ポーラ・アンダーウッド『一万年の旅路』「想い」の糸

グラシオブルの人形劇『ウーマン・シャーマン』
つながるすべてのいのちたちよ

お正月明けに広島のアステールプラザで、グラシオブルオというグループの『ウーマン・シャーマン』というパペット(人形)劇を観た。何の気なしにブラッと入ったてみたのだが、ネイティブアメリカンのホビ族の口伝からヒントを得た物語だったのだ。なかなか興味深い舞台だったのだけれど、そのリーフレットには、こうあった。「みなさんへ、『この世の存在は全て繋がっている』というグラシオブルオの理念を基に、100年先あるいは先住民の教えの7世代先までを見据えた心の通い合う世界を目指した舞台創りに構想5年‥‥」。どうも、最近「全ては繋がっている」という言葉をよく目にする。この前、『細川俊夫 音楽を語る』についてのブログ書いている時、その関係で哲学者の西谷啓治さんの禅に関する本を読んでいたのだが、そこにもその言葉があったし、プラトンについてもプロティノスについてもそういう言葉がある。ライプニッツやマラルメにとっても世界は読み解かれるべき一冊の本であった。

何千年もの間伝えられてきた、ネイティブアメリカンの一族の物語がある。この『一万年の旅路』の著者、ポーラ・アンダーウッドは、父から、その父は祖父から、祖父はその祖母からこの話を伝えられた。この祖母はイロコイ連邦が、結成された当初に、その国を構成する部族の一つであるオナイダ族の出身者だったのである。五世代前に知恵の道を歩みつつあった一人の若い女性が、自らの患者から、この古代の学びとその一切に関する責任を引き受ける。その患者は、この地方最後の<古き物事の守り手>であり、この滅びの危機に瀕した物語を彼女が継承したのである。その女性こそ、ポーラ・アンダーウッドの祖父の祖母、つまり、ツィリコマー(明るい春)という名の治療師であった。イロコイ連邦は、北アメリカ・ニューヨーク州北部のオンタリオ湖南岸とカナダにまたがって保留地を領有する、モホーク族、オナイダ族、ワイアンドット族など6つのインディアン部族により構成される部族国家集団である。17世紀に、今日「イロコイ連邦」として知られる部族連合による連邦国家が成立し、1794年にアメリカ合衆国連邦政府と平和友好条約を結んだ。国連も認める独立自治領であり、独立した国家として連邦捜査局(FBI) などアメリカ合衆国連邦政府の捜査権も及ばないという。

ポーラ・アンダーウッド『一万年の旅路』
星川淳 訳

物語はこのように始まる。さわりの部分を要約してお伝えしたい。

どれだけそこに住んだかだれも憶えていないほど長居した土地では、一族は山裾の砂浜にいた。当時、寒い時は山の懐深く暗い場所が暖かく、世界が暖かくなるとひらけた浜が好まれた。二たび浜は迫り上がる海に呑み込まれ、満潮になると立っていられる場所もなくなった。二たび海面が下がって、砂がまた姿を現わした。

しかし、世界は変わり、一部のものが強すぎると感じた力を、すべての者が感じるようになった。遠い雷鳴のような音が聞こえてきた。小さな石がその場で踊りだし、なかには丘を転がり落ちてくるものもあった。大地が太い綱にかかった<鋭い牙(猪)>のごとくのたうちはじめ、ばらばらに裂けた。彼らの世界の中心である海が、怒れる山のごとく、憤れる熊のごとく、荒れ狂う嵐のごとく立ち上がった。<おおいなる乾き>へと向かって歩き始めなければならない時が来た。それから、三分の二の者は南の道 を選び、三分の一の者は北の道を選んだ。北の道を選んだ者は<海辺の渡り>を選んだ者たち、<古(いにしえ)の道>を選んだ者たちだった。

その一族は北に進んだ。そこは、<おおいなる乾きの地>だった。彼らは、乾きと共に生きることを学んだ。一族は新しい歌を歌うようになる。「学べるかぎりのことを学ぼう。ありとあらゆるものに目を向けよう。すべての音に耳を傾けよう。あとに続く者たちに、この贈り物を伝えよう」と。このようにして一族の旅は、学びの旅ともなっていく。

