石飛道子『ブッダと龍樹の論理学』 part2 龍樹・第一義諦の命題

 

石飛道子『ブッダと龍樹の論理学』

石飛道子氏は、アリストテレス以来の伝統的論理学から展開した命題論理学を用いながら、ブッダや龍樹がどのような論理を用いて教えを述べてきたかを明らかにして行く。前回 part1 は、彼女が「ブッダの公式」と呼ぶ中から「〈これ〉があるから〈かれ〉がある」という、あらゆる因果関係を説明するためにブッダが用いた論理を中心に解説されてきた。「世俗諦」の世界が中心だったが、この part2 では、龍樹の定式を中心に「中道」「第一義諦」に関係する論理が問題にされる。

龍樹菩薩伝 前半

龍樹については、紀元150年から250年の間に活躍した南インドのバラモン階級出身の僧ということくらいしか、はっきりしたことは分かっていない。まとまった伝記としては鳩摩羅什 (くまらじゅう/4世紀中頃~5世紀初頭) が訳したとされる『龍樹菩薩伝』が知られているが、実際には羅什より1世紀くらい後のものであるようだ。

内容は、乳児の時に四万の詩頌からなるヴェーダ聖典が朗誦されるのを聞いて全て理解し、諳(そら)んずることが出来たといった天才ぶりを言祝ぎ、年頃になれば、隠身の術をもって王宮の美女たちを犯したとかいう破天荒が紹介される。王の近くに身を伏せて難を逃れるが、欲のなせる業を知り、出家する。ヒマラヤ山中に籠り、そこで大乗経典を年老いた比丘から授けられた。一切を知る者としての慢心が芽生えるが、ゴータマ門の門神に、お前の知恵など如来に比べれば虻や蚊程度だと言われ、弟子には、あなたは仏弟子として教えを受け継いでいく者に過ぎないといった屈辱を受ける。これで、鼻が折れた。竜宮にいたマハー・ナーガ (大龍) 菩薩が、彼を憐れみ、惜しんで七宝の箱に収められた大乗の奥義の経典 (方等経) を授ける。龍樹は、膨大な経典も七宝の一箱にある内容に尽きていることを悟り、事物は本来不生であり、人・物共に空・無我で平等であり、どのような時にも慈悲の心を持つことに思い至る。

龍樹(150頃-250頃)像 年代未詳 チベット
頭にナーガ(蛇)を頂く。

龍樹 (ナーガ―ルージュナ) の名の由来は二説あって、一つは、幼名アルジュナにこの大龍菩薩のナーガ (龍/蛇) を加えたという説。もう一つは、釈迦の予言で、自分の入滅後に南インドに名声ある高貴な比丘が現れ、自分の「法」の眼を保持するであろうと述べ、その名がナーガーフヴァヤ (ナーガを名とするもの) であるとする『入楞伽経 (にゅうりょうがきょう) 』の十章による説である。龍樹の著作には『中論 (正式名は根本中頌) 』、大智度論の注釈である『優婆提舎』、それに自身の中論の注という『無畏論』などがある。ここからは勿論『中論 』が主役となる。

 


前回 part1では、真理表3(下図)からブッダの公式と石飛氏が呼ぶ定式が導かれた。Ⅰの「〈これ〉がある時〈かれ〉がある」である。今回の龍樹の論理学では、ブッダの公式Ⅲの「〈これ〉がない時〈かれ〉がない」がテーマとなる。それは第一義諦、すなわち中道と空を導く公式となる。


中道

ブッダの公式
Ⅰ.〈これ〉がある時〈かれ〉がある。
Ⅱ.〈これ〉が生ずるから〈かれ〉が生じる。
Ⅲ.〈これ〉がない時〈かれ〉がない。
Ⅳ.〈これ〉が滅するから〈かれ〉が滅する(阿含経典12.49.3,5より)

真理表

ここからは、真理表15が解説される。今回、重要な真理表は15、16、1の三つであるが、文どうしをつなぐ接続詞は part1 でご紹介した真理表9と同様にない。4と13、5と12、6と11は互いに否定になっているが、真理表の下段で×のついたものは使用されない。世と書いてあるものは、世俗諦に使われた真理表であり、一と書いてあるものが第一義諦に関わるものである。

