ソシュールの「アナグラム」とロマン・ヤコブソンの「音素から詩へ」

フェルディナン・ド・ソシュール (1857-1913)

フェルディナン・ド・ソシュール
(1857-1913)

ソシュール、ソルューシ、ルューソシ、ソーシュル。うーんなんだか変だけど面白い。そういえば、ソシアルという散髪屋さんが近くにある。関係ないか。言語学者の間では「二人のソシュール」という言葉があるらしい。一人は構造主義の元祖されるソシュール。もう一人は神話・伝説の研究者、そしてアナグラムと格闘した晩年のソシュールである。勿論、同一人物のことだ。

1878年に印欧祖語に関する注目すべき論文を発表。1880年ライプツィヒ大学にサンスクリット語の研究論文を提出し博士号を取り、1881年からパリ高等研究院でゴート語と古代高地ドイツ語の講師となった。24歳だった。1891年にパリから故郷のジュネーヴに帰ったフェルディナン・ド・ソシュールは、1913年、55歳で亡くなる前年までジュネーヴ大学で教鞭を執っていた。一般言語学の教授には1906年に就任するのだが、やむなく引き受けたと言われている。ソシュールの研究で知られる丸山圭三郎さんによれば、1894年頃からソシュールは学術論文はおろか友人への手紙でさえ書かなくなっていたようだ。この謎の沈黙に加えて、さらに三つの謎が残されている。「言語学とは直接関係のないニーベルンゲンの詩(うた)といったテーマに没頭したのは何故か。」「ロマンド地方におけるゴルゴンド族の民俗学的研究に惹かれたのは何故か。」「そして、アナグラムと呼んだ詩の謎解きにのめり込んだのは何故か。」丸山圭三郎さんの『言葉と無意識』からこの間の事情をまとめてみよう。

彼は弟子のメイエに手紙でこのように書いている。「‥‥言葉の事象に関してまともに意味の通ずるようなぐあいに何か書こうとするのは、ただの十行だけでもまず困難なことで、これもつくづく嫌気がさします。‥‥そしてまた同時に、結局のところ言語学がなし得ることの大きな空しさもわかってきました。‥‥しかし、こういったことは私の意に反して一冊の書物になるでしょう。その書物のなかで、感動もなく、何故言語学で用いられている述語の一つたりとも私には意味があると思われないかを説明するでしょう。正直なところ、そのあとになってはじめて、私の仕事を放り出してあるところから、また始めることができるでしょう。(丸山圭三郎『言葉と無意識』)」自分の意に反する一冊の書物とは1893年頃から書き始められた手稿 9、11、12と言われているが、それも未完のままであったらしいのである。この幻の草稿を「自分でも二度と見つけられないだろうほど遠く離しておいた(同上)」のは何故か。その後に続いたニーベルンゲンの詩やアナグラムの研究は沈黙と絶望の結果なのか原因なのか、謎は深まるばかりだと丸山さんは書いている。

丸山圭三郎『言語と無意識』

丸山圭三郎『言語と無意識』

だが、結果的にソシュールはジュネーヴ大学でこの戦慄すべき一般言語学の教授としての職務を引き受けざるを得なくなるのだった。それは現代言語学と構造主義の祖としてのソシュールが1907年、1908-09年、1910-11年に行ったあの一般言語学講義として結実するのである。そして、翌年1912年には病に倒れてしまう。このソシュールの言語理論は、ロマン・ヤコブソンを中心とするプラハ言語学派やコペンハーゲン学派などに大きな影響を与えるとともに、レヴィ=ストロースの文化人類学、メルロ=ポンティの哲学、ロラン・バルトの文学、ジャック・ラカン精神分析学へと波及し、ジュリア・クリステヴァにも影響を与えた。「実体概念から関係概念へ」というパラダイム変換を成し遂げるトリガーとなったのはよく知られている。しかし、そのような人であるのに、いやいや、そのような人であるからこそ、古代インドの王女とマリー・アントワネットと火星訪問者の三つの経験を同時に生きたエレーヌ・スミスの火星語の分析に没頭するのである。

