彌永信美『大黒天変相』仏教神話学Ⅰ

彌永信美 『大黒天変相』

彌永信美
『大黒天変相』

この本はフランスの東洋学の泰斗であるロルフ・スタンに触発されて生まれた。あの『盆栽の宇宙誌』()の著者である。例えばこんな文章に。「真冬に裸で走る少年に冷水をかけるという変わった競技はイランの正月の祭りに特有のものであった。それは獅子の舞いと一緒にサマルカンドおよびシナ・トルキスタン経由で、八世紀以前にシナに入った。この競技の目的は寒さを駆逐することであった。中国、ヴェトナムには獅子の舞だけが残った。しかし、日本では獅子舞と、時には裸祭りも、チベットでは獅子の舞も、裸の少年の競技と灌水の風習もともに並んで伝え残されたのである。」

話は大黒天や茶吉尼天たちを巡ってインド、中央アジア、中国、日本、時にはペルシアやギリシャにまで及ぶ。まるでバルトル・シャイテスの『幻想の中世』を思わせる錯綜ぶりだけれど図像学の本ではない。

著者は彌永信美(いやなが のぶみ)さん、パリ高等学術院で仏教学を学んだあと、フランス語による仏教語彙辞典『法宝義林』の編集に参加している。フランス語を通して仏教や日本学を研究した人らしい。この本には『仏教神話学』なる見慣れないサブタイトルがついている。新たな視点を展開しようとしているらしいのである。

神話学研究は1960年代頃から、変貌を遂げはじめたようだ、レヴィ・ストロースの『神話学研究』、デュメジルの『神話と叙事詩』など巨視的な研究が新たな展望を開いていったのである。およそ構造主義的な神話研究といっていい。変相する神話や神格について、その関係性をそれらの過程の中で考えてみる。神話や神格の歴史的変化を通時的にも共時的にも比較・分析する。直接に宗教や神話に関する資料からだけでなく、その他、歴史・文学・科学などの資料も考え合わせる。神話の図像、儀礼などの大筋のみならず細部の関連にこだわる。神話・神格の変化の理由を理解・説明し、広い視野からの社会的心性や精神史の事実を解明する。これらの特徴をその研究方法は持っているという。ヴァ―ルブルク学派などの図像学とも共通する部分もあるように思える。「神は細部に宿り給う」ということか。ヴァールブルクについては)をお読みください。

大黒天像

大黒天像

今回のこの『大黒天変相』では、ロルフ・スタンの『門神の研究』がトリガーになったようだ。仏典に現われ、信仰された神話的存在が『仏教神話学』の対象である。仏教には、神話はあるのかという問いは勿論あるであろう。大黒天や大自在天などの天部や如来・菩薩などの尊格が研究の対象になっている。その研究の対象は、神々とは何かを問うことより、それを信仰した人々の言葉や造形から導き出される表象であり文化であると彌永さんは強調する。神々をなんらかの物語的コンテクストのなかで、他の関連においてのみ機能するある種の「思考函数」として捉えなおす努力であるというのだ。

中央アジアの砂漠をラクダに乗った隊商が通り過ぎ、同じ道を軽業師や手妻師、碧眼の楽人や胡旋を舞った舞姫たちが歩んでいった。そのような人々とともに仏教は、イランに続く北西インドからインドネシアの南端まで、シベリアに連なる外蒙古の北端から琉球列島に連なる日本の南端まで及んだのである。この本のプロローグはおよそこのように始まる。このような過程の中でシヴァ神は大自在天となり、マハーカーラーは大黒天となり、ハーリーティーは鬼子母神となっていったのである。