<大いなる島>への海の渡りが始まる。全員を端から端まで繋ぐ<大いなる綱>が編まれた。海に囲まれた岩場は狭くなり、時に海に隔てられた。こちらの岩場から海に隔てられた向うの岩場まで綱を伝って移動しなければならなかったのである。一族の中で荷物を背負う力があったものは35人。そこまで力のないものが17人、そのうち3人が他の人に運んでもらわなければならなかった。わずかそれだけだった。一族は一心同体となり、自分たちが一つであることを理解し、誰一人置き去りにしないことの大切さを噛みしめながら滑りやすい道をたどり、互いに抱きかかえたり助けあったりしながら打ち寄せる大海を渡ったのだった。<亀の島(北米大陸/訳注)>への道を切りひらいたのはそのような者たちだった。

海峡を渡ると完全な湿地が広がっていた。なにひとつ乾いたものはなかった。ぬかるんだ大地は一足ごとにまとわりつき、どんよりした太陽にびしょ濡れの服を乾かす望みも翳った。毎晩、濡れて火のつかない小枝を囲んで「暖かさの希望を失わない」ようにした。ついに、地平線はゆっくりと迫り上がり、わずかだが丸々として甘く白っぽい木苺が見つかった。どの苺も全員に渡るように注意深く分けられ、最後の二つは大地に残された。やがて、<知恵の娘>は、自分たちが後にした<大いなる島>から運んできた小枝の束に火をつけた。彼らのかつてのリーダーだった<古の知恵>が最後の別れの前に三つの束を集めたものの一つを取りだしたのだ。一つは海を越えた後、自分たちが最初にたどりつく安全な場所で点すもの。二つ目は、最初の谷間の里で点すもの。三つ目は定住の地を定めたあかつきに点すものだという。彼女は言葉を続けて「ここまできてはじめて、私たちは海を越えたと言えるだろう」と。それには全員が吹きだしたという。

<海辺の渡り>を果たした一族は、もう一度<大海の里>を見出すのだが、そこもまた去らねばならなかった。民は<果てしない山並み>にそって南の道をたどる。物語はこのように語られていくのだが、続きは、是非、本書をお読みくださればと思う。ネイティブアメリカンたちが、ベーリング陸橋を渡ったモンゴロイドの子孫という説が有力視されているというのは、ロード・レヴィ=ストロース part1 『月の裏側』 堆積丘としての日本でご紹介しておいたのだが、この著者の祖父は、<海辺の渡り>の一節の舞台をシベリア本土からサハリン、クリル(千島)列島、カムチャッカ半島にかけての一帯と考えていたし、著者も氷河期に出現したユーラシア大陸と南北アメリカ大陸を結ぶベーリング陸橋ではないかと考えるようになったという。それが本書の邦題『一万年の旅路』のいわれとなっているのであるが、原題は”The Walking People”であり、海を渡る民にたいして陸を歩いて移動する民のことを指している。海を渡る民もあったということは指摘しておいていいだろう。僕は、歴史的な移動経路よりも、この旅によってこの民が勝ち得た知恵の方にはるかに強く惹かれる。それについて少し書いてみたい。

ポーラ・アンダ―ウッド(1932-2000)
『知恵の三つ編み』 星川淳 訳

ポーラ・アンダ―ウッドは『知恵の三つ編み』のなかで、この『一万年の旅路』にも掲載されている狼の話を述べている。この著書では、学びとはどのようなものかが具体的に示されているのである。「さて、兄弟たちに聞く、さて、わが姉妹たちに聞く、狼の代弁はだれがする?」一族の数が増え、そこの民は、よその土地に引っ越さざるを得なくなる。彼らはすべての若者の話も聞き、移動先に決まった地は、狼の大群の中つ地であった。その若者たちの中に、少年の頃から狼と心を通わせることができた「狼の兄弟」と呼ばれる若者はいなかった。彼は民の地に戻ると口を極めて反対したが、一族は耳をかさなかった。しかし、やがて、彼らは気づいた。狼と共存することは不可能であり、彼ら全てを狩ることは命を取る民に成り下がることであり、一族そのものが変わり果ててしまうだろうと。彼の忠告を聞いていれば、今ここで生活するほどの労力はいらなかっただろう。二度と再び、エネルギーを得ようとして、得るエネルギーよりも多くのものを失うことがないように。「こうして、一族は新しい場所なり、新しい可能性の一つについて、そこを流れるエネルギーを秤にかけ、どれだけなら十分で、どれだけなら過剰かを吟味する」という教訓を二度と忘れなかったと語られている。

