松山俊太郎 part2 『蓮と法華経』世界文学としての法華経

 

蓮の花 太陽存在としての蓮

身のない胡桃の殻を振って気をひこうとする人も多い中で松山俊太郎さんは巨大な胡桃の実を創り出したが、殻から取り出すことなく亡くなってしまった。真に惜しい。

彼が50年に亘る蓮の研究の中で探求して来たもの、恐らくその中で最も重要な要素の一つは蓮と法華経の関係ではなかったろうか。はるかかなたのエジプトで原初の湖の中から生まれたロータスは太陽神ラーともホルスとも考えられ、バビロニアやペルシアを経由してインド入る。

そして、太陽存在としての釈迦は白蓮華と結びついて法華経に結実する。この壮大な仮説を松山さんは、研究の重要な眼目としていたはずである。今回は、この白蓮華としての釈尊、そして、それに対応する紅蓮華としての宝塔如来という松山仮説をご紹介しましょう。

釈迦と蓮華についての逸話は幾つかあって、例えば、ラリタヴィスタラ (普曜経/方広大荘厳経 )では、釈迦が摩耶夫人の胎内に入る際に、六百八十万由旬 (5千万から1億キロ) もの深い地下の水から、大蓮華が大地を破って出現し、梵天界にまで伸びて、その花にオージョービンドゥというソーマのような蓮華の蜜が生じて、梵天が菩薩であった釈迦に献じるという話になっている。

また、こちらの方が有名だけれども、摩耶夫人は蓮華を携えた6本の牙を持つ象が体内に入るのを夢に見て懐妊し、釈迦は生まれると7つの蓮華の上を歩いて「天上天下唯我独尊」と語った。そして、蓮と関連したもう一つの話として、釈迦の前世譚の一つと関わる無熱悩池 (むねつのうち) の話があるのですが、それを題材に宮澤賢治が『インドラの網』書いている。その要約をご紹介しましょう。

 

宮澤賢治(1896-1933)

宮澤賢治の『インドラの網』要約

于闐 (コウタン) 大寺を砂から掘り出したという主人公は、風と草穂の底に倒れながら、ツェラ高原のコケモモのカーペットの上を歩く幻想に陥った。そこは気圏の上方、キンキン痛む空気の中、はるか向こうには、ソーダの結晶のような (無熱悩池の) 白い湖が見える。その水は彼の手の中で青白く燐光を発している。眼を覚ますと夜になっていた。

その桔梗色に底光りする空間に素敵に灼きつけられ、研かれた鋼鉄製の天の野原に銀河の水は音もなく流れ、鋼玉の小砂利も光り、岸の砂も一粒ずつ数えられたのです。ツェラ高原の過冷却湖畔も天の銀河の一部と思われるほどでした。瞳を高原に転じると三人の天の子供らが見える。于闐 (コウタン) 大寺の壁画の中の三人の子供たちだった。

三人が向こうを向くと、瓔珞 (ようらく) は黄や橙や緑の針のような短い光を射し、羅 (うすもの) は虹のようにひるがえる。そして、その燃え立った白金の空、湖の向うの鶯色の原の果てから溶けたような、なまめかしく古びた黄金、反射炉の中の朱のような一きれの光るものが現われました。天の子供らはまっすぐに立ってそっちへ合掌した。それは太陽でした。

厳かにそのあやしい円い熔けたような体で正しく空に昇った太陽の光は、針や束になって注ぎ、そこらいちめんかちかち鳴りました。天の子供らは夢中になってはねあがり、まっ青な寂静印の湖の岸の硅砂 (けいしゃ) の上をかけまわりました。そして、いきなり彼にぶつかり、びっくりして飛びのきながら一人が空を指さして叫びました。

「ごらん、そら、インドラの網を。」彼は空を見た。いまはすっかり青空に変ったその天頂から四方の青白い天末まで一面張られたインドラのスペクトル製の網、その繊維は蜘蛛の糸より細く、その組織は菌糸より緻密に、透明清澄で黄金で、青く幾億互いに交錯し、光って (ふる) へて燃えました。

「ごらん、そら、風の太鼓。」もう一人も言いました。ほんとうに空のところどころマイナスの太陽ともいうように暗く藍や黄金や緑や灰色に光り、空から陥こんだようになり、誰も敲 (たたか) ないのにちからいっぱい鳴っている、百千のその天の太鼓は鳴っていながら、それで少しも鳴っていなかったのです‥‥。

 

賢治と蓮華と阿耨達池 

松山俊太郎『綺想礼賛』
谷崎潤一郎、宮澤賢治、小栗虫太郎、稲垣足穂らの作家論が集められている。

ぼくは、最近の小説とかあまり読まないので、よく分からないけれど、これほどゴージャスな表現は最近の作品にあるんだろうか ?  湖と太陽が見事に関係づけられているでしょう。そして、この話にはインドラの網が登場する前回、ご紹介した華厳経の中にある宇宙的構造物ですね。この『インドラの網』については、松山さんの賢治にたいする評論があるので少しご紹介しましょう。