正しい智慧をもって、如実に、世間における集起を見るものには、世間において「無いこと」はない。
カッチャーナヤよ、正しい智慧をもって、如実に世間における滅を見るものには、世間において「有ること」はない。
カッチャーナヤよ世間の人々は、多くは、そのやり方に執着し、こだわり、しばりつけられている。
「一切は有る」というのは、カッチャーナヤよ、これは、一つの極端である。「一切は無い」というのもこれも極端である。
カッチャーナヤよ、これら二つの極端に近づくことなく、中道によって、如来は法を説くのである(サンユッタ・ニカーヤ/パーリ語経典 相応部12.15)

真理表 15 Tは真、Fは偽を指す。通常のⅠ~Ⅳの位置は入れ替えられている。

中道とは苦楽、二辺の中道のことで、ブッダは、愛欲において欲楽の生活に耽溺することも苦行を実践すること聖ならざるものであり、利益のないものであると述べ (如来諸説経)、「楽と苦の二つの極端によらない」ことを中道とした。

真理表15では〈これ〉に〈一切は有る〉を〈かれ〉に〈一切は無い〉を入れて真偽を確定させている。ここで、問題になってくるのは最下段の「〈一切は有る〉のではなく〈一切は無い〉のではない」という命題である。これを中道としてブッダは説いたという。同じ形式の文章が中論にもある。

自己であると教えられていることもあれば、自己ならざるものと示されていることもある。しかし、如何なるものも自己ではなく、そして、自己ならざるものではないと諸仏により示される(中論18.6)。

西洋論理では、自己であるか自己でないかのどちらかになる。自己でもなく非自己でもないことはあり得ない。「自己ならざるものではない」は二重否定なので文全体は「自己でなく自己である」と書きかえことができる。ここで、前回の世俗諦で語られるブッダの言葉が引用される。

ブッダ データ未詳

あるものそのとおりのものとして考えるとしても、そのものはそれとは異なったようになってくる。それにとって、そのこと(考え)は、虚偽であるから。虚妄の法(モーサ・ダンマ)はしばしのものである(スッタニパータ/パーリ語経典 小部・経集 757)。

世俗諦で述べられる世界は、縁起によって生じる絶えず変化する世界であった。その世界は虚偽であり、同時に真理であるが、しばしの虚妄の法であった。中道は、「そのとおりもの」であるとも「それとは異なったもの」とも異なる。

縁起しているもの、それを、空性であると私は説く。それ(空性)とは、執って仮説することであり、中道そのものである(中論24.18)。

縁起とは、空性であり、執って仮説することであり、それが中道であると言う。巻末に紹介しておいた「龍樹『根本中頌』を読む」においては、この仮説は「 (何かを) 因とする施設」と訳されている。絶えず変化するものは、言語で表現できないもの、仮説でしか述べられないものとなる。何かを縁とせず生起するものは何ら存在せず、一切が空でないなら何かが生じたり、滅したりすることはない。「Aではなく、A ならざるものでもない」。空性については、後に述べる。

 


ブッダは、初心者ではあっても哲学議論の好きだったマールンキヤプッタに「語られなかったこと」を語った。「語られた教え」とは四聖諦のことであり、「語られなかった教え」とは無記と呼ばれる形而上説のことである。その「語られなかった教え」とは、四句分別に集約され、中道を保って言語を超えた世界に結び付けられ空性に結晶する。


 

四句分別

ブッダが、マールンキヤプッタに述べた形而上説とは以下のようなものである。

「永遠なのは世界である」というのは私によって語られなかったことである。
「永遠でないのは世界である」というのは私によって語られなかったことである。
「有限であるのは世界である」というのは私によって語られなかったことである。
「無限であるのは世界である」というのは私によって語られなかったことである。
「命と身体は同じである」というのは私によって語られなかったことである。
「命と身体は異なっている」というのは私によって語られなかったことである。