この『狼』の物語を著者が聞いたのは、3歳の時だった。「このお話しを聞いて、なにが頭に浮かぶ?」と父親は尋ねる。『狼』の物語に限らず、そのお話から何かを学ぼうとすれば、その話を父親に何度も歌ってもらうのである。『狼』の話から、父親がうなずく最後の学びが得られたのは、17歳の時だった。それは単なる論理を超えたシンボル学習の本質でもあったという。シンボル形式の哲学――。本物の学びの物語にどれだけ豊かな意味が、どんな形で含まれているか、ようやく理解できるようになった。頭の中でシンボルを探す。狼、月、森‥‥。月と狼と火との関係を見ていると三つの面を持つ形が見える。「狼―火―少年、それぞれが互いに向かって心を開いている。狼と少年は火を理解しようとして、火の本質に暖められる」。「ほかの狼たちは月の本質を探って月の姿にそのかなたにある現実を見る」。それぞれのイメージが、<いのちの輪>のなかで沢山の三角形の頂点をなしている。父は言う、「その同じ火、その同じ反映のおかげで、私たちの理解への欲求が生まれ、火のリアリティ、つまり宇宙を流れるその本質を、自分の中へ取り入れたいと願う」と。娘は気づく、「兄弟の顔にその反映を見て、かなたの現実を理解しようとする本性は、狼も人間も同じだわ。つまり、理解を求めるということにおいて、狼と少年も兄弟なわけ」。「これが一族の理解の基盤なんだわ。輪の中に三角形がたくさん。いのちといのちが向き合って、その二人が見つめる現実があって、お互いどうしの関係がある」と。ポーラ・アンダ―ウッドは「学びの物語」が用意しているものは答えではなく、問いを生み出すための仕掛けだという。そうして、それは、例えば、六の法則に結びつけられる。形をとったすべての現象について少なくとも六通りの説明を考え出すことだ。問題提起のための起爆剤――もし、いまここと違う時間と場所だったら、どんな答えになるだろうかと。

父は、娘が物心つかないうちから鍛えた。『一万年の旅路』の「はじめに」からご紹介してみよう。娘は、自分が見ていたものから別の方向へと体の向きを変えられ、それまで見えていたものが何かを言ってごらんと言われたという。これを何度もやっていると、人によっては、その時見ている全てを頭に焼きつけ、脳内写真のようなイメージを再現できるコツがつかめるようになるという。父は娘が学ぶ能力の兆しがあることが分かると物語の断片を語りはじめたが、物語全体を学ぶには完璧な注意力をもって聞くことが要求された。例えば、一つのことに一昼夜意識を集中して目をさましていること、他の歌や詩などを暗記する力、それらの内容への理解の力などが必要とされた。そういった能力が認められると父は歴史の全体を語り聞かせ始めた。一時に少しずつ理解を試しながらである。どこか一節を憶えると、聞かせてもらったのとは別な形でそれを繰り返すように催促される。自分が何かを憶えたなどとは性急に思い込んではいけないということを、何かを聞くことと理解することとは別のことだと教えられた。一つの部分を丸ごと父の前で語れるようになった時、三つのちがった形で三回語るようにと求められた。相手の知性への語り、あるいはイメージとしての語り、そして、その混ざり合ったものとして。現代英語でも語り直すことのできる完璧な理解を要求された。ここに語りの文化の伝承の仕方の一端が明らかにされるのである。多分、父親から彼女が学んだ口承史は歌の形に近いものだったろうと推測されるのだけれど、本書『一万年の旅路』はリニアーな英語の散文で表現されているようだ。

ポーラ・アンダ―ウッド、星川 淳 共著
『小さい国の大いなる知恵』

ポーラ・アンダ―ウッドは、1933年ロサンジェルスに生まれる。アメリカ先住民の政治指導者の長い系譜の中にあった。彼女と父親とはイロコイ族とは離れて、ロサンジェルスで、彼女のいう、たった二人だけのコミュニティーを持っていた。国際関係学を学んだ後、ワシントンで35年間、合衆国議会、国際通貨基金などの活動に従事し、「女性と法律研究所」、「インディアンの機会保証を支援するアメリカ人協会」、「世界先住民科学ネットワーク」などの組織にかかわっている。翻訳した星川淳(ほしかわ じゅん)さんが出会った時には、教師や会社重役たちを相手に「学び」のためのワークショップを開催していたという。

