乗ってみたいという人にフラーがこう言っていたというのを思い出した。「どんな感じだい。僕たちは今、地球号という宇宙船に乗っているじゃないか。」

6.自己規律

私は若い時のように他人の意見、信条、教育理論、空想、習慣に自分を合わせるよう努力するかわりに、経験から得た情報にのみ基づいて自分自身で考え、そして自分の思考と直感から生まれたものを使って、生来の切実な動機に形を与えようと努めた(梶川泰司 訳 以下「」内は梶川訳である)。切実な動機とは、あの1927年の精神的危機における覚醒であった。この『クリティカル・パス』からフラーの「自己規律」を抜粋してみる。

家族とか自分とか国家とか、あるいは自分の仲間のためだけに努力するのではなく、包括的に人類全体を保護したり、支えたり、また利益をもたらすことに全力を尽くして、私の潜在能力を可能な限り地球号とその全資源、そして累積的なノウハウ(知識)を取り扱うことにのみ差し向けることにした。

私は決して自分のアイデアや人工物を『奨励』したり『販売』したりしなかったし、金を払って人にそうしてもらったこともなかった。私としては、決して自分の宣伝のためにエージェントを雇ったり、講演や著述、『アイデア販売』のための代理人と契約したり、また私への支持を呼びかけるための職員を雇ったりしてはならなかった。支援はすべて、私の発明の進化が人間に関する事象の全体的な進化と統合されることによって、自然発生的に生ずるはずである。これは、驚くべきことと言わなければならない。

私は大部分のことを自分の間違いから学ぼうと努めた。

バックミンスター・フラー+梶川泰司
『宇宙エコロジー』

私は自然における化学元素の目録、その重さや反応特性、相対的な存在量、地理的分布、冶金学的な相互の合金化の可能性、化学的結合の可能性と不可能性に関して、包括的に理解できるように自己を教育しようと努めた。私はロジスティックス(兵站学/戦闘地帯より後方の、軍の諸活動・機関・諸施設に関する学)や、人類がその歴史的経験から引き出し整然と蓄積してきた動態統計はもちろんのこと、生産手段の全般の能力、エネルギー資源、そして関連するすべての地質学的データ、気象学的データ、人口統計、経済統計を理解しようと努めた。この規律が、彼のワールドゲームの基盤となる。

‥‥生き残れるのは『あなたか、さもなくば私』のどちらかだというこの恐ろしい先入観の存在にもかかわらず、私には次のことがはっきりしているように思われた。もし、ある個人が、エンジニアリング、マーケティング、航空学、造船学、建築学、大量生産技術、そして弾道学で実地の経験をもっていて、科学的発見のなかに顕在化している進化の可能性を認識することもでき、全人類の全体的な経済的成功を達成するには仕事の優先順位をどのように立てるべきかを理解でき、技術による人類の利益の拡大を実現するために残りの人生をすべて賭けることによってそれらの問題に関与するならば、そしてもしその個人が、自然がなそうと意図していることを行っているならば、その個人は自分が――そして自分を頼っている人たちが――何とかもちこたえ、達成すべき課題に関連した知識、能力、そして経験を増大させることがわかるのである。‥‥

我々が扱えるのはネットワークパターンだけだとフラーは言う。フラーの言うデザインサイエンスとは、我々人間の経験のネットワークを構成することかもしれないのである。かつて、人間の経験のネットワークは物語化され神話体系として伝承されてきた。それは、クロード・レヴィ=ストロース part2 『神話論理』 インターテクストをあやどるで触れておいた。しかし、フラーは人間の経験の総体を未来へと鋳出そうとするのである。平均的な人間の創意として。

如何がでしたか。皆さんにもフラーファンになっていただけただろうか。もし、この『クリティカル・パス』や『コズモグラフィー』をお読みいただけたら、今度は是非、フラーと梶川の著作『宇宙エコロジー』をお読みいただければと思う。日本を含めた現代の問題が鋭く提起されている。きっと皆さんは、より広い視野を獲得されるに違いない。

 

球形を大円によって分割しながら、表面を三角形で覆っていくジオデシック・ドームの様子がCGで描かれている。

 

フラー先生によるベクトル平衡体(立方八面体とも呼ばれる)の講義。ベクトル平衡体が二重の正八面体に折り畳まれ、最終的に四重の正四面体になっていく様子が撮影されている。折り畳まれながら変形していくシナジェティック・トポロジーの様子がよく分かる。

 

 

その他のフラーの著作と関係書籍

1. バックミンスター・フラー『コズモグラフィー シナジェティクス原論』
2. バックミンスター・フラー 『宇宙船地球号操縦マニュアル』
3. リチャード・ブレネマン編『フラーがぼくたちに話したこと』
フラーが子供たちに語るシナジェテイックス
4. バックミンスター・フラー『ユア・プライベート・スカイ』
ヨアヒム・クラウセ編 2001年のフラー「日本展」に際して刊行された。フラーの画像資料として最良である。
5. バックミンスター・フラー『テトラスクロール』絵本になったフラー
6. ジェイ・ボールドウィン『バックミンスター・フラーの世界』
フラーに学び、そのプロジェクトに携わる。ロッキー・マウンテン研究所でRV車の開発研究、カリフォルニア工芸大学で工業デザインを教えている。環境問題に関する著書がある。