「見えていたものが見えなくなる」「見えないはずのものが見える」part2 オリヴァー・サックス『道程』

 

少し前に、ある学芸員さんと話していたら、最近あらぬものが見えて困るんだよ。オリヴァー・サックスの本に出てくるようなやつね、と、おっしゃる。ちょうど、ドイツのグリュッタース文化大臣が、新型コロナウィルス禍の中、自己責任のない困窮や困難に対応するとしてアーティストへの大規模な経済支援を打ち出した頃のことだ。文化は良き時代にのみ享受される贅沢品ではないという発言にシビレた。それはともかく、学芸員さんにそう言われても僕には「見えないはずのものが見える」ことについて違和感も不信感もない人間なので、「ああ、そうなんだ」で終わってしまった。

アニー・ベザントとC.W.リードビーダー
神智学における思考形態の内「自己的愛」

だいたい35歳頃をピークに結構いろんなヴィジョンを見ていた。図にあるのは赤色だけれど、僕が寝っ転がって白い天上を見ていると、明るい緑色のこんな形のものが呼吸するようにゆっくり変化して動くのは、よく目にしたし、朝、布団から起き上がると、いろんな色のモザイク状の色班が見えたりもした。夜中、瞼の内側が明るく閃光で輝くのでビックリして目が覚め、しばらくして、また寝てしまったこともあった。

この図は「思考形態」と神智学で呼ばれるものの一つだけれど、神秘主義的な解釈は僕には結局必要なかったし、考えても解決できる問題でもなかった。こんなヴィジョンを見るからといって、日常生活に全く支障をきたすこともない頻度だったから、不思議ではあったけれど結構楽しんでいられた。今は、全く起こらないといっていい。見ようと思えば、例の明るい緑色の運動は弱いながらも今でも見ることはできる。

 

オリヴァー・サックス
『見てしまう人びと 幻覚の脳科学』

しかし、あらぬものを見ている人たちはかなり多いのだということが脳神経科医のオリヴァー・サックスの著作を読むと分かる。一般には、主に脳の病気事故が原因で見る幻覚と精神的な病で見る幻覚に分けられる。両者が複合して起こることも勿論ある。しかし、病気とは言えない幻覚や幻聴もかなりの割合で起きているものらしい。

幻覚は、現実と同レベルのリアル感があり、いわば勝手に生じて、しつこく付きまとったり突然消えたりする。不気味なものや怖い幻覚はあっても、精神疾患による幻覚のように、話しかけられる、侮辱される、誘惑される、責められるなど、自分が完全に巻き込まれてしまうことはないという。心に浮かべる心象とは異なるし、夢ともまた異質なものだ。心象は自分でコントロールできるものだし、夢は持続的で物語性のあるものが多く、本人の願いを象徴していたり不安に陥れたり、場合によって明恵上人の場合のようにある種の教導や預言であったりする。

ついでに言うと、ロシアの心理学者アレクサンドル・ルリアは『偉大な記憶力の物語』の中で、この幻覚と似たものとして直感像を指摘している。それは、心象よりはるかに明確な、眼前にあるように見える記憶像で、コントロールできる。ロシアでの話かもしれないが大人で一割程度、12歳以下の子供なら五割くらいの人に見られ、芸術家には、しばしばみられるという。僕の知人には楽譜を見ることもできるピアニストがいる。

『見てしまう人びと』に入眠時幻覚と呼ばれるものが紹介されている。こちらは的でスナップショットのように瞬間的なものが多い。子供の頃には比較的起こりやすいと言われる。この幻像は、うっすらした夢のようなものから恐ろしく鮮明なものまであり、内容も極めて多様だ。万華鏡のように変化する模様、草が毛皮に変化したり波打って踊る光の線になったりと目まぐるしく変わる。見知らぬ言葉を話す人の声、名前を呼ぶ声、現実の電話の音のように聞こえ、電話機まで行って確かめて幻覚だとわかるといったものである。知らない甘美な音、クラシックの曲が聞こえたりもする幻聴もあり、異様な顔が見え、それが多重にみえることさえある。

