まど・みちおさんのあることとないこと

 

"The Wonder of Being"

“The Wonder of Being”

まどさんの詩に触れたのは恐らく、もの心つくかつかない頃だろうと思う。ほとんどの日本人がそうだといっていい。なにせ、あの『ぞうさん』の作詩者だから。でも作曲者の方は意外と知られていないかもしれない。オペラ『夕鶴』を作曲した團伊玖磨(だん いくま)さんなのである。実は、「ぞうさん」は、凄いコンビで出来ている。ついでに言うと「いちねんせいになったら」の作曲者は、山本直純(やまもと なおずみ)さんである。このように幼児記憶に刷り込まれているまどさんの詩であるが、私が、その詩をじっくり読み始めたのはかなり遅くて1999年、作曲家で造形作家の佐藤慶次郎さんとまどさんが岐阜県美術館でジョイント展を開いた時からだった。それまでは、その世界をほとんど知らなかったと言っていい。

佐藤さんは、谷川俊太郎さんの親友だった。谷川さんは、まどさんの詩をすぐれた現代詩として一貫して支持されていたので、おそらくこの関係でまどさんのことを知ったのかもしれない。まどさんの詩を知ったその日に自転車で書店まで詩集を買いに行ったそうである。佐藤さんは、まどさんのいわばファンだった。佐藤さんの展覧会へのさそいに対してまどさんは「光栄です。」と答えられたそうである。これもついでに言うと美智子皇后さまもご自分で英訳されるほどのまどさんファンであるらしい。

この展覧会で、まど・みちお、谷川俊太郎、佐藤慶次郎というメンバーで「新時代・ものみなひかる」というフォーラムが開かれた。そのなかで記憶に残っているのは谷川さんのこの言葉、「まどさんの詩について、さかしらに物言えば言うほど自分がアホに思えてくる。」これは言い得て妙である。それと、谷川さんは、まどさんの詩が子供たちにうけるということにたいして、少なからずジェラシーを感じておられたようで、どうも『どきん』などの詩は、いいしれぬ感情(これは言い過ぎかもしれませんが)のなせる業(わざ)であったらしいのである。ついでに言うと皇后様は、まどさんの講演会にはかなりの出席率であられたようで、この時は担当の学芸員で当時の学芸課長さんだった古川秀昭さんに直接、出席できない旨の電話があったそうである。そのお立場からすれば、これは異例のことであるらしい。

まど・みちお 『全詩集』 理論社

まど・みちお 『全詩集』 理論社

まどさんの詩には、宗教的といっていいほどの深さをもつ作品がある。例えばこの詩。

『つぼ・Ⅰ』

つぼを 見ていると
しらぬまに
つぼの ぶんまで
いきを している

なんだ?と思われるむきもあるだろうが、このように考えてというより感じてほしい。私がつぼを見ている。やがて、つぼが自分を見ていることに気づく。そして、わたしがつぼを見ているのか、つぼに見られているのか定かでなくなる。そして、私がつぼでつぼが私になる。だから、つぼは呼吸するのである。小難しく言うとこれが西田幾多郎の『純粋経験』ということであるが、そんな野暮なことはいい。もう一つの詩。

 

『リンゴ』

リンゴを ひとつ
ここに おくと
リンゴの
この 大きさは
この リンゴだけで
いっぱいだ

リンゴが ひとつ
ここに ある
ほかには
なんにも ない

ああ ここで
あることと
ないことが
まぶしいように
ぴったりだ

なにも「ない」ところにリンゴを置く。リンゴの大きさは「ある」でいっぱいになる。リンゴによって、そこは「ある」だけになる。しかし、リンゴの他になにも「ない」し、リンゴを置いたところには「ない」があったのである。そこには「ある」があるのか? それとも「ない」があるのか?「ある」と「ない」が共存しているのだろうか?  それとも、「ある」もなく、「ない」もないのか? このような分類は理屈ぽすぎるのであるが、そこは『ある=ない』の有無相即の処なのである。「まぶしいように ぴったりだ」という表現がいい。こういった意識への気づきは禅につながるものだということを知っていただければよいと思う。でも、さかしらにもの言えば言うほど自分がアホに思えてくるのは確かだ。このように述べてくると仏教徒のように思われるかもしれないが、まどさんはクリスチャンである。例えば『けしゴム』という詩はそのあたりの消息として忘れがたい作品である。

 

『けしゴム』

自分が 書きちがえたのでもないが
いそいそと けす

自分が書いた ウソでもないが
いそいそと けす

自分がよごした よごれでもないが
いそいそと けす

そして けすたびに
けっきょく 自分がちびていって
きえて なくなってしまう
いそいそと いそいそと

正しいと 思ったことだけを
ほんとうと 思ったことだけを
美しいと思ったことだけを
自分のかわりのように のこしておいて

 

でも、もっともまどさんらしい詩といえばこの詩だと思う。 まど・みちおの面目躍如のところ。

 

『あかちゃん』

あかちゃんが
しんぶん やぶっている
ベりっ ベりっ
べりべり

あかちゃんが
しんぶん やぶっている
ベりっ ベりっ
べりべり

あかちゃんが
しんぶん やぶっている
ベりっ ベりっ
べりべり

かみさまが
かみさま している
ベりっ ベりっ
べりべり