「如来は死後存在する」というのは私によって語られなかったことである。
「如来は死後存在しない」というのは私によって語られなかったことである。
「如来は死後存在しかつ存在しない」というのは私によって語られなかったことである。
「如来は死後存在するのではなく、存在しないのでもない」というのは私によって語られなかったことである。
なぜ、これらのことが、マールンキヤプッタよ、わたしによって語られなかったのか? これらは、マールンキヤプッタよ、利益をともわず、最初の清浄行のものではない。厭離にみちびかず、離欲にみちびかず、止滅にみちびかず、寂滅にみちびかず、証智にみちびかず、正覚にみちびかず、涅槃にみちびかない。それだから、これらは、わたしによって語られなかったことである(マッジマ・ニカーヤ/パーリ語経典 中部63)。

ブッダの形而上説抜粋

1.「永遠なのは世界である」「永遠でないのは世界である」
2.「有限であるのは世界である」「無限であるのは世界である」
3.「命と身体は同じである」「命と身体は異なっている」
4.「如来は死後存在する」「如来は死後存在しない」「如来は死後存在しかつ存在しない」「如来は死後存在するのではなく、存在しないのではない」

問題になるのは4.で語られる説である。これを四句分別という。石飛氏は、ブッダが不可知論や懐疑論とは無関係だという。この四句分別は、論理的な裏付けをもって確信的に語られているというのだ。懐疑論は確信をもって語られることなく、ただ虚無に向かうだけだという。

真理表 16

真理表16の〈これ〉に〈如来は死後存在する〉を〈かれ〉に〈如来は死後存在しない〉を入れてⅡからⅣに真偽の結果を出す。それを全て偽として否定形にするのである。真理表は、ここでは命題論理学とは別の機能を持たされていることになる。ブッダの形而上説抜粋の 4.に見られる四句のきれいな否定形になっている。

石飛氏は、この如来の死後に関する四句分別の文章を我々凡夫に向けて無理やり言語で表現してくれたものであろうと言う。マールンキヤプッタはブッダの僧団に属するかどうか決めかねていた。それゆえブッダは、弟子たちには説かない形而上学をわざわざ述べて、それを否定している。それは仏教内部の人へではなく、外部の者に対してブッダがあえて踏み込んだのではないかと言うのである。

「如来の死後」は「涅槃」と直結する問題である。『中論』が拠り所とすることの多い『スッタニパータ/パーリ語経典 小部・経集』からご紹介する。ブッダは煩悩の河を渡ろうとするウパシーヴァにこのように述べる。

無所有(何もないところ)を観察しながら、よく気をつけている者、ウパシーヴァよ、と尊師は言った。(おまえは)「無い」ということをよりどころにして激流を渡れ。もろもろの欲望を捨てて、討論から離れ、渇愛の滅尽を昼夜において観ぜよ(1070)。
無所有(何もないところ)をよりどころに、他のものを捨てて、最高の「想いからの解脱」において解脱して、そこにとどまり、何ものにしたがっていくこともないだろう(1072)。
風の力で炎が吹きとんで離れさって数のうちに入らないように、同じように聖者は、名称と身体から解脱して、離れ去って名づけられなくなる(1074)。
かれに対して、そのものをあれこれ述べるようなやり方は存在しない。すべてのもの(法)が根絶やしにされたとき、一切の議論の道もまた根絶やしにされたのである(1076)。

ナーガルージュナ ツァパ・ナムギャル作 17世紀

「もろもろの欲望を捨てた者」は、無所有処定(むしょうしょじょう)という禅定を拠り所として最高の「想いからの解脱」において解脱して、そこに留まるという。上記のように『スッタニパータ/パーリ語経典 小部・経集』では、解脱への二つの段階が注目される。この区分は『中論』を性格付け、大乗への道を開く重要なポイントだと著者はいう。