これに対して出眠時幻覚は、まれにしか起こらないと言われているが、普通目を開けていても、明るい部屋でも見え、外の空間に現に存在していると感じられる。楽しさや喜びを感じさせるものもあれば、苦痛や恐怖、目覚めた人間を脅かそうとしている場合もある。綺麗なモザイクのような色なら人を幸せにもしようが、目覚めると目の前にエイリアンが口を開けて待っていれば、隣の人は恐怖の叫び声を聞く羽目になる。

 

前回 part1 では、15世紀の透視図、そして19世紀以来のメディアの急激な変化が人間の視覚にどのような影響を与え、変化させてきたのかをヴァルター・ベンヤミンの『複製技術の時代における芸術作品』と伊藤俊治さんの『見ることのトポロジ―』から見てきた。今回Part2は、普通は見えないはずのものが見えるという、いわゆる幻覚が、実はかなり頻繁に起こる現象で、脳がつくりだしているものであるということ。そして、その幻覚は脳に記憶される図式の一部のあらわれであり、この図式と芸術的な要素との関係をご紹介できればと思っている。それらを脳神経科医のオリヴァー・サックスの著作からご紹介する。とてもヒューマンで人気の先生だ。


 

オリヴァー・サックスは、1933年ロンドンで医者の両親のもとに生まれた。オックスフォードに進学する時、動物学の方面か医学の方面に進むか悩んでいた。魅かれたのは感覚の生理学だった。どう色を、奥行きを、動きを知るのか、それらをどうやって認知し世界を視覚的に理解するのか?

それで医学を学んで、アメリカのカルフォルニアでのインターンを終え、いくつかの病院で働くのだが、1966年から勤めるベス・アブラハム慈善病院で、何十年にもわたる記憶、知覚、意識の停止状態にあった脳炎後遺症患者の治療にあたって奇跡とも言える変化を起こした。Lドーパという薬を用いて彼らの意識を呼び戻したのだ。病状が一時的にしか改善されなかった人も多かったが、ずっと安定的な状態を保てた患者もいた。それを『めざめ』(邦題は『レナードの朝』) という本にして世間に彼らの実情を知らせた。これが大きな反響を呼んで映画化もされるのである。敬意を込めてサックス先生と呼ばせていただきます。

サックス先生は、幻覚や幻聴に悩む人々にある種の福音を与える人になる。そのようなものに悩まされる人々は、自分が気が狂ったのではないかと疑い、悩みを打ち明けることが出来なかったからである。それで脳の障害による色々なケースを本にし、有数なノンフィクション作家ともなったのである。脳の病気によって正常な機能が破壊され、それを取り戻そうとする人、取り戻せないと知ってもそれを何とか別のアプローチから自己の生活を豊かにしようとする人々の様子が感動的につづられている。色々な本が出版されているけれど、それらを概観するには、彼の自叙伝である『道程』をお読みになると良い。感動的な本です。

オリヴァー・サックス
『道程 オリヴァー・サックス自伝』

サックス先生には母譲りの片頭痛があったようだ。『見てしまう人びと』には、こう書かれている。3、4歳頃、庭で遊んでいると、目もくらむほどの閃光が左側に現れ、地面から空へと大きく孤を描き、そのくっきりした縁がギザギザ光って、色は鮮やかな青とオレンジだったと。

外科医でもあった母は、片頭痛の発作の先触れとして起こる現象なのだと説明してくれた。そのジグザグが中世の要塞に似ているので要塞スペクトル呼ばれていることも教えてくれた。そのようなヴィジョンが見えただけで頭痛の起こらないケースもあるという。

そういえば、僕の父方の祖母は片頭痛持ちで、よくノーシンという薬を飲んでいたのを思い出した。僕は、片頭痛や癲癇といった負担の大きい病気はなかったけれど40過ぎに一度きつい目まいの起きるメニエルになったことはある。眼前を電車が通り過ぎていくように視界が動いた。サックス先生の母親は、片頭痛は、よくあることで全人口の10%は罹っていると息子に説明している。