ジュネーヴのとある商店に勤めていたエレーヌ・スミスはフルールノワの家の居間で、入門希望者の何人かに交霊術の「実践上演」をしていた。精霊とのコンタクトは、彼女にテーブルの上に指でメッセージを書かせ、ペンを持たせて自動筆記させ、あるいは、直にその口から言葉を漏れ出させた。フルールノワか彼女の友人がそれを書きとめた。彼女は、ある日、サンスクリット語を話したかと思うと、翌日は火星語だったりしたのである。火星語のような異言現象は、それ以前にはスウェーデンボルグ(スヴェーデンヴォリ)においてつとに有名だったが、結構な歴史を持っていて、そう珍しいことではないらしい。ただし、エレーヌ・スミスの場合は特殊なケースだった。その交霊術の場で、その言葉を筆記していたのはフロイトの弟子であり、ジュネーヴ大学の心理学教授であるテオドール・フルールノワだったのである。

マリナ・ヤグェーロ『言語の夢想者-十七世紀普遍言語から現代SFまで』 他の邦訳に『間違いだらけの言語論―言語偏見カタログ』

マリナ・ヤグェーロ『言語の夢想者-十七世紀普遍言語から現代SFまで』

マリナ・ヤグェーロの『言語の夢想者』を読んだ際は、あまりピンとこなかったのだけれど、丸山さんのソシュールの沈黙と火星語の分析という記述に出会った時に、この本のことを思いだした。ヤグェーロはパリ大学の言語学部門で教職についていて、父方はポーランド貴族の出で、母はロシア人であった。言語と社会との関係を一貫して研究してきた人だ。この本の中では、火星言語などの異言語とライプニッツなどが探究した普遍言語のことなどが紹介されている。例えば、エレーヌ・スミスの語るサンスクリットもどきはソシュールがかなりの時間かけて調べていて、彼女の発音にはフランス語訛りがあったものの、ちゃんとサンスクリット語を含んでいたらしく、火星語の方も幼児的な面を見せながらも、かなり精緻で首尾一貫したものだったらしい。ソシュールはフルールノワの求めに応じてそれらを調べたのである。

ヤグェーロは、異言が個人的でその場限りの現象ではあっても、明らかに何かある一般法則が機能しているという。それは、まるで異言発信者が自分の母国語の一番癖になっている音やその組み合わせを本能的に捨てるかのようだと言うのだ。それは、ある言語学者のいう理論に一致していた。幼児期に早くに獲得され、失語症によっても最後に失われるような種類の音があり、それは世界中で使われているような音であったのである。同じ原理が音韻体系の簡略化現象を支配していた。その研究者がロマン・ヤコブソン(ロマーン・ヤーコブソン)だったのである。

ロマン・ヤコブソン、マロン・ヤコブソン、コヤマ・ブロンソン、ヤンマ・コロブソン、ヤブロソン・マン‥、おっ、ヤバイ。ヤコブソンは1896年モスクワに生まれる。1915年からモスクワ言語学サークルに設立に参加し、2年後にオポヤーズ(詩的言語研究会)の創設に参加した。ロシアの政変を逃れて1920年からプラハに移り、1927年にプラハ言語学サークルの創設に参加するが、1939年のナチスの侵攻に伴い1941年にアメリカに渡った。ニューヨークには知識人移民の大きなコミュニティである高等研究自由学院 があった。そこで、彼は文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースと出会い、互いにレクチャーを聞きあうことになるのである。その講義は『音と意味についての六章』として後にまとめられ、序文をレヴィ=ストロースが書いて出版されている。この熱い交流から、構造主義が培われ、思想界に新たな潮流の一つを生む契機にもなった。後にハーバード大学、マサチューセッツ工科大学などで教鞭を執った。

ロマン・ヤコブソン(1896-1982)

ロマン・ヤコブソン(1896-1982)

もともと詩が好きだったヤコブソンは、マラルメの詩的構造などに興味を持っていたし、ロシア・アヴァンギャルドを担った作家たちとは、かなり近しい関係にあった。1910年代の頃、フランスの後期印象派やキュビスムの新しい絵画がロシアに入り、その潮流の後を追うようにロシア未来派の詩人たちは一連の新たな語を創造して世に示し、フィローノフやマレーヴィッチといった新進気鋭の画家たちが登場していた。ヤコブソンは、フレーブニコフやクルチョーヌィフなど詩人の友人を得る一方、画家のマレーヴィッチとも親交を持った。当時、マレーヴィッチは、装飾に落ちいることなく具象を拒否し、絵画空間の中に意味を見出そうとしていて、ヤコブソンの詩における関心事と近しい関係にあった。言葉の音そのものへの純粋な追求の姿勢がマレーヴィッチのそれと重なったのである。二人は、1913年頃から年齢的な差はあったものの親しくなり、1914年にはマレーヴィッチがパリで個展を開き、ヤコブソンがフランス語で解説を書く予定まで立てていたのだが、第一次大戦のために計画は御蔵入りとなった(ヤコブソン『詩学から言語学へ』)。このような青春時代は、彼をして詩的言語一般における音的手法についての研究に向かわせることになるのである。