 この本の主人公マハーカーラーはインドでは「偉大な時間」であった。世界を滅ぼす死の支配者シヴァの黒い忿怒相であり(マハーバーラタ)、男根形で象徴されるシヴァの十二大リンガの一つである(『譚川注海』/ソーマデーヴァ)。そういえば、ギリシャ神話でも時間の神クロノスは全てを食べ尽くす黒い神であった。Kᾱlaは時間を意味する。シヴァは世界滅亡の時、世界を焼き尽くして自己の中に吸収する絶対的時間・破壊神であり、その恐怖相はパイラヴァであるという。その他マハーカーラーに関する説としてシヴァの末子説があり、インド古来の聖典であるタントラでは棍棒あるいは三叉戟を持つ忿怒相の神であり、時に赤い服をまとった太鼓腹の子供の姿で登場する。だが、ヒンドゥー教のなかでは日本における大黒天のような人気は無いようである。

パイラヴァ シヴァ神の恐怖相 光背が全てコブラになっている。

パイラヴァ
シヴァ神の恐怖相
光背にあたる部分がコブラで表現されている。おっかない。

シヴァはヴィシュヌと並んでヒンドゥー教における最大の神格の一つである。シヴァは「吉祥」を意味するが、それもあまりに恐ろしいので真反対の名をつけられたらしい。「蛇を首飾りとするもの」、「髑髏を首にかけるもの」とも「墓場に住んで死体を焼いた灰を身に塗っているもの」といわれる。「三つの眼をもつもの」、「青い喉をもつもの」、「ガンジス川を頭で支えるもの」、「偉大な苦行者」、「踊りの主」などとも呼ばれる。しかし、おおよそシヴァには荒地、悪鬼、死霊、吸血鬼、疾風のごとき破壊神のイメージがつきしたがう。

一方その妻は「山の神」パールヴァーティーあるいはウマ―などの名で知られる。が、その忿怒相は「近寄りがたきもの」ドゥルガー、「恐るべきもの」チャンディーあるいは「黒(時)の女神」カーリーなどと呼ばれる。嫁を「山の神」というのはここから来ているのかしら。恐るべきものであることにはかわりない。

シヴァ神は仏教では、ほぼ一つの名でマヘーシュヴァラと呼ばれ、大自在天、音写は摩醯首羅(まけいしゅら)という名のみで知られる。密教の忿怒相の尊格は「三つの目」を持つし、観音のサンスクリット名アヴァロ・キテーシュヴァラAvaro-kiteśuvaraのśuvaraはシヴァ神の名マヘーシュヴァラと重なる部分があるようである。

「カーリー」は「カーラー」の女性形であり、戦場と墓場の女神であり、真っ黒で痩せこけた裸の上半身には乳房が垂れ下がり、髪は逆立って大きな口からは血の滴る長い舌が出ているという「黒い恐怖」を体現する神であった。このカーリーに対してマハーカ―ラーはあまりに神話的に乏しいと彌永さんはいう。日本では、唐代の僧である義浄の『南海寄帰伝』などからこのような存在として知られていたことが分かる。西方の諸寺で、マハーカ―ラーは門や食厨の脇に鬼子母神(ハーリーティー)と同じように置かれ、食物を丁重に供養される存在であり、僧たちに食物や財をもたらす福神として知られていた。ついでにいうと、ハーリーティーの夫パーンチカは多くの仏教彫刻で威風堂々の体躯で表現される。鬼子母神の説話は有名なので省略するけれど同じ人食い女鬼ダーキニーには触れておかねばならない。日本では茶吉尼天と呼ばれる。

戦場のカーリー女神

戦場のカーリー女神

チベットでは「虚空を行くもの」、中国では「空行母」と訳されたダーキニーだが、ヒンドゥー教の図像では半人半鳥の女鬼として表現される。屍林に住まう猛禽の物の怪である。緒母天に関係し、その声は太鼓のような騒音、歓喜の咆哮などとも表現される。何よりもドゥルガー/カーリー神の眷属である。