 


 

片頭痛の多彩な幻視とアート

ジグザグの要塞の例 ジュネーヴ近郊の城塞計画案 1841年
実際には建築されなかった。

片頭痛の典型的な症状は、先ほど述べたギザギザの形が現れるもので、15~20分にわたって広がり、視界の半分をゆっくり動いてゆく。たいていの場合、この光り輝く形の内側には、暗点と呼ばれる見えない領域があって、この暗点も含めた全体の形を閃輝暗点と呼ぶようだ。

片頭痛は、おかしな匂いや体の片側に妙な感覚を生じさせたり、一時的に会話をできなくさせたりする。色や奥行き、動きの知覚を変化させたり、数分視界をぼやかしてしまうこともあるという。不運な人は、激しい頭痛、嘔吐、光と音への過敏など様々な障害が起こるらしい。サックス先生自身は、この目もくらむほどのギザギザ閃光の他に、小枝のように分岐する線、格子、市松、クモの巣、蜂の巣といった幾何学構造が見えたようだ。これらの形は常に動いていて、形が出来ては再構成もされ、組み合わさって絨毯やモザイク画のようになったり、松ぼっくりウニのような立体にみえたりもする。視野のどらか片方に留まることもあり、あふれ出して全体に広がることもあるという。

ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)
左『黒い線』1923  タイトル・制作年未詳

これらの絵画は抽象絵画の祖、カンディンスキーの作品である。サックス先生は、ほぼ、あらゆる文化に何万年も前から見られる模様は、このような片頭痛などで起こる内的経験の表れではないかと考えている。

アートに現れる模様が、雷の形のように自然に存在する事物の単純化、抽象化されたものであることも否定できないので、全てここからアートの形を考えるのには無理があるのだが、模様に関わる視覚認識のパターンが存在している脳の箇所を片頭痛が刺激して、幻視を生じさせているのかもしれないのである。この幻覚による像は、記憶の織物の中のパターンが不意にあらわれるのだ。

 

感覚のポリフォニー 共感覚

天才少年だったマイケルは先生が曲をいくつかに分けると、ピアノを弾きながら別の順に編曲し直すことが出来た。彼は先生に言った。

「僕はその青い曲が好きです。」先生は聞き間違えたかと思い問い直した。「青い?」「そう、二長調の曲‥‥二長調は青ですよ。」(『音楽嗜好症』大田直子訳

心理学者のパトリック・エレンには、音楽だけでなく車のクラクション、人の声、動物の鳴き声、雷などの音、それに文字、数字、曜日にも色の共感覚があった。小学1年生の時、空中をみつめていたら、先生に何を見てるのと聞かれた。「金曜日まで色を数えています」と言ったらクラス全員が爆笑した。それ以来このことについては人に話さないようになった。

オリヴァー・サックス『音楽嗜好症』
音楽に関する極めて興味深い逸話が掲載されている。お薦めの著作である。

カンディンスキーやメシアンが色を見ると同時に音を聞いていたというのはよく知られている。色を聞いていたのだ。共感覚と呼ばれる現象である。共感覚の発生率は2000人に一人くらいと言われているけれど、もっと多いのではないかとサックス先生は考えている。それは病気ではないから、ことさらそれを訴える人は少ないからだ。共感覚は生理現象であり、それが起こるためには大脳皮質のいくつかの部分が同時に活性化される必要がある。

共感覚で見える色は、うすいベールのような光で外界の視界をさえぎったりしない。錬金術などで云うティンクトゥーラ (浮き上がった色) のようなものらしい。この色は人によって異なり、実際に外界を見る時のような色の整合性はないようだ。先ほどのマイケルにとって二長調は「青」だが、他の共感覚を持つ作曲家では違っていた。