カジミール・マレーヴィッチ (1878-1935) シュプレマティスム(絶対主義)絵画 『八つの赤い長方形』1915

カジミール・マレーヴィッチ
(1878-1935)
シュプレマティスム(絶対主義)絵画
『八つの赤い長方形』1915

では、レヴィ=ストロースがヤコブソンから受けた影響とはどのようなものであったのだろうか。『音と意味についての六章』にあるレヴィ=ストロースの序文から拾ってみよう。ヤコブソンは、ソシュールがある外在的なデータの存在とその無意識の作用を正確に理解していた点を偉大な功績だと評価していた。ヤコブソンがソシュールから引き継いだ構造言語学は、レヴィ=ストロースに多様な要素に惑わされることなく、ある方法でもってそれらを結びつけることにより、もっと単純で理解しやすい諸関係を考察できること。言語活動の(また、あらゆる象徴体系の)産出においては、精神の無意識の活動が大きな役割を果たしていること。他のあらゆる社会制度と同じように現象の連続性を飛び越えて、話したり考えたりする主体性を脇に置くことによって構造的な「組織原理」に到達できるということを教えたというのだ。より単純な、より理解しやすい諸関係を考察するための基礎になる重要な方法は、各音素(言葉の音の構成要素)のそれぞれの個性を考えるのではなく、その体系における音素の相互対立にあったのだとレヴィ=ストロースは書いている。音素の実在が、その音的個性にあるのではなく、音素が互いに結ぶ対立的、消極的な関連のうちにあるように、民俗学における婚姻規則の表れは諸規則をバラバラに研究するのではなく、互いに対立させることによって浮かび上がってくるのだと述べているのだ。

ロマン・ヤコブソン 『詩学から言語学へ』

ロマン・ヤコブソン
『詩学から言語学へ』

これを具体的に説明する前に、言語コミュニケーションについてヤコブソンが述べている六つの基本要素を見ておきたい。『言語芸術 言語記号 言語の時間』の中でリンダ・ウォーがまとめている内容である。まず、発信者受信者がいる。発信者は話し手、記号化する人、送信者、詩人、作家などであり、受信者は、聞き手、解読者、聴取者、読者などである。発信者と受信者をつなぐにはコードが必要で、それが各言語の文法や語彙である。ソシュールの用語では「体系あるいはラング」と呼ばれている。この語彙に関して、前回のレヴィ=ストロースの『神話論理』で用いた例を繰り返すと、「ジャガーという音節の集まりが、ジャガーという動物に結び付けられるための色々なルールの取り決め」のことだ。それを私たちは、ほとんど無意識に使っている。これがコードにあたる。このラングについては、この後、すぐに補足しておきたい。ヤコブソンの基本要素に戻ろう。ソシュールが「パロール」と呼んだメッセージがある。それは、話された内容や文章などのことである。コンテクストは指示対象と呼ばれていて、メッセージの背景情報になっている。「そこにジャガーがいるよ」と言っても、そこがジャングルなのか動物園なのかはわからない。それを指示している関連情報がコンテクストなのである。最後に、ヤコブソンが接触と呼ぶ発信者と受信者とのあいだの物理的経路と真理的結合がある。物理的経路とは音声とか文字とかのことだ。テレパシーが含まれるのかどうか知らない。そうして、発信者の伝えたい内容が受信者に伝わる。それを真理的結合と呼んでいるのだろう。言語は、コードとメッセージの両方であって、ソシュールが指摘したように認知可能な「記号表現」と「記号内容」とを備えた「ある複雑なものの記号」である。言語コミュニケーションとは話し手と聞き手のあいだの記号交換だという。

ラングは母国語であれば、幼年期に、第二外国語であれば、もっと後になって個人の頭の中に作り上げられる心的な構造である。ある言語には音声の組み合わせ方、語の作り方、語同士の結びつき、語の意味領域などに一定の規則があって、この規則の総体がラングであり、いわば、社会制度のようなものだ。車で道路を走る時の交通ルールのようなものである。そして、丸山さんによれば、このラングは三層構造になっている。一層目は先ほどのフランス語や日本語といったそれぞれの言語のラング。二層目は、それらから一般的な特徴を抜き出した本質的で普遍的なラングである。三層目が重要なのだけれど、ラングを社会制度的な狭い領域に限定せず、社会や文化の総体としてのラングとして捉える認識方法だった(丸山圭三郎『ソシュールの思想』)。