(1)「貧欲を離れた者」となる。
(2)「想いからの解脱」において解脱し、名称と身体〈名色〉を離れる。

(1)の「貧欲を離れた者」では、まだ名称と色形〈名色〉を残していると考えられる。これが「最初の清浄行」にあたる。
(2)の「想いからの解脱」とは「想いを想うものではなく、想いを離れて想うものでもなく、想わないのでもなく、虚無を想うものでもない」ことだった。「このように知ったものは色形を滅する」のである。「色形を滅する」因となるのは「多様な言語世界(パパンチャ)の名称が起こらない」ことによるといわれる。これによって「『想いからの解脱』において解脱する」のである。行為と煩悩を滅した人がさらに名称と色形を滅する第二段階である。これが「第二の清浄行」と著者が呼ぶものとなる。

想い (サンニャー) を想うものではなく、想いを離れて想うものでもなく、想わないのでもなく、虚無を想うものでもない。――このように知ったものは、色形を滅する。というのは、想いを原因として、多様な言語世界 (パパンチャ) の名称が起こるからである(『スッタニパータ/パーリ語経典 小部・経集』874)。

内においては迷妄(パパンチャ)である名称と色形を知って、外においては病根を知って、すべての病根の束縛を脱した、このような人は、あるがままにある人と言われる(スッタ二パータ/パーリ語経典 小部・経集530)。

行為と煩悩が滅するから、解脱がある。行為と煩悩は、思慮分別によって起こる。これらは、多様な想い (プラパンチャ) にしたがってあるが、多様な言語・表象世界 (プラパンチャ) は空性 (シューニャター) のなかに滅するのである(中論18.5)。

サンスクリット語のプラパンチャ、パーリ語のパパンチャは、「戯論 (けろん)」と訳される。「多様に広がっていく言語・表象の世界」と「迷妄」という二つの意味があるが、ここでは前者を指している。このような言語に属する事柄は世俗諦、つまり虚妄な法につながるため迷妄の意味も出てくるのだという。多様な言語・表象世界 (プラパンチャ) は、多様な想いにしたがってあるが、多様な言語・表象世界は空性のなかに滅して、ついに、名称と身体〈名色〉を離れる。すなわち、あるがままとなるのである。これが第一義諦の到達を意味する。では、空性とは何なのだろうか。

苦楽二辺の中道/形而上説の否定→四聖諦→煩悩からの解脱→無所有処などの禅定→名称と色形 (名色)を滅すること

 

龍樹菩薩伝 後半

もう一度、本書から離れて龍樹の伝記についてご紹介します。7世紀になると留学僧であった玄奘三蔵が、当時のインドにおける龍樹の伝承を記録に残している。インドのサータヴァーハナ王が龍樹のために黒峰山に伽藍を建てたが、資金が枯渇し、それを助けようと龍樹が妙薬によって石を黄金に変えた。あるいは、提婆 (アーリヤデーヴァ) が彼のもとを訪ねて来た時、龍樹は水を満たした鉢を見せ、提婆は針を投げ入れる。その意味を理解した龍樹は提婆を弟子としたとか、父サータヴァーハナ王の長寿は薬術に長けた龍樹が薬を処方しているせいだとして、その王子に首を乞われた龍樹は自ら首を切り落として絶命したといった内容を玄奘は記していた。

龍樹が仙薬を使うというのは『龍樹菩薩伝』にもあり、三百年の長寿をもって仏教を守護したと伝えられる。その他、菩薩伝には南インドの国王の前で、バラモン僧との術比べに勝利し、別の国王を神通力で教化したという話も伝えられている。また、龍樹の最後は、このように描かれている。彼に嫉妬する小乗の比丘が、あなたが長くこの世にとどまっていることを望まないと言うと、その言葉を契機に為すべきことをし終えたと感じていた龍樹は、蝉が抜け殻だけを後にするように遷化したという。南インドのクリシュナ―川の右岸にあるナーガルージュナ・コーンダ (ナーガルージュナの丘) には、紀元3~4世紀のイクシュヴァーク時代のサータヴァーハナ王朝と関係する仏教遺跡があり、ここが龍樹の終焉の地だと推定されている。

