マーク・ブキャナン 『複雑な世界、単純な法則』

マーク・ブキャナン
『複雑な世界 単純な法則 ネットワーク理論の最前線』

世間は狭い?! 例えば、こんな体験談はいくらでもあるのでは。「県外へ旅行の途中のこと、両親の乗った車が側溝に落ちた。その時、一番に助けに来てくれた人は自分の親友の友人だった。」「 久々の東北旅行、山間のひなびた温泉に泊まって大広間でご飯を食べていた。ふっと横を見たら隣のご夫婦が! 唖然。」元カレや元カノとの式場での鉢合わせなどざらにあるらしい。でも、部外者には絶対に会いたがっていない人、例えばオサマ・ビン・ラディンのような人に会おうとするのは難しいかもしれない。

世の中には、色々な学者がいて色々な実験をしている。中には唖然とする結果を教えてくれるような実験もあるのだ。1960年代に心理学者スタンレー・ミルグラムはある社会実験をした。アメリカのカンザス州とネブラスカ州の住民から何人かをランダムに選び出して手紙を送りつけ、その手紙をボストンにいる株仲買人の友人に転送してほしいと頼んだのだ。手紙を転送するにあたって自分の個人的な知り合いでその株仲買人と社会的に近しいと思える人にのみ送るように頼んだ。アメリカには何億人もの人がおり、ネブラスカもカンザスもボストンからははるかに隔たっている。しかし、結果は信じがたいものだった。大半の手紙はそのボストンの友人に届いた。もっと驚異的なのはその手紙の届いた速さだった。手紙は何百回、何十回と投函されたのではなく、たった六回前後だったのだ。ミルグラムの実験は有名になり多くの人が「六次の隔たり」と呼ぶようになる。本書ではこのような「関係の繋がりやすい世界」を「スモールワールド」と呼んでいる。けっして「小さい世界」という意味ではないのでお気をつけ願いたい。

これには追試めいたことがいくつか行われた。その一つ、ドイツの新聞社『デ・ツァイト』が、フランクフルトのシシカバブ(羊肉の串焼き)の店主とその人が大好きな俳優マーロン・ブランドを結び付けようとした。イラクからの移民でサラー・ベン・ガールンというこの店のオーナーにはカルフォルニアに住む友人がおり、その友人はある女性のボーイフレンドと一緒に働いていた。その女性はブランドが出演した映画『ドン・ファン』のプロデューサーの娘と大学のクラブで先輩後輩の仲だった。信じられるだろうか。六次の隔たりは特別な場合だけでなく、この社会(Social world)の特徴なのであるという。

渦の実験装置

渦の実験装置

僕は30代後半くらいからカオスに興味を持つようになり、しばらくその関係の本を読んだりしているうちに「形の科学」の高木隆司(たかき  りゅうじ)さんと知り合った。先生は自分と同じ広島の出身で科学とアートとの橋渡しを長らくしてきた物理学者だ。ついに50歳を間近にして先生のもと、神戸の大学で一年間、渦の研究をさせてもらうことになる。実際に水槽でカルマン渦などを作っておりました。いわゆるオートポイエーシスの第三領域である。その後は、一応科学の方は卒業したような気になった。でも、たまには思い出すので、時々カオス関係の本を紹介できればいいかなと思っている。今回はその第一弾、マーク・ブキャナンの『複雑な世界、単純な法則』をご紹介しよう。『ネイチャー』や『ニューサイエンティスト』の編集も行ったサイエンス・ライターである。でも、気まぐれなのでこれで最後になるかもしれませんが。

ハンガリーの数学者ポール・エルディッシュは、放浪の数学者として知られる天才だった。多数の点の集まりを描いて出鱈目に繋げるランダム・グラフの研究をアルフレッド・レーニ―と取り組んでいた。例えば50の町全てが他の49町と道路で繋がるための建設可能な道路数は1225本である。しかし、財源に制約があって、それも、とても厳しいとしよう。よくあることだが、この場合、最低何本の道路でよいか?ちょっと分からないが、エルディッシュは解いてしまった。98本をランダムに配備すれば十分であるらしい。これはかなりの本数のようだが建設可能な1225本の8パーセントに過ぎない。道路局が無計画に道路を作ったとしても思ったほど非効率にはならないらしい。

