パウル・クレー 『無限の造形』 1923年11月27日の授業原稿

パウル・クレー『無限の造形』

20代のころにパウル・クレーの『造形思考』を買った。何度も何度も読みかえしたし、造形上の色々の考え方を知ることができた。自分にとって、とても大切な本だったが、未だその本質を完全に理解できたとは言い難い。時々思い出したように手に取ることがある。 今回は、その『造形思考』の姉妹編である『無限の造形』(新潮社)から1923年11月27日の授業原稿をとりあげたい。クレーは、当時の最も先進的なアートスクールであったバウハウスで教鞭をとっていた。その授業原稿である。

この講義をクレーは、「構造的リズム論並びに高次の分節、線的、面的、空間的にフォルムを規定する活動性、物質の適合性と運動能力、原因的なものを問う、フォルムでなくフォルムング、理念的な根源性」といういささか長いテーマのもとに構成している。型にはまった冷たい画一性ではなく、生成しつつあるフォルム、生成、ゲネシスとしてのフォルムを生徒たちに要求している。そのような生きたフォルムの例としてクラドニ図形に言及する。中央を固定した薄い鉄板に砂を蒔いてその端をヴァイオリンの弓でこすると鉄板が振動して振動数の違いによって様々な模様を形作るのである。私たちはヴァイオリンの弓、つまり表現しようとする意志なのであって、砂は仲介者であり、最後に文様がフォルムとなって現れることを彼は指摘し、死せる構造ではなく生きた構造とは何かを問う。運動による生きた構造を形作るためには、そのような意志を伴った心情が必要であるという。風紋には風が必要なのである。

そのような生きた生成するフォルムを作るためには、砂のような小さなパートが運動を積極的にとりいれられるかどうかにかかっているという。ヴィヴラートのような細かな震えが必要なのだ。そのようになってはじめて家(フォルム)が生じるのであって、そんな構造をつくるためには並列する杭のような線ではなく波のような曲線が好ましい。下図の上をご覧ください。その図の中と下は、いずれもそのような波線の運動をテーマに後にクレーが制作した作品である。それらは驚くべき繊細さと明確さで≪流れる≫運動のありとあらゆる種類の文様をを形づくっていくだろうという。タイトルが中の図が、『水門における運動』1929、下の図は『潮の満ち引き』1929である。ここに見られるのは複雑な方向への反復組み合わせ、色々な種類の構造的リズムである。

クレーは、この原稿の中で傍線を引いて以下の文章を強調している。「創造的なものにひそむ力は、名づけ得べくもない。それは、あくまでも秘密のベールに包まれたままである。とはいえ、それは他ならぬ私たちの存在の根底を揺るがす秘密だったのである。わたしたちの存在そのもののすみずみまでこの力がみなぎっている。私たちはそれが何であるか言うことはできないけれども、この力の湧き出る源泉にむかって限りなく近づくことはできる。とまれ、私たちはこの力を、私たち自身の裡にあらわれ出るまま、その活動という面であらわにしなければならない。」そして、その力が「物質に浸透した時、この力は生きた真のフォルムをとる。その時、物質は生命あるものとなり、最小の部分からはじまって下位のリズムから高次の分節へと秩序づけられていく」と。

何らかの物質の形をとっているだろうが、普通の感覚では認識不可能な力。しかし、その力が物質の中に姿を現すのも可能なのであって、私たちはその力を認識できるようにしなければならない。「見えないものを見えるようにする」のだ。この力が、何であるか分かりやすく言いかえるのは私にとっても困難である。それは、フォルムのような静止した像を形作るのではなく、動的にフォルムング(形成)するのだとクレーは、言っている。イデア的な根源性とのつながりを求めて、造形意志を押し進め小さなものから大きなものへと順次この意志を移していってたえず創造性の流れの中に身を置くように心がけよと生徒たちに呼びかける。

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実は、この原稿にはクラドニ図形の例として、ハンス・イエンニの制作した図形が掲載されている(左図)。彼は前回の高橋巌(たかはし いわお)さんをとりあげた時に紹介した人智学徒だった。スイスの医師であり、振動実験で著名な人であり、それを治療に応用していた。この写真では25×33㎝で厚さ0.5mmの鋼板に水晶振動子によって周波数10700cpsの振動が与えられている。白い部分が砂で暗い部分が鋼板である。これを動画で見ていただければわかるのだが砂の部分は振動が与えられている間その全体の形態を維持しながら砂粒は川の流れのように移動しているのである。極めて不思議な運動をしているのであるが、クレーのいうフォルムングとは何かが理解できる手助けになるのではないかと思っている。イエンニの制作したヴィデオがYOUTUBEに掲載されているのでご紹介しよう。最初の2分は英語の解説が入るのでとばして見ていただいてもよい。

 

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このCymatics (古代ギリシアの円柱に見られるカーヴの波線を指す言葉)と呼ばれる振動実験は、後継者に受けつがれ、イエンニが人間の声を造形したもの(人の声も振動である)をかなりソフィスケートした映像もあるのでご紹介しておく。これは美しい声のマンダラである。

さて、話がとんでしまったけれどクレーの言う創造的なものにひそむ力とはどのようなものか、一つの例としてこのCymaticsをお考えいただければよいと思っている。