美術史家としての高橋厳 ヨーロッパの闇と光

 

Caspar David Friedrich (1774-1840) 雪の中の修道院の墓地

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Caspar David Friedrich (1774-1840)    雪の中の修道院墓地    1810

「精神は感情の深みから人間の意識の地平に、まずフォルムとして現れてくるのであって、概念としてではない。だから芸術家が夢や予感に忠実であるかぎり、ひとつの新しい時代のはじまりは哲学者よりもまず芸術家によって告知される。(高橋 巌 『ヨーロッパの闇と光』から「バロックの中心の分裂」より)」

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広島に住んでいて勤めていれば、会いたいと思う人になかなか会えないことがもどかしく感じることが多かった。高橋 巌(たかはし いわお)さんもそのお一人だ。高橋さんにお会いしたのは2,3度で、それもゆっくりお話しできたのは一度だけだった。若い頃、高橋さんに憧れたという美術評論家の方と吉祥寺の喫茶店でかなり長い時間お話できる機会に恵まれたのである。

高橋さんと云えばルドルフ・シュタイナーの思想を日本に紹介し、人智学運動を日本に根付かせた人として知られている。しかし、それ以前には新進気鋭の美術史家、美学者として鳴らした人だった。大学紛争をきっかけに職を辞するまで慶応大学で教鞭をとられていた。

その著作を知ったのは偶然のことだったので、ひどく驚いたのを覚えている。私の勤めていた学校はイエズス会の経営する中高一貫校だったが、その図書館は、大学のそれには劣るものの蔵書は豊かで、特に古い本の中には珍しく、貴重なものが少なくなかった。キリスト教に関する思想は勿論のこと、正法眼蔵の注釈書やソロビヨフ、一時は自分の属するイエズス会から危険思想家扱いされていたティヤール・ド・シャルダンの著作まであった。それで、何時も廃棄されるような古い本には目を配っていたのである。或る日そんな本を何気なく見ていると、もう表紙カバーもなくなって背の文字も消えかかっていたある本を手に取った。それが、高橋さんの著書『ヨーロッパの闇と光』だった。その時まで、私は、この本の存在を知らなかったのである。昭和45年に新潮社から刊行されていた。

これほど鮮やかに、ヨーロッパ美術とその思想の内奥を照らし出した美術書があっただろうか。冒頭の一文を読んでいただいただけで、私の感想を支持してくださる方も有るだろうと思う。今回は、この本の中から二編を取り上げてご紹介しよう。ひとつは、『グラール探究者―フリードリヒとクレー』からフリードリヒをとりあげる。

何故グラール(聖杯)というタイトルがついているかというと、ヴァーグナーの『パルジファル』における第一幕後半、深い森から聖杯神殿の聖域に舞台が移っていく道行を「浪漫的」なるものの内実だと高橋さんは考えているからである。フリ-ドリヒはドイツ浪漫主義を代表する画家である。同じく浪漫主義を代表する詩人・小説家のノヴァーリスの「青い花」に出てくるこの言葉、「一体どこへわれわれはいくのか」、「常に我が家へ」、もその道行を表しているという。それは日常の私たちが立っている地点から郷愁の憧れの地点へと到る道である。その隔たりは近くて遠い、何故ならそこでは「時間が空間に変わる」からだと高橋さんは云う。時間=意識の流れに或る変化が生じて、新しい未知の世界へ流れ込む一瞬、その内面生活のドラマこそがドイツ浪漫主義の課題であった。フリードリヒこそ、その道行を描いた画家なのである。『雪の修道院墓地』を見ていただきたい。この僧たちの行進こそヴァーグナーの聖杯の騎士たちの道行を予告するものだったのである。

もう一つ重大な指摘がある。フリードリヒの弟子カールスによれば光の扱いを彼は夢から学んだ。彼の風景画は、観る者が近景、中景、遠景と画面の中で遊ぶのを許さない。何故ならそれは、曼荼羅のように最も厳密な意味で「瞑想」の対象たらんとしているからである。彼は空気遠近法にしたがわない。画面の中心に視点が固定され、それに集中されるよう中心をやや明るくする。宗教家が特定の像を心の中心に置き、雑念を排してその像に精神の集中をはかるように。

紹介する二編のうちのもう一編は、『 内面への旅―ユング』。冒頭、高橋さんは、こう書いている。「ヨーロッパの闇と光が、アブラクサスという神の名となって、私に呼びかけ、私を捉え、社会に役立つ人間になりたいという私の考え方を、根底からくつがえしてしまったのは、もう二十数年も前のことだった。その時以来、『デーミアン』は、私の「聖書」だった。」この文章だけで感動してしまう。デーミアンはヘルマン・ヘッセの同名の小説に出てくる主人公ジンクレーアの謎の友人の名前である。この小説のなかでは、既成の宗教や道徳を棄て、自分の内面への回帰を果し、それに伴う新たな価値観の獲得へと悪戦する主人公の苦しみが描かれる。そして、その新たな価値観を共有できる共同体への兆しも描かれていた。

バジリデス派のシンボル 『アブラクサス』

この小説の通奏低音にはユングの思想が響きわたる。内面の真実が現れるには闇と光、善と悪、神と悪魔という対極の合一が求められる。2010年についにユングの『赤の書』が日本で刊行された。16年余りの長きにわたって、私的な日記として手書きで緻密に書き綴り、彩色したものであるという。半世紀以上スイスの銀行に眠っていた。そこに見られるのは、ユングが見霊者であったことと、彼の思想がジンクレーアと同様に内面への旅の賜物であったということである。ヘッセはユングの高弟であったラングに治療を受けており、ユングの影響は疑い得ないものだった。そして、そのユングに影響を受けた人々が集うエラノス学会が1933年から毎年スイスで開催されるようになった。高橋さんは、この会場でバッハの無伴奏ソナタを聞いたと書いている。その後、エルサレムでこの会議に出席していたユダヤ神秘主義の研究者ショーレムにアブラクサスの名の下に一つの精神運動が16世紀ヨーロッパに実在したことを告げられたそうである。左に掲載した図版がショーレムに提示されたアブラクサスである。『デーミアン』では海の青を背景に黄色のハイタカの姿の紋章として描かれている。

この本の中に書かれているのは、ヨーロッパを中心にした美術史とその基盤となった思想についてである。しかし、一方で高橋さんがルドルフ・シュタイナーという運命の思想家に出会うまでの魂の道行の記録でもあるのである。そこには、内面への回帰と瞑想への興味、新たな精神性を基盤とした価値観を持つ共同体への憧れがある。そんなルドルフ・シュタイナーの思想とは、どのようなものであったのか、それはまたの機会にご紹介したいと思う。