後述する賢治の『阿那婆達多池幻想曲』では仏教色を盛り込もうとしていささか伝承との齟齬が生まれているけれど、この『インドラの網』では阿耨達池 (あのくだっち) をとりまく風土を清新な宇宙的ヴィジョンにまとめ上げている。

ヒンドゥー神話では、銀河は「天のガンジス河」であり、中空を落下すると「シヴァ神の結髪」に受けとられる。賢治の作品では天の原に流れ、ツェラ高原の過冷却湖畔も銀河の一部となって天地が抱擁する壮大な光景になっている。人間世界のツェラ高原から天の空間にふっと紛れ込んだかのような感覚となる。

そして、インドラの網は、須弥山上のインドラ神の庭園を蔽うもので、「結び目の宝珠」の映発し合う目くるめく光景は、賢治の作品におけるスペクトル製の網という卓抜した表現に活かされているとしています。

しかし、松山さんは、一つだけ遺憾なことがあるとして、苦言を呈している。それは、阿耨達池 (あのくだっち) の本質が『法華経』の中核である「見宝搭品~提婆達多品」の秘匿された根底をなしているという重大事を賢治が知らなかったことだとしている。しかし、これは言いがかりに近い。というのもこの仮説は松山さん独自のものと言って良いからです。では、『法華経』におけるこの中核とは何か? それを探っていきましょう。

 

無熱悩池とは何か


 

睡蓮の花形カップ 前13世紀 エジプト

フランスの折口信夫と言われたジャン・プシルスキ― (1885-1944) の『大女神』には、サールナートのアショーカ王獅子柱頭が論じられているらしく、その獅子頭における「獅子・日輪 ・蓮華」の意匠の源流をインド → ペルシア → アッシリア/バビロニア → エジプトと遡っている。

インドの伝説的な王の玉座を巡る説話集『獅子座三十二話』の異本などを例として、仏典に見られる「無熱悩池」がバビロニア的要素 (オアシス・生命の樹・日輪)、エジプト的要素 (日輪・獅子・睡蓮・湖)の複合物として生まれたとするもので、松山さんは、これらを育んだ文化史的背景が法華経の中核である「見宝搭品」と「提婆品」を生んだというのです。

瞻部洲 (せんぶしゅう) の中央、香山の南、大雪山の北、つまりヒマラヤの北に菩薩となった阿那婆達多 (あなばだった) 龍王が住むという阿耨達(あのくだっち/アナヴァタプタ) がある。周囲八百里、金、銀、瑠璃などがその岸を飾り、ガンジス河、シンドゥ河、ヴァクシュ河、シーター川という四つの大河が流れ出て全世界を潤す。それが「無熱悩池」です。「無熱悩」とは加熱されないことを指している。宮澤賢治が詩に詠った湖ですね。

わたくしは水際に下りて
水にふるえる手をひたす
……こいつは過冷却の水だ
氷相当官なのだ……
いまわたくしのてのひらは
魚のように燐光を出し
波には赤い条がきらめく (宮澤賢治『阿那婆達多池幻想曲』)

プシルスキ―によって、バビロニアにおける「世界の中心の山頂湖」が起源とされている ですね。釈尊の前世譚のひとつ『ジャータカマーラー』などに登場する池です。『綺想礼賛』の文面からすると『獅子座三十二話』の異本にもこの「無熱悩池」が登場し、ウダヤ山 (日が昇る山) の頂上に湖があって「正午にその湖 (池) の中から伸びて日輪を支える蓮華」の話が登場するようですが、邦訳がない。獅子座とは玉座のことで、かつての名君ヴィクマラ王の玉座が発見され、それに坐ろうとしたボージャ王を32人の天女が試すという教訓譚になっている。

それでは、プシルスキ―の「獅子・日輪 (法輪)・蓮華」の意匠の源流をインド → ペルシア → アッシリア/バビロニア → エジプトに遡る説を概観してみましょうね。

 

蓮華と太陽を巡るインド・ペルシア・バビロニア・エジプト


 

図1.  左 ペルセポリスの柱頭 前6世紀     右 アショーカ王の獅子柱頭 前3世紀

インドのアショーカ王獅子柱頭

松山さんはプシルスキ―の『大女神』にある説をあまり詳しく説明してくれていないので、図像から少し補えるかと思うけれど、僕の考えなので話半分に聞いていただければよいかと思います。

図2. アショーカ王獅子柱頭 摸刻 13世紀 
24本の輻輪を頂く。 タイ ワット・ウモン

図1.の右はサールナートのアショーカ王獅子柱頭ですが、蓮華を逆さにしたもの (反り花ということらしい) の上に円柱状の頂板があり、その側面に四つの二十四輻輪と象、瘤牛、獅子と馬という四聖獣が彫像され、その上に四頭の獅子がいる形になっています。