本書の訳者である星川 淳さんには、お会いしたことがないなのだけれど、僕の若い頃からなんとなくお世話になっているという感じの人だ。ちょうど、時々、町に出ると話したこともないのだけれど、バッタリとよく出会う人に似ている。だいたい、この人の訳書との出会いは、バグワン・シュリ・ラージニーシの『存在の詩(うた)』だった。懐かしい人もいるのではないだろうか。さすがに、今はダイナミック瞑想はされていないと思うけれど。その後、グルジェフの『注目すべき人々との出会い』を訳されていて、これには、ちょっと驚いた。それにラヴロックの『ガイアの時代』など、要所要所の本との出会いの中で翻訳者として顔をのぞかせる人だ。『屋久島の時間』や『ベーリンジアの記憶』などの沢山の著書もあるし、グリーンピースジャパンの活動などもされてきたようである。

ポーラ・アンダ―ウッドと星川さんとの共著である『小さい国の大いなる知恵』には、彼女の祖父の祖母の祖父から伝えられたという『フランクリンとスケンドナ』の伝承があった。ネイティブアメリカンであるスケンドナとベンジャミン・フランクリンを巡る友情の物語だった。そこにはフランス軍と戦うジョージ・ワシントンやトマス・ジェファーソンなども登場する。アメリカ独立戦争に先立つフランス・インディアン戦争においてオハイオ川流域のイロコイ族が共同して戦ったのである。

最初の五部族によるイロコイ連邦は、後に六部族となるのだが、部族連合による連邦国家となったのが、17世紀というのは前に述べた。その基礎は11世紀に成立したとされている。五部族は連邦の末永い存続の象徴としてホワイトパインを選び、その根の下に戦闘用のマサカリを埋め、互いに二度と戦をしないことを誓った。主な決定は全て、七世代の後の子孫への影響まで配慮されたという。確かに、ここまでの熟慮がなければ、未来に破綻をまねくようなことも起きるだろう。どこの国とはいわないけれど‥‥。彼らの話し合いは、徹底した平等主義で、先の口承史の中でも語られていることだが、母権性社会でもあり、話し合いにおいて男女の差別はない。その平等主義は、部族間においても同様だったであろう。詳しくは『小さい国の大いなる知恵』第二部の「火守と兄と弟と」をお読みくださればと思う。イロコイ連邦に通じていたベンジャミン・フランクリンは、そのようなイロコイ連邦のあり方を手本にして1754年のオルバニー連合案を作成したと言われ、この案が後のニューヨーク植民地(後に州)憲法の下地となり、13の植民地が団結する連合規約に繋がったというのだ。それは、イロコイの平和法と合衆国の憲法とを一本の糸で結びつけるものだという。ネイティブアメリカンの側から見たアメリカ建国史を考えてみることは意義深いことではないだろうか。

さて、もう一度『一万年の旅路』に戻ろう。著者のポーラ・アンダーウッドは、巻末の補遺の中で、この物語における「関係」についてこのように述べている。万物の「はじまり」には、ただ「一つのもの」があった。その一つのものとは「万物の本質を宿す女」または「想いの女」であった。最後にクモが現われて「本質」から「想い」の糸を引き出して、それによって宇宙の中のあらゆる個別なものを紡ぎだし、それらを互いに結びつけた。「つながりの糸」である。宇宙は、この三次元のクモの巣で、二本の糸が交差する点が他のあらゆる点と繋がっている。「大いなる命の織物」のどの部分を触れても必ず他の部分に影響を及ぼすが、その影響は遠く離れれば離れるほど薄れていく。ありとあらゆる存在がつながっていて他のあらゆる存在と関係し合っている。全体のあらゆる部分に影響を及ぼすのであれば、私たちは宇宙の中で兄弟姉妹ではないのかと彼女は言う。父は「クモ女」が誰で何かを自分で理解するように娘に語り、「そのイメージの向こうにある現実を読み取ってごらん」と言い、娘に問う。「すべてはつながっているという人もいるし、つながっていないという人もいるが、お前はどう思うのかな?」。