エルディッシュは、どんなに多数の点であろうと全体が事実上繋がっているネットワークにするためには、どのような場合でも少数のリンクをランダムに張れば十分であることを発見した。さらに驚くべきことに、ネットワークが大きくなるにつれて、必要とされるリンクの比率はだんだん小さくなることだった。300の点の場合、リンクの可能な数は5万であるが、このリンクのうち約2パーセント弱が張られていればネットワークは完全に繋がった状態になる。1000万の点ではわずか0.0000016パーセントになる。このことが何を意味するかというと、人がランダムに繋がっているなら、世界の人が完全に結合した網目で結ばれているためには、一人がほぼ二億五千万人に一人の割で誰かを知っていればよいと云うことになる。つまり一人が24人知っていればよいのである。

ポール・エルディシュ (1913‐1996)

ポール・エルディシュ
(1913‐1996)

だが、ランダムグラフでは実際の人間の繋がりは反映されてはいない。社会的な存在である人間は、地域や企業、学校などの地域社会の一員である。塊を作っているのである。それは、クラスターと呼ばれる。それでは、60億の点の中から一番近い50人にリンクを貼っていこう。小さな地域やコミュニティーをグラフ上に作るのである。しかし、これではまずいことが起きる。こようなグラフから例の「隔たり次数」を考えてみると、知り合いのペア同志が集団の真反対側の位置にいることもあり、一度に50や100段階移動したとしても向こう側にたどりつくまでに1000万回を要してしまうからだ。これは当然の結論と言える。

世間は狭いのではなかったのか。友達の友達は友達だ。どのくらい狭いかというと、全く知らない人でも会いたいと思えば六人の人を介すれば会えるらしいのである。社会学者のグラノヴェーターは、まず強い絆を考えてみた。一人の人間が二人の人物と強く繋がっていれば、その二人もまた強く結びついている可能性は強い。これがグラフ上で三角形を作ることは理解できる。三角形の網の目のような構造が想定できる。だが、実際には社会のネットワークから強い絆を取り除いても隔たり次数にはほとんど変化を与えない。網の目から一つ三角形を取り除いてもその周りに残っている辺伝いに移動すれば消えた端の一端から一端まで簡単に到達できるからだ。グラノヴェーターは重要なのは実は「弱い絆」の方であることに気づいた。

ポール・グラノヴェーター (1943‐

ポール・グラノヴェーター
(1943‐

弱い絆は、単に誰かを一人の人物に結びつけるのではなく、遠く離れた社会に、その絆がなければ全く無縁だっただろう世界への架け橋となるのである。弱い絆は社会の「近道」であり、これがなければネットワークはバラバラに崩れ落ちるだろうと著者のブキャナンは言う。グラノヴェーターの1973年の論文は「弱い絆の強さ」という絶妙のタイトルとなっている。だが、弱い絆が重要なのはネットワークを拡張してくれるためであって、親身になってくれるのは友人や身内など強い絆の人々であることには変わりない。

ダンカン・ワッツと彼の大学の指導教官であったコーネル大学のスティーブン・ストロガッツは、蛍が何故同期して光を発することができるのかについて考えをめぐらしていた。マレーシアやパプア・ニューギニアなどのマングローブの森、高さ10メートルほどの木々の葉っぱ一枚一枚に蛍が止まっている。夜ともなれば美しく光り始める。10匹づつ、100匹づつ同期し始める。そのようなマングローブの森が川沿いに150メートルにわたって続いている。やがて、全ての蛍が同期するようになる。全てが二秒に三回の割で一斉に点滅するのだ。このスペクタクルは何故起きるのか?謎は同期を生み出す機構にあることは分かっていた。

ダンカン・ワッツ 著書に『偶然の科学』、『スモールワールド』などがある。

ダンカン・ワッツ
著書に『偶然の科学』、『スモールワールド』などがある。

しかし、答えは出なかった、それで彼らは配線技師よろしく点と点を結んで簡単なグラフを作ることから試してみたのである。繋がりのみに注目したのである。ランダム・リンクは、ネットワークのクラスター化にはほとんど影響を与えなかったが、隔たり次数のは大きな影響を及ぼすことがわっかった。5000本のリンクを持つネットワークの場合、ランダム・リンクが全くない場合い隔たり次数は50だった。それに数本ランダムリンクを入れただけで約7へと下がった。何かのエラーかと思われた。それで数週間にわたって数百回となく異なるグラフが試されたが、どんな場合にもスモールワールドを作るには少数のランダム・リンクがあれば十分だった。彼らが発見した点のつなぎ方は規則的でもまた、ランダムでもなく、その中間と呼べるものだったのである。