共感覚という言葉が生まれる少し前、アルチュール・ランボーは、A (ァ-) は黒、E (ゥ-) 白、I (ィ-) は赤、U (ュ-) は緑、O (ォ-) は青と『母音』という詩で共感覚を高らかに詠ったし、トラークルの詩には「愛欲の赤い苦み」といった共感覚ならではの表現がある。だが、トラークルやランボーのこれら詩句は思いつき程度にしか考えられていなかった。科学的に調べられるようになったのは1980年代になってからだ。

共感覚は音と色に限らない。音楽を聴くと小さな棒や円のような形の光が見える人もあり、音楽と味が共感覚を起す人もいて、どの音程かを味によって捕捉できる。生まれたての赤ちゃんは脳がまだ未分化なために共感覚があると言われていて、三ヶ月くらいすると種々の感覚が分離されはじめる。それによって外界とその内容を完全に認識するのに必要な条件が整う。青りんごのみかけ、感触、味、かじった時の音が全て調和して初めて青りんごをかじったと認識できる。一連の図式が整うのだ。これをクロスリファレンスという。たいていは、ここで共感覚を失うけれど、その感覚が残っている人もある。

大人になって、それも人生の後半に共感覚が出現することもあり、その原因は、失明であった。これは脳の中に新たな接続が出来るのではなく、普通なら抑制されている視覚システムの過剰が解放されるためだと考えられている。脳には知覚の入力だけでなく、その変化も必要なのだ。だから、眼が見えないのに幻覚が起こる。シャルル・ボネ症候群と呼ばれた。それは聴覚障害による幻聴と似た状況で起こる。

 

見えることと脳の組織化

ジェラルド・エデルマン(1929-2014)
ノーベル生理学賞・医学賞を受賞したアメリカの神経科学研究者。

サックス先生が、人がどう、色、奥行き、動きを知るのか、それらをどうやって認知し世界を視覚的に理解するのかに興味があって医学の道に進んだことは既に述べた。人の視覚認識が病気やケガで損なわれ、幻視が起きるのは何故か。それは知覚が目や耳からの感覚データの単なる再現ではないからだ。

ジェラルド・エデルマンは、個々の生命体、特に高等生物では成長過程で経験した事柄が神経系に働きかけてその特定の接続や配置を強める一方、ある場合には、それらを弱めたり消したりすると考えている。ぴょんぴょん飛ぶものを見て育った子供は相対的に動体視力が良くなるだろうし、平面ばかり見て育った子供は奥行きの感覚が鈍るだろうというのは容易に想像できる。

神経細胞群選択説と呼ばれる仮説だが、神経ダーウィニズムという名で知られる。エデルマンによれば、「機構」と呼ばれる脳の真の機能は、無数のニューロン群が大きな単位、つまり、「マップ (地図)」に組織されてできるという。この地図は、とてつもなく複雑だけれど常に意味のあるパターンで対話していて、数分か数秒で変化する。イスを見た時、そのマップがその都度生成されると同時に過去のイスのマップと同期されるのである。この知覚のダイナミズムは絶えず更新され、無数の細部がたえまなく統合される必要があるという。脳の主な仕事はカテゴリー化であり、カテゴリー化そのものをカテゴリー化することによって壮大な階層構造が作られるというのだ (『道程』)。

彼は意識や記憶が継続的な「再分類」によって維持されると考えている。「マップ」には「アップデート」が必要なのだ。それは、特に体の動き、それも滑らかで規則的な体の動きに依存しているという。この作業は大脳基底核の働きが不可欠で、エデルマンはそれを「継続する器官」と呼んだ (『レナードの朝』)。

太極拳やヨガやダンスは、脳にもよいのかもしれない。確かに、僕の年齢では中学生の時に度々感じたような空間の中を滑っていくように動くという感覚は最近ない。近所にも高齢化の波が押し寄せて、馴染みの人が、なんかギクシャク歩いている姿を見るようになった。それが、肉体的な問題だけなんだろうかとフト思うこともある。僕の知り合いにも80代のアーティストはいたけれど、みんなかなり滑らかに動いていた。気のせいだろうか。

