”記号の組み合わせが全知を導く ” part1 ルルスの術 「アルス・コンビナトリア」

ライモンドゥス・ルルス 1235-1316

ライモンドゥス・ルルス
1235-1316

『マラルメの詩「骰子一擲(さい いってき)、ついに偶然を滅せず」は、結合術的文学をもっとも極限まで突き詰めた結果とみなすことができる。ここでは言語が持つ音声的レヴェルと通常の活字-視覚化される記号的要素に並んで、一群の新しい記号変種が御輿に乗せられて担ぎだされているのだ。』ジョン・ノイヴバウアー「アルス・コンビナトリア」

で書いておいたことだがノヴァーリスは結合術に関心を寄せていた。それも異様な関心だった。ノヴァーリスの解読にはどうしても記号論理学を避けて通れない。しかし、初期ロマン派だけでなくヘルマン・ヘッセの「ガラス玉遊戯」、オーストリアの詩人トラクール、フランス象徴主義の詩人たちであるマラルメやヴァレリー、それにエドガー・アラン・ポー、その後の20世紀文学、十二音技法などなど、この影響は計り知れないのである。その種を蒔いたのはドイツの哲学者ゴットフリート・ライプニッツだった。

ライプニッツの研究者佐々木能章(ささき よしあき)さんはその著書「ライプニッツ術」の中でこのように述べている。『どんな思想も文学も二十数字のアルファベットの組み合わせからなっている。これまでの作品はもちろんのこと、これから書かれるすべての文章もアルファベットの組み合わせで表現される。これと同じように、いくつかの最も基本的な概念を組み合わせれば、無数の概念を作り出すことができ、これまで誰も知ることのなかった真理もその中に含まれるはずだとライプニッツは考えた。それでこの方法を、記号によりあらゆることを表現できるという意味で「普遍的記号法」と自ら称し、また未知の真理を発見できるという意味で「発見の論理学」とも言うことになるのである。』

記号の組み合わせによって全知は獲得されるという訳だが、そんなに甘くはないことは本人にもよく分かっていたはずである。どんな言葉をそれ以上単純化できない基本概念とするか? その基本概念にいかに適切な記号を対応させるか? 記号そのものが適切になっているかどうか? など課題は山積みだった。それに、普遍的記号を作ると同時に森羅万象を統一的に整理する「百科学」も必要とされたのである。

ジョン・ノイバウアー 『アルス・コンビナトリア― 象徴主義と記号論理学』

ジョン・ノイバウアー
『アルス・コンビナトリア― 象徴主義と記号論理学』

今回はジョン・ノイバウアーの著書「アルス・コンビナトリア」をテキストとして、part 1~3 を通じてご紹介するのだが、 part1 ではルルスの術について佐々木能章さんの著書「ライプニッツ術」とフランセス・イエイツの著作「記憶術」とを織り交ぜて紹介する。part2 ではライプニッツの結合術を佐々木能章さんの著書「ライプニッツ術」と併せてご紹介したい。そしてpart3ではノヴァーリスを中心に記号論理学の文学などへの影響をノイバウアーの著作のみで紹介しようと思っている。著者を紹介しておきます。佐々木さんは工作舎の「ライプニッツ著作集」の翻訳者のお一人である。ノイバウアーの略歴については詳しいことが書かれていないが、ノースウェスタン大学で物理とドイツ文学の博士号を取得したとある。フランセス・イエイツはヴァールブルク学派の大学者である。

ジョン・ノイバウアーによれば、ライプニッツの結合術には先人のお手本があった。まず、ピュタゴラス。数学的神秘主義の発現を彼に結びつけたのはライプニッツだった。「数、記号、ある種の新言語」によって奇跡は発見可能であるという信念はヨーロッパには根強い。ヤーコブ・ベーメはそれを自然言語と呼んでいた。ライプニッツは根源的であると同時にラディカルなその新言語を結合術によってもたらそうとした。言語は神から与えられたものであり、コスモスは神が創造したものである。それらは共通する合理的な構造を持つと考えられていたからである。

次に最も重要な思想家ライムンドゥス・ルルス(1235-1316/この生没年はイエイツによる)。ピュタゴラスから派生して「イデアは数学によって把握できる」としたプラトン哲学は、新プラトン主義やアラビアの諸学やユダヤのカバラに生き延び、ルルスの術によって中世後期からバロックに至るまでヨーロッパを席巻することになる。