ロマン・ヤコブソン 『音と意味についての六章』原題は s と l の文字が印象的な美しいフランス語である。

ロマン・ヤコブソン
『音と意味についての六章』原題は s と l の文字が印象的な美しいフランス語である。

レヴィ=ストロースの『神話論理』を読んでもらうと、彼がヤコブソンのいう基本要素を踏まえながらも二つのことに注目していたのではないか推測できる。一つは、「言葉は諸体系の体系であり、様々な下部体系を包含する総合コードである」ということだ。それが、レヴィ=ストロースのいう「より単純で、理解しやすい諸体系」の意味であると思われる。さきほど述べたように言語は記号である。リンダ・ウォーによれば、言語記号は、1.それ自体がコード化される、音素、音節、形態素(語根・接辞)、単語といった究極単位。2.例えば、冠詞、名詞、形容詞といった語順の組み合わせ方がコード化される句、節、文。3.そして選択的可能性の組み合わせパターンとしての発話、談話というように階層構造を成している。発話、談話、それ自体はコードに属さないが、例えば英語の発話なら英語のコードにおける選択可能な組み合わせパターンに基づいている。そういう意味でコードと間接的な関係を持っている。だから、あらゆる言語記号がコード化されるわけではない。コードと記号を同一視するのは、ある種の言語学・文学の研究では当然とされるが、それは根拠のないことだと彼女は述べている(「詩的機能と言語の性質」)。ここは、押えておくべきところだろう。それはともかく、ヤコブソンは、言語記号が機械的な集合をなすのではなく、規則に支配されたサブコードの階層を成しているのだという。これが先ほどのソシュールのいうラングの三層構造と密接に関わる部分なのである。構造化への重要な方法論をラングが持ち得えた。このサブコードの内、どれが基本コードかを見分けることは出来ても他のサブコードを排除してしまうのは危険だという(「言語の記号と体系」)。というのも、言葉は人体のように日々新たに作りかえられながら、ある体系を維持しつつも、少しずつ変化しているものであるからだ。変化しているものまで排除する可能性がある。このことは、レヴィ=ストロースが断片的な神話でさえ丁寧に考察の対象としていたことに通じる。それは、彼のいう「神話の階層構造」と「動いてやまない現実としての神話」というイメージとパラレルになっているのである。

ロマン・ヤコブソン 『言語芸術 言語記号 言語の時間』

ロマン・ヤコブソン、リンダ・ウォー 他
『言語芸術 言語記号 言語の時間』

レヴィ=ストロースが注目した二つの内、もう一つは音の問題だった。言葉の究極の要素である音素、つまり母音や子音のそれぞれの構造的な違いや類似を分析しなければならなかったのである。まず、区別する原理が必要だった。そのための強力な手法が二項対立の対であった。例えば、子音の韻律的な特性から d-t、 z-s、 b-p、 v-f などの子音の対は有声・無声のような二項対立として弁別可能となった。母音では音の長-短といった対立特性があったのである。音素の結合によって言葉は生まれる。その最も高度な発現をみせるのは詩においてであることには異論はないだろう。ランボーは『母音』のための頌歌を書き、ヤマコフスキーは子音をテーマとして実験的な詩作を試みている。音素、とりわけ子音の繋がりは潜在的な大系を形づくっていることをヤコブソンは気付くようになる。

彼は、詩の修辞的な技法が言語分析学の立場からみて、意図的で、意識されて使われているものなのかよく尋ねられると書いている(「詩における識閾下の言語パターン」)。それは、確率からいっても他の文学テキストからの比較においても偶然ではありえない。例えば、ボードレールがエドガー・アラン・ポーにおいて、その詩の創造が極めて意識的な手法によることを指摘していたのは有名だ。しかし、ヤコブソンは、ある場合に直感的言語の潜在がそのような意識的検討に先行していて、その基礎をなしているのではないかと考えていた。彼の友人であった詩人のフレーブニコフは自分の詩「きりぎりす」の中に krýlyško(小翼)という意味の単語から作った動詞 krylyškúja(小翼を震わせ) の中に uškúj(海賊船)という言葉がトロイの木馬のように潜んでいることを見つけて喜んだと言う。それは、きりぎりすの方言である konjók(小さな馬)が木馬とのアナロジーとなっているからだ。これらの言葉はロシア語の「鍛冶屋」「悪辣な陰謀」「鋳造する」などの同語源語の強烈な結びつきを持っているというのだ。krylyškúja(小翼を震わせ)という彼の造語が詩の構成全体を示唆し、方向づけているとヤコブソンはいう。このようなアナグラム的な言葉の使い方は関口裕昭 『パウル・ツェランとユダヤの傷』 の中でもご紹介しておいたが、ツェランは意識的に使っていたかもしれない。ちなみに、フレーブニコフがこの「きりぎりす」を書いたのは、ソシュールがアナグラムの研究をしていた時期と重なっている。