 

ノーベル生理学賞を受賞したイギリスのチャールズ・スコット・シェリントン は脳を「魅惑的な織機」と詩的に描写した。脳のダイナミズムは、こんな風にも表現されるのだ。「無数の杼 (ひ) がすばやく動いて、崩れていく模様を織り上げている。つねに意味のある模様だが、けっして持続しないのだ。いくつもの小さい模様が移動しつつ調和している(『道程』大田直子 訳)。」

人は目だけで見るのではなく脳でも見る。後頭葉にある一次視野には、網膜から皮質への二地点間マッピングがあって、視野に現れる光、形、それらの方向、位置が表される。そこに在る視覚系ニューロンの大集団がデータをどのように形成するかについて有力視されているのが自己組織化理論だ(『見てしまう人びと』)ニューロンがそのような大域的な変化を素早く起こすことによって何が目に見えているのかを僕たちは知ることが出来るといわれる。

自己組織化は物理的なある条件が揃うと、まるで指揮者でもいるかのように物質が一糸乱れず、あるシステムを形成する働きを指している。結晶のように静かにゆっくりと形成される場合もあれば、台風のようなダイナミズムを持つ場合もある。雪の結晶の生成、荒れ狂う波のうねりと渦巻、ベロウソフ・ジャポチンスキー反応のような周期的に振動する化学反応にも見られる。とりわけ、生物の生命活動には欠かせない働きだ。

脳の中で起こっている動的な「時・空間のパターン」のようなもの、つまり、エデルマンのマップ、シェリントンの言う小さな模様が記憶に関わる重要な要素となるのである。

 

物語りのある神経心理学

脳の左半球のある部分に損傷があると失語症が起きる。『失語症』を著したフロイトはもっと複雑な生理的原因で「失認症」が起こると考えていた。脳の右半球は左半球より原始的と考えられている。左側には高次な中枢機能が集中しているからである。右半球には事実を認識するための重要な機能があるが、それは当然動物にもある。べーシックな機能を司る右側に高度な機能を司る左側が繋がっている。

右半球で障害が起きる場合、自分の問題がなんであるのか本人が知ることは、ほとんど不可能だという。それまで研究されてきたのは左半球に関するものがほとんどだったのである。右脳には知られざる部分があるらしい。脳考古学、人類学のジュリアン・ジェインズは右脳を神々が判断するのに相応しい場所とさえ呼んだ

アレクサンドル・ルリア(1902-1977)
神経心理学の草分けとなったロシアの心理学者。

『妻を帽子と間違えた男』に登場する音楽教師のP氏は、視覚的記憶に問題があり、サハラ砂漠の写真を見て、川があり、テラスのあるゲストハウスがあって、色とりどりの日傘が見えますと答えた。診察を終えたと思った彼は、帽子をとろうと妻の頭を持ち上げて被ろうとしたのである。

彼は、いくつかの主要な特質と大体の基本関係を取り込めたらそれをもとにコンピューターのように世界を構築していた。それによって作られた世界像は、外界など全く理解されていなくてもそれなりにつじつまがあってしまうのだという。脳の右半球が何らかの病気になると「病識欠損症」と呼ばれる状態になることがある。

サックス先生に大きな影響を与えたアレクサンドル・ルリアは右半球の脳のためには「個人主体」の新しい神経学が必要だと考えていた。そこでは、機械論的な神経学によってではなく「自己」や「人格」の根底にある基礎から検証し明るみにだそうとする姿勢が必要だという。この種の科学では病状の記述をする場合、物語の形を借りるのが最適だとした。それでサックス先生の著作が生まれたのだ。

 

巨大なパノラマのような記憶を見る双子

『妻を帽子と間違えた男』には異常な記憶力を持った双子の兄弟が紹介されている。タイトルもそのまま「双子の兄弟」だ。1966年にサックス先生がその兄弟に会った時、彼らは26歳だった。二人とも、自閉症、精神病、重度の精神遅滞などの診断を下されて7歳から施設に入っていた。