カテゴリー表 ライモンドゥス・ルルス 『小さき術』

カテゴリー表
ライモンドゥス・ルルス
『小さき術』

ルルスの術は宇宙を構成する原理を六個のカテゴリーに分け、それぞれに九つの名辞を振り分ける(カテゴリー表参照)。六個のカテゴリーとは絶対的性質(絶対的述語)、相対的性質(相対的述語)、質問、実体、道徳、悪徳である。例えば「絶対的性質(絶対的述語)」のカテゴリーには、B(Bonitas 善)、C(Magunitudo 偉大さ)、D(Duratio 持続)、E(Potestas 力)、F(Sapientia 知恵)、G(Voluntas 意志)、H(Virtus 徳)I(Veritas 真理)、K(Gloria 栄誉)の9個の名辞が入っている。佐々木能章さんの著書によれば、1つ以上最高9個まで選ぶことができるとすると、一つのカテゴリーで選択できる可能性の数は511通りになるそうである(図1参照)。6個のカテゴリーすべてを合わせて考えると17,804,320,388,674,561通りあり、京の単位に届く天文学的な数字になっている。しかし、このような機械的な組み合わせでは意味のない組も沢山できるだろうと私には思われる。実際にはもっと限定された使い方をされていたはずではなかろうか。そのような限定的な使い方による組み合わせであっても、ルルスはこの中に全ての知識が含まれると思ったらしい。もっと重要なことは、この中には今は知られていなくても発見可能な知識が存在するに違いないと考えたことだったと佐々木さんは主張する。

図1 ライムンドゥス・ルルス 図A 『小さき術』 外側から二番目の円内には名詞が(例えば Bonitas 善)、三番目の円内には形容詞(例えば Bonum 善い)が書かれている。

図1
ライムンドゥス・ルルス
図A 『小さき術』
外側から二番目の円内には名詞が(例えば Bonitas 善)、三番目の円内には形容詞(例えば Bonum 善い)が書かれている。

ここからはジョン・ノイバウアーの著書「アルス・コンビナトリア」からの解説をまとめてみる。先ほどの九つの名辞を輪にしたものが図1で、その対角線上の言葉を組み合わせると、例えば「真理は善なり」や「知は徳なり」などの組合わせができ、主語と述語は相互に交換可能であることを彼は指摘している。

BC 善は偉大なり。CD 偉大さは持続なり。‥‥

BD 善は持続なり。CE 偉大さは力なり。‥‥

BE 善は力なり。 CF 偉大さは知恵なり。‥‥

BF 善は知恵なり。CG 偉大さは意志なり。‥‥

BG 善は意志なり。CH 偉大さは徳なり。‥‥

BH 善は徳なり。 CI 偉大さは真理なり。‥‥

BI 善は真理なり。  CK 偉大さは栄誉なり。

BK   善は栄誉なり。

BとCを主語にした組合わせだけでこれだけある。

図2では相対的性質が扱われる。カテゴリー表における2列目にある言葉についてである。最外円に書かれたBからKまでの位置に対応する最内円にある三角形の頂点の内側に上から右周りにB 差異 Differentia、E 端緒 Principium、H 多 Marioritas、C 調和 Concordantia、F 中心 Medium 、I  等 Aequalitas 、D 対立 Contrarietas、G  終局 Finis、K  少 Minoritasという言葉が配列される。

図2 ライムンドゥス・ルルス 図T 『小さき術』

図2
ライムンドゥス・ルルス
図T 『小さき術』

内側の円に配列された言葉は三角形のグループを三つ形づくる。B(差異 Differentia )C(調和 Concordantia)D(対立 Contrarietas )が一つのグループ、E(端緒 Principium )  F(中心 Medium )  G(終局 Finis )が一つのグループ、H(多 Marioritas ) I(等 Aequalitas ) K(少 Minoritas )が一つのグループである。それぞれは三位一体を形成している。中間の円にはBCD三角形の頂点の位置に叡知的なと感覚的なを意味する同じ言葉が配列され、HIKの位置する三角形の頂点には実体と偶然(遇有)を意味する言葉が配列され、EFGのEに位置する三角形の頂点に原因(因果律)、量、時間を意味する言葉が、Fに位置する三角形の頂点には結合、測定、終了を意味する言葉が、Gに位置する三角形の頂点には完璧、終了、欠乏を意味する言葉が配列されている。