世界の全人口60億の円周を考えてみる。ここでは誰もが直近の50人の隣人と繋がっているとする。この規則的なネットワークの隔たり次数はざっと6000万となる。ワッツとストロガッツによれば新たに入れたランダム・リンクの割合が一万本につき2本であっても隔たり次数は約8に下がる。一万本につき3本の割合なら5まで下がるのである。ランダム・リンクがこの程度なら社会のネットワークが作り出しているクラスター化には目立った影響を与えないのである。

ネットワークの進化を示す図 左は完全に規則的なネットワークで各要素は直近の4つの要素と繋がっている。右はランダムに選ばれたリンクが5本加わっている。

ネットワークの進化を示す図
左は完全に規則的なネットワークで各要素は直近の4つの要素と繋がっている。右はランダムに選ばれたリンクが5本加わっている。

社会的ネットワークのショートカットは世界を「狭い世界」=「スモールワールド」にしている。それらは人々の視野の外にある場合がほとんどである。しかし、そのような瞠目すべき効果に出会った人は驚きをかくすことができない。ワッツとストロガッツは、スモールワールド・グラフを手に入れた。それはネットワークを考える上で大きな前進だったが、この発見が実際の自然や社会のネットワークモデルと合致しているかどうか検証する必要がある。

彼等は、蛍の問題に引き返してみた。蛍は、きっとスモールワールドの構造を利用することで相互に作用しあっているのではないか。それぞれの1匹は4匹か5匹の少数の仲間に影響を及ぼすようにコンピューター上でシュミレートしてみたのである。そうすると、1万匹が全ての蛍に連絡を取り合っていると仮定した場合のリンク数5000万本の内99.9パーセント強を取り除くことができる。そんなことをしても情報伝達のネットワークはしっかり残っていたのである。スモールワールドの構造は、情報処理能力の速さに寄与しているらしい。

クラスター化の例 この場合は社会的ネットワークを示す図。

クラスター化の例
この場合は社会的ネットワークを示している。

ここから脳の神経系の何千億というニューロンの繋がりに発想が飛ぶのは自然なことだろう。シドニー・ブレンナーとその同僚たちは、線虫の一種であるC・エレガンスのニューロンネットワークの地図を作るのに10年を要した。ワッツとストロガッツは、その地図を構造解析にかけたのだ。この線虫の282のニューロンは平均して14の他のニューロンと繋がっていた。やはり、この線虫のニューロンでもクラスター化は進んでおり、全くのランダムなネットワークの5倍になっている。だが、隔たり次数はわずか2.65であり、ランダムネットワークの場合の2.25と遜色がなかった。アメリカ西部の電力ネットワークを彼らが調べた時、クラスター化はランダムネットワークの10倍、隔たり次数は平均して18.7だった。線虫のニューロンのネットワークは、アメリカの電力網以上にスモールワールドになっていたのである。

本書ではこのほかに種々のネットワークが紹介されている。インターネット、金と人気、薬剤耐性菌とネットワーク科学、生態系、感染症、などの例が俎上に載せられているのである。インターネットは、ワッツとストロガッツの発見した図とはかなり異なるクラスター化の進んだ分散型のネットワークであるが、やはりスモールワールドになっている。こんなことは書かなくても、なんとなく皆さん実感されているかもしれませんが、お金は沢山ある所により集まっていくもので、これも数学的法則のようです。神よ、奇跡を!‥‥全てはとてもご紹介できないのでもう一つだけ河川のネットワークをご紹介して終わりたい。

http://www.gridscapes.net/AllRivers 島根県津和野町を中心とした河川図。このサイトは日本全体を河川だけで構成している珍しい地図である。めくるめく水系をご覧ください。

http://www.gridscapes.net/AllRivers
島根県津和野町を中心とした河川図。このサイトは日本全体を河川だけで構成している珍しい地図である。めくるめく水系をご覧ください。

スモールワールド・ネットワークとは異なるネットワークも当然存在する。一見、自然が行うあみだくじとしか思えないようなものが河川のネットワークである。アンドレア・リナルドとイグナチオ・ロドリゲス=イターベは、特別なパターンのないランダムな地形をコンピューター上に作りだし、そこに均一に雨を降らせた。河川のネットワークが進化していく何百万年の様子を数分間で見ることができる。このシュミレーションは土壌や降雨のパターンなど細かな条件は一切無視されている。しかし、結果は実際の河川のネットワークの場合と同じになった。ネットワークを構成している川の分布を排水している土地の面積で比較すると、流域の面積が二倍になるごとに、その面積の土地の排水を受け持つ川の数は二・七分の一に減少するのだ。1000平方キロの面積を排水している川が100本あったとすると2000平方キロの面積の排水を受け持つ川の本数は37本に減少する。一見偶発的な河川の分岐には、ある規則性がある。コンピューター上のモデルでも同様の結果になるのである。