彼らには、たった一つだけ特異な能力があった。異常な記憶力があったのだ。意識はしていないが頭の中に過去や未来のどの日でも、その曜日を答えることが出来た。無意識アルゴリズムという言い方をされることもある。素数定理を予想した数学者・物理学者のカール・フリードリッヒ・ガウスでさえイースターの日を算定するアルゴリズムを作るのは、容易ではなかったと言われる。彼らは、足し算引き算が正確にできなかったし、割り算は何のことか分からなかった。

過去の日付なら、その日の天気や政治的事件、二人に起こったことが何の感情もなく告げられた。幼年時のつらい思い出も、人から受けた侮蔑やあざけりもあったはずなのにである。個人的な要素や感情が抜け落ちていた。この種の記憶にはパーソナルな性格がないかのようだった。

オリヴァー・サックス『妻を帽子と間違えた男』
この本も素晴らしい。

どうして、6桁以上の素数を言い合ったり、三百桁の数字だの、過去40年間にあった何千億という事件を頭の中に入れておけるのかと聞くと、彼らは、さらりと「見るだけなんです」と答えた。この不思議を解くカギは「見る」ことにあるのだとサックス先生は気づいた。この双子の目の前には、途方もない巨大なパノラマが開けている。それは一種の風景 (ランドスケープ) で、過去の経験が映し出される。質問されれば、眼がくるっと動いたと思うと、ぴたっと動きが止まって、何かを凝視する。

二人のテーブルにあったマッチ箱が落ちて、中身が出てしまった。「百十一」と二人が同時に叫んだ。落ちたマッチの数を時間をかけて数えるとぴったり百十一本あったのである。サックス先生は「どうしてそんなに早く数えられるの?」と聞いた。彼らは「数えるんじゃないですよ。百十一が見えたんです」と答えた。一瞬のうちに全体の数も見えるのである。これは幻覚というのだろうか。

彼らは、頭の中に巨大な壁掛けのような記憶の織物を持っている。それは、ボルヘスの『伝奇集』にある『記憶の人フネス』やルリアの『偉大な記憶力の物語』に出てくるシィーを思い出させるという。「世界が始まって以来、あらゆる人間が持ったものをはるかに超える記憶を、わたし一人で持っています (鼓 直 訳)」とフネスは語る。普通の人の織物はシェリントンの言うように織る端から崩れてゆくのに彼らの織物は、あるカテゴリーに関するかぎり完全無欠らしい。観念や概念の介入なしにその織物の中の模様を見ることが出来るのだろう。

おそらく、記憶には、アップデートの必要がある断片的なものと、このような完全な状態を保っているが、通常は抑制がかかっていて全体が見えないものとがあるのではないだろうか。きっと、全てのカテゴリーが一挙に見える状態になったら正常ではいられなくなる。完全な記憶を保っている織物というとホログラフィック仮説を思い浮かべる人もいるかもしれないが、直ちに結び付けるのは控えたい。

ライプニッツは、音楽から受ける喜びは無意識に数を数える喜びから来るとピュタゴラス的発言をしているらしい。彼ら双子たちは、数に対して「図像的アプローチ」ができるのである。ニーチェは宇宙にあるシンフォニーの反響を自己の内部に聴き、それを観念の形にして外の世界に投射すると述べた。この双子の兄弟にとっては、宇宙のシンフォニーは数の形をとって見えたのではないかとサックス先生は言うのである。

 

「調和的(ハーモニカル)」であるということ

サックス先生らしいと思うのだけれど、こう述べている。「人間の魂は、その人のIQに関わりなく『調和的 (ハーモニカル)である」「なにか究極的な調和あるいは秩序を見出したい、それを感じたいという欲求は、その人の能力がどうあれ、どんなかたちをとるにせよ、誰の心にも普遍的に存在している」と(『妻を帽子と間違えた男』高見幸郎、金沢泰子 訳)