音の修辞的な技法の双璧、そのもう一つは民間伝承の中にある。これと言語理論などの抽象的な理論とは、いかなる接触も持たなかったのだけれど、それは内容のどっさり詰まった極めて有効な言語構造の素晴らしい例だとヤコブソンはいう。口承された詩文の中に異言が混じっていればすぐに気づいてしまう。そこには確かに識閾下で行われるパターン化の方法と密接に結びついた緊密な音・文法の形態が明らかにあるという。例えば、こんなロシアに伝わる民間伝承のなぞなぞが求めている答えは何か。

Šlá svin’já iz Pítera,(豚が一匹ペテルスブルクからやって来た)

vsjá spiná istíkana. (背中じゅうに穴をあけられて。)

答えはNapjórstok(指ぬき)である。すでに上に挙げた文章の中にその答えの文字(下線を施した部分)が散りばめられているわけだ。前段、後段で7個の母音のうち/á i á i í . a/の6個は同一になっている。各母音と母音の間にある子音の数は svin’já や vsjá にある自然に生じる繋ぎ音 j を除けば前段、後段とも 2.2.1.0.2.1.1.である。この緊密な音・文法の形態の関連についての記述は、ずっと続くのだが煩雑なのでここまでとしたい。

レヴィ=ストロースは、こう問いかけている。「我々が神話素と呼んだものの中にもまた、音素のあらゆる性格が現われていないかどうか問うてみることもできる(『音と意味についての六章』の序)。」神話素とは神話の構成要素で音素と同様に「純粋で空虚な示唆的記号」である。例えば「太陽」という神話素は、この段階ではまだ意味を持つ以前の音なのである。神話素が意味を持つのは神話の内部で他の神話素と結ぶ相関・対立の関連からだけである。空虚な音=神話素がそれを満たす内容を呼び求めるのだ。ちょうど音楽における音のように。ヤコブソンはこのように言う。口承詩の音韻組織と文法は複雑で重層的な対応の体系を示していると。その対応の入り組んだ網の目を支配する規則が認識されることもなく、生まれ、効果をあげ、世代から世代へと受け継がれていく。個々の詩人の作品においても直感が複雑な音韻組織と文法構造の設計者に成りうるし、唯一の設計者であることも稀ではないと言うのだ。このような構造はとくに識閾下のレヴェルでは強力である(「詩における識閾下の言語パターン」)。言葉の音自体が持つ強力なネットワークがそこに想定される。ヤコブソンは韻律の普遍性に対する精密な理解をドイツ語の頭韻、モルドヴァ語韻律の容認的法則、中国定型詩のモデュールデザインから学んだ(「中心的テーマ」)。それは、ソシュールが晩年、言語学とは直接関係のないニーベルンゲンの詩(うた)やロマンド地方におけるゴルゴンド族の民俗学的研究といったテーマに没頭し、火星語やアナグラムと呼んだ詩の謎解きにのめり込んだのと同様なのではなかろうか。ソシュールは亡くなる数か月前から中国語の研究も行っていたという(丸山圭三郎『言葉と無意識』)。

音それ自体に魔術があるのである。いろいろな音表象が連続して構築されていく。音と音の間の諸関係、例えば頭韻、脚韻、韻律などでの関連する言葉や語群の類似をあやどる掛詞(地口)などは詩にとって極めて重要な要素である。マラルメは『賽の一振り』をオーケストラのための楽譜のように書き、散文においてもトルストイは『アンナ・カレーニナ』を声を出して読むべき小説だとした。識閾下で働く「言語形成能力(ランガージュ)」がある。それを言霊と呼ぶべきか、集合的無意識の働きと考えるべきか、はたまた、ノヴァーリスの言葉の中に働く運動の表れとしての音楽なのか、シュタイナーが言うように無意識の生命活動の抽出であるのか。私たちは再び言葉とは何かという問題に連れ戻される。この鍵をにぎるのは言語のオーラルな領域なのである。