ここで先ほどの絶対的性質からB善、C偉大さの二つの組み合わせを選ぶと、図2におけるBCDの三角形の中で可能な文字が選択されて「善と偉大さは調和する」という命題が生ずるということらしい。こうなると、ただ単純な組み合わせではないことが分かる。だが、これだけの説明では実際にどのようにこの図が使用されたかという全体像は見えてこない。全体像の把握できるような文献の翻訳を是非期待したいものである。

ノイバウア-の指摘を踏まえて、フランセス・イエイツの著作『記憶術』からルルスに関する記述を見ていただくと先ほどのルルスの図が何のためのものかがよく分かる。この本ではなぜかライモンドゥス・ルルスの名はフランス語風の読み方であるラモン・ルルになっている。そういえば昔ウィーンで暮らしていた時、Gershwin(ガーシュイン)をゲルシュビンとドイツ語読みにしたために何の薬なんだとしばらく悩んだことがあった。

イエイツによればルルスの思想は、古典的な記憶術とは一線を画す画期的なものであった。古典的記憶術とは目立つ人物や建物の部分をイメージとして用い情緒に訴えかけることによって記憶の喚起や強化を図る術である。基本的に記憶は場所に結び付けられると言っていい。これに対してルルスの方法は抽象概念の操作であり神秘的で宇宙論的な幾何学兼代数学となっているという。概念操作は記憶術としても用いられたのである。

フランセス・イエイツ 『記憶術』

フランセス・イエイツ
『記憶術』

ルルスにとってその<術>は第一原因、ルルス流にいえば「神の品格」を知るための方法だった。この品格とは<神の名称>ないし属性のことである。先ほどの善、偉大さ、持続、力などの言葉(名辞)がそれにあたる。ライプニッツはこれらの言葉を恣意的だと否定したが、実は偽ディオニュシオスの著書『神の名称について』の中に列挙されている由緒正しい言葉なのである。ルルスのいた当時のスペインにあっては神の名称を瞑想するカバラが、かなり広まっていた。神の名称は重視されていたのである。この<名称>は、新プラトン主義的で、尚且つ三位一体的=アウグスティヌス的な思想においては根本原因即ち地水火風の四大が直接に創造の基本構造として純粋な形において流出する場所だった。新プラトン主義の「一者からの流出」は神的な第一層の次に「天上的知性界」「星辰界」「元素界」という三つの次元を経る。元素というのは、地・水・火・風の四大元素のことである。そのような構造を反映して、すべてのものの上に神の品格は三位一体的表現法をとりながら、その影響を及ぼすとしている。

例えばカテゴリー表の上から4列目の「基体(実体)」、つまり神から天使、星、人間、動物等々といった創造のあるゆる層でこの術は働くという。創造のあるゆる層とは存在の階梯、つまりプラトンの言う「存在の大いなる連鎖」(アーサー・O・ラヴジョイの同名の著作にあたられるとよい)のことである。たとえばB=「善」を試してみよう。