彌永さんは、ヒンドゥー教の研究者ビアルドーの説をこのように引用している。もともとインド神話では、至高の解脱者プルシャに対して大女神はその対極に位置していて、「大地」を表していた。解脱はこの世の断念を基にし、輪廻の世界は供犠に基づくものとされている。女神はカーリーやクリシュナ―のように黒や暗青色に近い色を名前に持つ場合とラクシュミーやシュリーのように黄金色の女神と表象される場合がある。先ほどのシヴァの神妃パールヴァーティーの二面性に対応している。パールヴァーティーの肌は黄金色であり、カーリーのそれは暗黒であった。供犠は常に再生され続けなければならない。それは神々による犠牲の消費である。大地そのものが犠牲を殺すことによって維持されると考えられた。それは大地の暗黒的側面である。カーリーは宗教書『ヴェーダ』における七つの供犠の炎の一つでもあった。全てを焼き尽くす炎。

赤のダーキニー 17世紀 チベット

赤のダーキニー
17世紀 チベット 髑髏の首飾をかけ、髑髏杯を手に持つ

仏教における国王の在り方について述べた大乗仏典『仁王経疏』では、斑足王のテキストの中に王位に就く時には、太子は千の頭を取って「家神=墓場の摩訶迦羅天神」に供えれば自然に王位に昇るだろうという記述がある。このあたりは日本の中世の即位灌頂における茶吉尼天との関係を考える上で貴重なのだけれど今回は省きます。ここで重要なのはマハーカーラーもまた墓場と人身供犠と関わりがあるということなのである。これは千人目に自分の母を殺そうとして地獄に落ち、母は子を助けようと髪を捉えるも髪のみ残るという『アングリマーラ降伏譚』とも関係しているようだが、これも是非本書をお読みいただきたい。

この墓場のマハーカーラーというイメージは仏弟子マハーカーラー長老の話と重なる。ただ、この場合は墓場の供え物を食べて暮らしていたので死体を食べていると誤解を受ける話である。どうもインドの5~6世紀の墓場のイメージは5世紀ころからの仏教経典見られる墓場のイメージと似ているようだ。シヴァ教のヨーギたちは極端な不浄を追求する傾向があったようだし、時に火葬の灰を体に塗り、髑髏杯で飲み物を飲んだという。インドの説話集『屍鬼二十五話』では、ヨーギニーやダーキニーたちがヨローッパのサバトよろしく集い死肉をあさるジャッカルが群れる。シヴァ派から派生したシャクータ派ではジャッカルがシヴァのシャクティ(配偶神/パールヴァーティー)と考えられることもあったらしい。実際にこの説話集には、マハーカーラーと呼ばれる墓地が出てくるそうである。

インドのタントラは、仏教における密教にも大きな影響を与えた。彌永さんによれば、その成立には大きく分けて二説あるようで、一つはこの墓場つまり「尸林の宗教」が正統的なヴラフマニズムに対抗する土着宗教としてインドの宗教思想全体を覆い尽くしたと考える説。それに対してタントラはシヴァ教から派生したものでヴェーダ宗教の一異端であり、バラモンを中心とした社会的に高い階層から発展していったという説である。結構真反対の説みたいだ。

アンダカ・アスラ降伏像 左足を上げてアンダカ・アスラの血から生まれたと思われる鬼神を踏み、三叉戟でアンダカを貫いている。背後の二手で象皮を拡げている。

アンダカ・アスラ降伏像
左足を上げてアンダカ・アスラの血から生まれたと思われる鬼神を踏み、三叉戟でアンダカを貫いている。背後の二手で象皮を拡げている。

シヴァの家族 右端がネズミに乗るガーネシャー

シヴァの家族
右端がネズミに乗るガーネシャー

シヴァ神を巡る神話にはアンダカ・アスラ降伏の話がある。シヴァの太陽と月と火である三つの眼を妃パールヴァーティーが戯れに塞いだため世界は暗黒となり盲目を意味するアンダカ・アスラが生まれた。アンダカは苦行に励んでいたが、パールヴァティーに欲情し、シヴァに戦いを挑む。シヴァの三叉戟に貫かれるが、その傷口から滴る血が地面に触れると何千もの新たなアンダカが生まれた。この血を受けとめるためにシヴァは鉢を取りだした。さらに口から、血を呑み込むことのできる神の活力たる女神シャクティーを生み出し、地の神々もそれに呼応して他のシャクティーを生み出した。これが「七母天」である。千年の間シヴァの第三の眼から発せられる火に焼きつくされたアンダカは改心してシヴァの崇拝者となり「ガナの大将」、つまりガーネシャーと呼ばれ 、シヴァとパールヴァーティーの息子として認められるようになるのである。ちなみにガーネシャーは中国や日本で言う大聖歓喜天のことで単に歓喜天と呼ばれる場合もある。