河川のネットワークは見かけとちがって、それほど複雑ではないとブキャナンはいう。無数に生じる偶然のために河川の形態は、どれもその水系特有のものになっている。それでも、あるスケールでおこっていることは別のスケールでもおこっているのである。それが「自己相似性」と呼ばれる特性である。ひところ流行った「フラクタル」などにみられる構造のことだ。典型的な例は、マンデルブロ集合である。フランスの科学者ブノワ・マンデルブロがフラクタルの生みの親である。それらに見られる形態は、一般にスケーリングを伴う自己相似性と呼ばれる特性を持っている。一見ランダムに見える河川の形態だが、ほとんど似たようないくつかの分岐の形態パターンがサイズを変えながら結合している。雲も同様な特性を持っているのだ。ただ、自然にある形態は全く同じ相似形にはならないと思う。ある幅の中で近い形態になっている、つまり統計的に同じなのだ。フラクタルなどの数学では厳密に同じである。

ベキ乗則のパターン ノード数とリンク数のグラフ

ベキ乗則のパターン
ノード数とリンク数のグラフ

実は、河川のネットワークにはインターネットなどにも共通してみられる特性がある。流域面積とそこに存在するセグメント(合流点から合流点までの区間)の数とをグラフに表すと「ベキ乗則」のパターンにあてはまるのである。「ベキ乗」とは同じ数値を何回もかけあわせること。「ベキ乗則」とは統計モデルの一つで、例えば、地震の規模が2倍になると、その頻度は1/4になるといったもの。マグニチュードが1増すとエネルギーは10倍になるので、その発生頻度は1/100となる。100年に一度とか、1000年に1度とかの表現は、ここから来る。このように、自然現象を「べき乗則」で表現できる場合がある。

インターネットやワールド・ワイド・ウェブのようなスモールワールド・ネットワークでもこの「ベキ乗則」のパターンが同様に現われる。インターネットの図をコンピューター上でシュミレートすると、少数のノード(ネットワーク内のハブ)が他の大半のノードよりはるかに多くのリンクを持っているのが分かる。リンクが集中的に集まるヶ所が所々に存在するのである。そこで、インターネットの比較的大きな部分を調べて、リンク数とあるリンク数を持つノードの数をグラフにしてみた。そうすると、それも「ベキ乗則」と呼ばれるパターンになったのである(図を参照)。リンク数が二倍になるごとにその数のリンクを持つノード数は、ほぼ5分の1に減少していった。この単純な関係はわずか数本のリンクを持つノードから数百のリンクを持つノードまで広範囲に成立しており、偶然とは考えられない。

インターネットの地図 本書より

インターネットの地図
本書より

インターネットや河川などのネットワークは似たような数学的特性を持っていた。「ベキ乗則」はスケーリングと深く関わっている。それは、ホワイトヘッドが言うところの「特殊なものの内の普遍なるもの、移ろいゆくものの中の永遠なるもの」の姿であるブキャナンは、強調している。相似形のスケールを3段階変えて接合した疑似河川図を掲載しておこう。Scale1の形態が大きさを変えてくり返し結び付けられているが、このような川は実際にはありえない。ただ、見た目は現実の河川と全く異和感がない。

この自己相似性はとても重要なキーになる概念で、ここから、いわゆる『カオス』とか『複雑系』とかいわれる非線形性科学の世界にわけ入っていくことになるのだけれど、数学的な意味での『カオス』とは、まさに一見極めて複雑な世界を単純な方程式で表現できることを指している。このことは、いつかマンデルブロ集合に現われるの特殊な形態『ジンジャーブレッドマン』について書く時にご説明しよう。フラクタル数学は、「完全な自己相似形によってモデリングされた河川図」と同じような方法で現実の光景と見まがうような光景をコンピューター画像でつくりだすことができる。映画『スタートレック』や『スターウォーズ』ではすでにそのような映像が使われていた。下に比較的最近のフラクタル動画を掲載しておくので、どのようなものかゆっくりご覧くださればと思う。

完全な自己相似形によってモデリングされた河川図

完全な自己相似形によってモデリングされた河川図