脳は生き物だ。胃には胃の言い分があるように脳には脳の言い分がある。脳は病気や欠損に応じて広範囲の再編成や再マッピングが出来る可能性を持っているが、限界もある。片頭痛や癲癇のような異常事態には、ある種の前兆として幻覚を生じさせ、時に機能分化し忘れて共感覚という、ある人たちにとっては特別な恩恵を与えてくれたりもするし、知的な障害を持つ子供たちに数という宇宙を残してくれたりもするのである。しかし、時に盲目の人たちに幻覚を見せて困らせたりもするし、抑制が外れてエネルギー過剰になれば、チック、衒奇的症状、唸り声、悪態といった困った状況をもたらすこともある。

フロイトは、精神分析の目的は、虚偽や空想的な追想を本当の過去の記憶、回想と置き換えることだと述べたという。人間のアイデンティティを形成するのは、その人の人生の記憶だ。サックス先生は、経験は図像的に纏められるようでなくては経験とは言えない、行為も図像的に纏められなければ行為とは言えないという。歩く場面を思い浮かべて体をバラバラに動かすだけでは歩けない。それらを統合する体のリズムが思い出せなければ歩けないのだ。

そして、「脳にとどめられたすべての物についての記録」は図像的なものにちがいないという。図像的なものとは、内なる「旋律」や「場面」のようなものを指している。そのような図柄 (パターン) には「経験」を成り立たせる内面的な特質があり、それを取り戻すことが治療の大いなる手段の一つになり得るという。

手足が自由に動かせないパーキンソン病の患者もダンスの中では、体を安定させられる。重度の知的障害を持つ人が演劇の中では普通の人と同じように語り、演技できたりもする。失認症の人も音楽を口ずさめば、それを導きの糸に着替えや食事を何とか出来る人もいる。トゥレット症候群の痙攣性チックも音楽の中では止まる例は事欠かない。音楽療法などは極めて高い効果を持っている。関節や筋肉を動かす時、連続する感覚的な流れのようなものがある。意識や記憶には滑らかで規則的な体の動きが重要だ。ベーシックな部分で、間の経験は、視覚的、劇的、音楽的、舞踏的な経験によって統合されている。

マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』は、一さじの紅茶に含まれたマドレーヌの味が記憶を呼び起こす。記憶と心にはプルースト的なものがあるのだとサックス先生は言う。脳が算定的、プログラム的な要素を多分に持っているとしても、脳における表現の最終的な形態は「芸術(アート)」にあるとサックス先生は言うのである。見ること聞くこと感じたことは、芸術が持つ香りのように織り上げられた心の模様として記憶に残る。記憶を織り上げる図式に関わり、それらを根底で調和させるものは芸術的な要素なのだ。アートは文化だ。文化は良き時代にのみ享受される贅沢品ではないという意味が、これほど闡明にされた例を僕は、他に知らない。

今回は、「見えないはずのものが見る」という幻覚を端緒に、織り上げられる記憶には脳の図像的特質があり、治療には、その図像を回復することが助けになることを見て来た。僕たちの生活を芸術的特質が支えてくれていることを僕たちは気づかない。サックス先生の著書からは、脳の器質的異常から多様な病気が生み出されることが分かる。時には、それにめげて絶望の淵の内に亡くなっていく人たちもいるだろう。しかし、彼がいつも強調するのは、何とか自分に起こった事態に調和しようとし、自らの生活を少しでも豊かにしようとする患者たちの姿なのである。

 

参考図書 及び 引用文献

アレクサンドル・ルリア『偉大な記憶力の物語』
サックス先生に大きな影響を与えた著書。驚異的な共感覚と直感像によって特殊な記憶力を持った人の例が書かれている。フランシス・イエイツの『記憶術』と読み比べると面白い。

オリヴァー・サックス『レナードの朝』

オリヴァー・サックス『火星の人類学者』