アンダカ・アスラ降伏神話のいくつかのヴァージョンではシヴァ神はカーラ(まま)、バイラヴァ(まま)、あるいはマハーカーラーと呼ばれている。この時、シヴァ神は拡がった鼻と牙のつきでた忿怒相であり、髑髏の瓔珞を帯び、身体の色は、たっぷりと雨を含んだ雲の色であるという。シヴァの象皮の覆いの意味やマハーカーラーの黒色の意味はここらあたりに窺える。

現図胎蔵界曼荼羅外院の摩訶迦羅忿怒相

現図胎蔵界曼荼羅外院の摩訶迦羅忿怒相

愛染明王と弓を引き絞るシヴァ

愛染明王と弓を引き絞るシヴァ

8,9世紀以降に中央アジアを経て日本にやってきた摩訶迦羅像は、アンダカ・アスラやその分身と思われる「餓鬼」のような小人を手に持ち、象皮で背を覆い、三叉戟や槍、剣などの武器を持つ忿怒相である。しかし一方の手に持つ羚羊は何を意味するのだろうか。

ルドラ・シヴァを巡る最も古い神話の一つに黒い羚羊に変身して自分の娘と交わろうとした創造神プラジャーパティをルドラ神が矢で射たというのがあるらしい。「荒ぶる猟師」としてのシヴァがある。『阿毘達磨俱舎論』の注釈書『俱舎論記』には自在天すなわちシヴァ神は、龍(蛇)をもって腕を飾り、象を殺してその皮を剥ぎ、血を塗って裏返してそれを被ると描写されている。この狩人のシヴァの姿は密教の愛染明王に重ねることができるという。どうです、面白いでしょ。内容の紹介はここまでにしておきます。

もっと面白いのは日本の大黒天や歓喜天と摩多羅神との関係や、茶吉尼天と稲荷神との習合、ここら辺りは山本ひろ子さんの『異神』で紹介したところである)。また、財宝神パーンチカと大黒天との関係、地神とヒンドゥー教ではクベーラとして知られる毘沙門天(ヴァイシュラヴァナ)や弁財天(サラスヴァーティー)や吉祥天(シュリー女神)、乾闥婆(ガンダルヴァ)などと大黒天との関係、あるいは大黒天とサンタクロース、大国主との関係など見のがせない内容が満載になっている。

摩訶迦羅忿怒像

摩訶迦羅忿怒像

摩訶迦羅天図 部分 江戸時代 輪王寺

摩訶迦羅天図 部分
江戸時代 輪王寺

神話的思考とは、止むことなく流れ続ける一種の流体である。これはユングがいうような神話的元型においてもそのようにイメージされている。メルクリウスのように変幻自在だ()。そして、研究者が捉えることができるのは、その流動体の瞬間瞬間の断面であるという。まるでカオス学でいうところのポアンカレ断面の研究みたいなのだが‥‥神話学的イメージとはそういうものなのである。神話的思考を構成するのは極めて複雑で多義的な具体的イメージであって、おまけにそれらは単独では存在せず、他と組み合わされ、その関連の中で独自の意味をもつのであると彌永さんは強調する。乱流の中にある一つ一つの渦。このイメージは色々なテキストの中で僕が体験してきたことである。

今回は先だって書いておいた僕のブログであるの補足の意味も含めて書いておきました。インド文化や仏教文化に興味のある方には役に立ったのではないかと思っています。