ちなみに、インドの伝承では、龍樹の切り離された胴と首は、その吉祥山の光輝く楼閣の中の宝座に置かれ、神々やヤクシャ(夜叉)などによって常に供養された。一方、彼の誓願身は極楽にあって無量光仏によって「智宝菩薩」の名が与えられているという。無量光仏は阿弥陀の別名だがら、浄土教とのつながりはここら辺りにあるのかもしれない。チベットでは別の伝承があり、切り離された首の根本から「私はいまに極楽に行くであろう。しかし、後にまたこの身体の内に入るであろう」という声が聞こえてくる。ヤクシー (夜叉女) が、首を胴から7キロ先に置くと、首と胴は腐ることなく互いに近づき、ついに合体して、龍樹は再び教化を開始するのだった。不気味な話しになっているのだが、頭という智と身体という物が一度は切り離され、死後もう一度結びつくというメタファーは何を意味するのか‥‥

 


いよいよ八不中道と空性に入る。八不中道は、『中論』の冒頭を飾る帰敬偈と呼ばれるブッダに捧げられた序で、中観派の代名詞となった感がある。そこには論争の相手を沈黙させる論理が秘められていた。「あなたが縁起と空性を破壊するなら、あなたは一切の言語活動である世界を破壊する。」ブッダの言葉や龍樹によって繰り広げられた言葉の地平が解体された後、その上に火焔のように燃え立ち煌めくものがあるのだ。


 

八不中道

『中道』は、真理表15のⅣにある「〈一切は有る〉のではなく〈一切は無い〉のではない」という命題から導かれる中道・第一義諦の形式であることは既に見た。ブッダは、世間と論争を起こすことはないと弟子たちに説いてきたが、世間と関わる以上論争せずにいられたとは思われない。論争と言ってもブッダはただ「法を語っていた」だけかもしれないのだが。外教徒らは、実在論や世俗諦のみに関わっていたから、第一義諦に関わる『中道』が一つ議論に加わるとたちまち議論は終結したのではないかと石飛氏は述べている。これを龍樹は「一切の見解からの出離」と述べた。

不滅にして不生、不断にして不常、不一にして不異、不来にして不去、戯論寂滅にして吉祥なる縁起を御説きになった、説法者中の最高の説法者である仏陀に敬礼いたします(『根本中頌』帰敬偈 桂紹隆、五島清隆 訳)

八不は、すべて吉祥なる縁起を形容している。目的は、外教徒に法を説くためと同時に仏弟子に悟りへの道を開くためと考えられるという。もう一度ブッダが説かなかった形而上説に戻る。

ブッダの形而上説抜粋
1.「永遠なのは世界である」「永遠でないのは世界である」
2.「有限であるのは世界である」「無限であるのは世界である」
3.「命と身体は同じである」「命と身体は異なっている」
4.「如来は死後存在する」「如来は死後存在しない」「如来は死後存在しかつ存在しない」「如来は死後存在するのではなく、存在しないのではない」

1.「永遠なのは世界である」は不生で否定し「永遠でないのは世界である」は不滅で否定する。
2.「有限であるのは世界である」は不断で否定し「無限であるのは世界である」不常で否定する。
3.「命と身体は同じである」は不一で否定し「命と身体は異なっている」は不異で否定する。
4.「如来は死後存在する」「如来は死後存在しない」「如来は死後存在しかつ存在しない」「如来は死後存在するのではなく、存在しないのではない」は不来不去で否定するということになる。

このように「中道」は相反する主張をことごとく否定する。それは、相手を返答不能に追い込むという。これは、言語世界から離脱することを意味しているんじゃないのかな。文字通り言語・表象世界を滅することらしい。この間のトドロフの『象徴の理論』でご紹介したことだけど、永遠という言葉は、永遠とそうでないものを切り分ける。言語の特質は二項対立にあり、その永遠の側から意味のネットワークが広がっていく。「中道」は、言語の二項対立の世界からの超越と言えるのかもしれない。

1.~3.までは問題ないと思うので 4. の四句分別に関する不来不去についての解説をご紹介する。マールンキヤプッタとブッダとの会話で 4. は如来の死後について語られている。『ヴァッチャゴッタ火喩経』では、火が消えた時、その火は「去るものでない」と言われ、『雑阿含経』では、生ずるときは、「来るところもない」と言われる。真理表15のⅣから導かれる「〈一切は有る〉のではなく〈一切は無い〉のではない」は「〈来るところ〉もなく〈去るところ〉もない」に置き換えることが出来るだろう。