<神>のレヴェルにおける B=神の品格としての善

<天使>のレヴェルにおける B=天使の「善」

<天>のレヴェルにおける B=白羊宮とその他の十二宮 並びにサトゥルヌスとその他の七惑星の「善」

<人間>のレヴェルにおける B=人間の「善」

<想像力>のレヴェルにおける B=想像力における「善」

<感覚>のレヴェルにおける B=ライオンにおける「善」の如き、動物創造における「善」

<植物>のレヴェルにおける B=胡椒における「善」の如き、植物創造における「善」

<四大>のレヴェルにおける B=火の「善」の如き、四大のもつ「善」

<道具>のレヴェルにおける B=徳や芸術、学問における「善」

ライモンドゥス・ルルス 『上昇と下降についての書』から 階段最上段の神から最下段に接する地面 まで九つの名称を見ることができる。

ライモンドゥス・ルルス
『上昇と下降についての書』から
階段最上段の神から最下段に接する地面
まで九つの名称を見ることができる。

となっている。芸術は道具の一部であったとは! この例に似たものが14世紀の細密画に描かれており、文字の刻まれた同心円からなる図形を掲げた「術を使う人」がこの存在の階梯を「上昇し下降する」のである。極めて新プラトン主義的である。自然界の基本構造が持つ幾何学と<神の名称>から流出してきた神的構造とが一緒になると「術」は普遍性を獲得するとしている。それに加えてイエイツの主張はこうである。『<知性>としての「術」は探究、真理を発見する術のことであり、アリストテレスの範疇に則って、あらゆる基体(実体 )について「沢山の問いかけ」をする。‥‥このような、やり方そのものを記憶するという記憶術は探究の方法、しかも論理的探究の方法になるのではあるまいか。』 ルルスは神秘主義者にして詩人であったという。彼はその綺想このうえないヴィジョンを、代数学による字母の結合術を使って、あるいは幾何学の図形を使って『提示』せずにはおれないと。

「ルルスの術」として最も有名かつ最もウケたのは名辞が書かれ9等分された金属板を同心円上に配置し、内側の円をグルグル回転させて一直線上に並んだ名辞の組み合わせを実際目で確認できる装置を作ったことだった。図3では3枚の金属板が使われている。言語ルーレットと言ってよいものである。この例は最も簡単な形であるとしているので、もっと複雑な装置もあるのかもしれない。宇宙の回転から引き出されたこの「術」では、図形は円、三角形、四角形の三つしか使わない。四角形は四大、円は天を、三角形は神を表す。これは『学問の樹』で確かめることができるという。

『学問の樹』は一種の場の体系であるとイエイツは言う。あらゆる百科全書的な知識がそこでは木々がつくる林として図式化され、その根が<術>の原理(絶対的性質)並びに相対的性質BからKまでとなっていると指摘している。木々の枝や葉を飾っているのは、ただ抽象的な公式や分類でしかない。この樹の中には「天国」「地獄」「美徳(道徳)」「悪徳」などの樹さえ含まれている。これらの言葉はこの<術>の他のものと同様に原子結合的な科学的厳密さをもって作用する。<術>の大きな価値の一つは化学変化さながらに美徳が悪徳に打ち克ち、徳を高めることにあるというのである。ルルスの術は、記憶術と発見の術であるとともに瞑想のための道具であり、自らの道徳を高めることさえ構想されていたのである。

ライモンドゥス・ルルス 『学問の樹』

ライモンドゥス・ルルス
『学問の樹』

中世において、ルルスの術はフランシスコ会を通じてヨーロッパ中に広がることになるのだが、とりわけ新プラトン主義が脚光を浴びるルネサンスの時代になればカバラ的な思想とあいまっていよいよ名声を高めることになる。注目すべきは天の十二宮と惑星の操作によって星気療法として役立てようとしたという説である。パラケルススの医学はここに由来するとジョルダーノ・ブルーノは確信していたらしい。それが事実であれば極めて興味深い。ところで、ブルーノの「イデアの影」は何時になったら翻訳されるのだろう。それはともかく、基本概念の選別、概念の機械的操作、命題の発見や記憶術としての技術、学問の樹としての百科全書学の芽生え。これで条件は揃ったのである。

若きライプニッツはライモンドゥス・ルルスのアイデアがえらく気に入ったらしく、20歳にして「結合法論」を書きあげることになる。先ほどのルルスの打ち立てた条件を踏まえてより発展的に、それは大風呂敷というか壮大無比といってよいのか、とにかく構想した人物がこの人である。それはpart2でご紹介することになるのだが、ルルスの術を発展させたライプニッツの思想がどれほどの遠心力を持っていたのかをお知りになれば、皆さんはきっと驚かれるに違いない。

図3 ライムンドゥス・ルルス 『小さき術』

図3
ライムンドゥス・ルルス
『小さき術』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*お願い ルルスの「カテゴリー表」と「第二図」に私のクレジットを添付したのはラテン語に関して素養のない者が一部を訳したので、基本的に信用してほしくないと思っているからである。間違いを指摘していただけることを願っているので、もし、気が付いたことがあればこのサイトの問い合わせフォームからでもご連絡いただければと思っています。よろしくお願いします。