(正しい智慧によってあるがままの縁起を見ている聖なる弟子でも)『わたしという生きものは、いずこから来たのだろう、いずこへ去っていくのだろう』(と思いまどうかもしれないが)、このような道理はない(サンユッタ・ニカーヤ/パーリ語経典 相応部12.20.20)

「このような道理はない」。それでは、何があるのかと言えば「〈来るところ〉もなく〈去るところ〉もない」中道なのである。八不中道の最後にこの不来不去を置くことによって「如来」における解釈に重大な根拠が与えられることになると著者はいう。如来の死後について論議ができる唯一の可能性が残されるのだ。龍樹独自の解釈に見える「不来不去」は、その根拠を阿含経典に見出すことが出来るというのである。

 

過去生の物語 
ナーガルージュナ・コーンダからの発掘
アーンドラ・プラデーシュ州 インド

空性

かつて、わたしは、アーナンダよ、そして、今も、空性の住処に、多く住している‥‥比丘は、村の想いに集中することはなく、人の想いに集中することなく、森の想いによって独住に専念する‥‥かれはこのように知る。(すなわち) あったのは、村の想いによる不安であるが、それらはここにない。あるのは、この森の想いによって独住する、ただこの不安だけである。

かれは、『空であるものは、この想いのなかにあるものであって、(それ) は村の想いに対してである』と知る。『空であるのは、この想いのなかにあるものであって、(それは) 人の想いに対してである』と知る。『あるのは、この、森の想いによる独住であって、これだけが、空でないものである』と知る。以上のように、そこ(A)に全くないそのもの(B)によって、そこ(A)を空であると見る。

そこにはまだ余っているものがあるとき、そこ(A)にあるものそのものを、『これがある』と知るのである。このように、かれには、アーナンダよ、この、如実であって転倒なき清浄な空性 (スンニャター) が顕現している(マッジマ・ニカーヤ/パーリ語経典 相応部121)。

『「空 (スンニャ) 」とは、あるもの(A)のなかに何かないもの(B)があるとき、それ(A)をないもの(B)についての空である」』というような言い方で用いられている。空は「膨れ上がったもの」「からのもの」、インドの数学ではゼロを意味する。「森の想い」のなかに「村への想い」がないとき「森の想い」は「村の想い」についての空であるということになるだろうか。「森の想い」についてまだ余ったものがあるとき「森の想い」による独住があると知る。別な例を考えると「人の思想の中に理想がないとき、その思想は理想に対して空である」と言うことになるだろう。村の想いという、この「想」は「名称と色形」から生じる。想いや思惟、言葉は「空である」と特徴づけられている。

最終文で空性 (スンニャター) が登場して「空 (スンニャ) 」との違いが明らかにされる。具体的なあるものについて「空である」という時、スンニャという形容詞が使われ、そのような「空」の見方を一切におよぼしたとき顕れてくる境地を抽象名詞で表現して空性 (スンニャター) としている。「空性」は私たちの言語・表象世界一切を覆い尽くすという。「縁起しているもの、それは空性である」というブッダの言葉を思い出してほしい。龍樹は、空性についてどのように述べているのだろうか。

[真実は]他に依って知られることなく、寂静であり、諸々の言語的多元性 (戯論) によって実体視して語られることなく、概念的思惟を離れ、多義でない。これが[諸法]の真実 (=空性) の特徴である (中論18.9 桂紹隆、五島清隆 訳)

空性があてはまるものに対しては、一切が当てはまる。空があてはまらないものについては、一切があてはまらない(中論24.14)。

あなたが縁起と空性を破壊するなら、あなたは一切の言語活動である世界を破壊する(中論24.36)。

他者とかかわるなら縁起が成立し、言葉を交わすなら空性の内にある。縁起と空性を破壊するなら、あらゆる言語活動によって成り立つ世界は崩壊する。私たちは、気がつこうとつくまいと縁起と空性の中で生きているのだと著者は述べる。縁起するものは空であり、空であるものは縁起する。そして、縁起と空とは同じではなく、異なってもいないのである。ここに議論は終息する。急いで付け加えておこう。

世尊が仰った。「[病因を取り除くべく服用した薬がいつまでも体内に残ると、癒されるどころか、かえって病気が悪化するように]ちょうどそのように、迦葉よ、見解(邪見)をすべて取り除くのが空性なのであるが、他ならぬその空性を[ひとつの]見解とする人がいるのであれば、その人のことを、私は、癒すことのできない者と呼ぶ」(『迦葉品』65 桂紹隆、五島清隆 訳)

 

あるがままの論理 

ブッダの語り方は、対機説法と呼ばれる。中論には、ブッダの語り方をまとめた偈があるという。これは、あらゆる人々をもらすことなく救い上げようとするブッダの大いなる慈悲の網に例えることが出来るだろう。このような偈である。

「すべては、あるがままである」あるいは「(すべては)あるがままではない」あるいは「(すべては)あるがままであると同時にあるがままではない」あるいは「(すべては)あるがままでなくあるがままでないのではない」(中論18.8)

それは真理表1に仮託されているが、命題論理としては、もはや成り立っていない。ある人には、「すべてはあるがままである」と語る。言葉に絡めとられている者には、目覚めの一言になるだろう。別の清浄行に励むものには「すべてはあるがままではない」と語る。ガンジス川の大きな泡を眼のある者は静観し正しく考察するだろう。しかし、それは虚ろで実質のないものである(サンユッタ・ニカーヤ/パーリ語経典 相応部22.95)と知る。それはしばしの虚妄な法であると。十二支縁起を理解するような者には「すべてはあるがままであると同時にあるがままではない」と述べるだろう。その順観と逆観があわせて説明されただろう。そして、禅定を修行する者には「すべてはあるがままでなくあるがままでないのではない」と語られただろう。それは彼らに現実のものとして見えなければならなかったいうのだ。

このようにブッダの論理学は相手に応じて自在に変幻していくのである。そして、ブッダの論理学を受け継ぎ、それを自由に駆使した龍樹が、どのような影響を後世に与えたかは、あまねく知られている。『中論』は、ブッダの論理学を受け継ぎ、その極致を語る聖なる書であると著者は強調してやまないのである。

 


僕は、この著作の何に興味を持ったのか?


時に素晴らしい切り口で仏教にアプローチできる著作に巡り合える時がある。例えば、西谷啓治氏の『正法眼蔵講話』などが、そうである。ギリシアのパルメニデスの思想と道元の思想が比較される。この出会いは意外だった。ロシアの思想家、バフチンにとって社会的コミュニケーションで生まれる「理解」とは、他者の経験を自己の内部に自動的に正確に反映することでも、自己の内部で倍加することでもなかった。この経験を全面的に異なった価値を持つパースペクティブによって、新しい評価と知識のカテゴリーに翻訳することであった。これが、カーニバル的「生き返り」である。

このような新たな価値論的パースペクティブが、今回ご紹介した石飛道子さんの『ブッダと龍樹の論理学』には、あるんじゃないかと思ったのである。おそらく、仏教側からも論理学の側からも色々な批判にさらされたのではないだろうか。しかし、ブッダや龍樹の思想にある種の構造的な枠組みが見えてくる点で大きなメリットがあると言える。単なる思い付きといったレベル以上の内容を持った、このような主張が味わえることは稀である。スッタモンダは、学会内でやっていただければよいのだが、ここから、色々な可能性が見えてくる。フレーゲの述語論理学とブッダや龍樹の論理学との比較へと発展することも可能であるかもしれないし、道元の正法眼蔵を論理学的な枠組みから眺めていくことも可能になるかもしれない。このような試みが増えてくるなら本はもっと面白くなるに違いない。

 

 

参考図書

龍樹『根本中頌』を読む 桂紹隆、五島清隆  とてもバランスのとれた『中道』の訳と解説のある著書。

『論理学の初歩』大貫義久、白根裕里枝、菅沢龍文、中釜紘一  共著  論理学が分かりやすく解説された良書。