二十四輻輪は釈迦の法輪と解釈もできるけれど、プシルスキ―はメソポタミアにおける惑星を表している (『FUKUJIN No.15』) と述べている。でも、二十四輻輪=日輪=釈迦と見た方がよいのではなかろうかという気がします。獅子や象、瘤牛、馬の四つの彫像は、阿耨達(あのくだっち/アナヴァタプタ) の東西南北から四つの河が流れ出す、その河に対応している。

図2.は四つの獅子の上に輻輪が置かれていたものの例です。プシルスキ―は32輻のものがあって、それが日輪を表しているとしていますが、未見です。ちなみに仏教の法輪は八正道を表す8輻ですが、そのモデルとなった転輪聖王 (てんりんじょうおう) の輪宝は16輻のようですね。王権のシンボルだった。まあ、多少の疑問は残りますが、これが「獅子・日輪 ・蓮華」のことと言えるでしょう。

 

ペルセポリス柱頭

図3. ペルセポリスの柱頭部分 螺旋とロゼッタ文様

そして、図1.の左がペルシアのペルセポリスの柱頭です。ダレイオス1世がアケメネス朝ペルシアを建国し、その首都に建設した王宮群に使われた柱です。ダレイオス1世がスキタイ翻弄された話は前にご紹介しました。

その柱頭の下部は獅子頭における逆さの蓮華の形と同じであることが分かります。その上に上向きの華のような形があるけれど、これは、どちらかというとヤシの葉型柱頭に近い。

その上に四方に向けて二つ重ねた円柱 (図3.は拡大図)、そして、四角柱を挟んで同じ形がある。この円柱の断面、つまり円形の部分には渦巻状の線刻にロゼッタ風の文様が彫られていますが、これも蓮や睡蓮かどうかは分からない。最上部にはインド・アーリア語族に崇拝された牡牛が二頭彫られている。「牡牛・円筒・蓮華」というふうには表現しても良いかもしれません。

 

バビロニアのヴラカシャ湖とハマオ

図4. バビロニアの世界地図 
外円と内円の間は塩水のオケアノスで、内円の最上部に山があるが、そこに湖があるのかは不明。円の中心の穴は同心円を引っ掻くためのコンパスの跡。    前600年頃

次はバビロニア的要素ですが、 (オアシス・生命の樹・日輪) といった要素 は、あまりはっきりしない。湖が世界の中心にあって、それが、最古の世界地図と言われるバビロニアの地図 (図4.) に表現されてあるとされている。その湖が、この地図にあるとすると二重の円に囲まれた塩水のオケアノスということになる。

しかし、古代ペルシア (イラン) の神話にはヴラカシャ湖の中に島があり、そこにはハマという老いを除き、全てを若返らせる力を持つ生命の草が生えているとされる (『アヴェスタ』)。これが、睡蓮や蓮であるかどうか分からない。ハマオは、ギルガメシュ叙事詩でギルガメシュが泉の水を飲んでいる間に蛇に奪われた生命の草だろうと考えられている (Th.H.ガスター『世界最古の物語』)。ただ、バビロニアにおける「世界の中心の山頂湖」というのは未詳です。メソポタミアには高い山がない。

ぺルシアの四分庭園 

ペルシアでは前6世紀頃から山の水をカナートと呼ばれる砂漠の地下道を通して引いて灌漑に用いている。その水は田畑のために格子状に分流し、作物、果樹、時には花々を潤した。この様式化が初期の庭園の形式を作ったとジョン・ブルックスは『楽園のデザイン』で述べている。山からの水が湖である可能性はあるでしよう。

格子状の無限の広がり、分割可能な幾何学模様となり、格子の中の植栽は楽園の要約と見なされたという。庭園の水槽は、輝く水面に天を映し、象徴的に聖と俗とを一つに結び合わせ、イスラム庭園の眺めの中心となったというわけです。イスラムは、ペルシアを征服したが、文化的にはペルシアに従属する形となった。ついでながら、水、乳、ブドウ酒、蜂蜜という四つの河で象徴される四つの水路で隔てられるルシア語のチャハル・バーグ、つまり四分庭園が知られている。

ヴィシュヌのアヴァターラ (権化) マツヤ

エンキとアプスー

シュメールの水神エンキ、バビロニアではエアと呼ばれる神は、水の神であり、山羊の頭を持つ魚、あるいは魚の皮膚を持つ人間の姿で表される。地下の淡水の海アプスーの主であり、知恵と豊饒の神とされている。ギルガメシュ叙事詩ではウトナピシュティムに洪水の近いことを教え、箱舟を作らせたのはこの神だった。ペルシア湾に近い都市エリドゥの守護神であり、その寺院には人工の聖なる貯水池が作られていたという。残念ながらシュメールの太陽神ウトゥ (バビロニアではシャマシュ) と習合された気配はなさそうだ。ついでに、インドの宇宙神・太陽神のヴィシュヌはクリタ・ユガ (黄金時代) の時には魚 (マツヤ) となっていた。

 

メソポタミアの円筒印章

下の図5.の右にメソポタミアで使われた円筒印章の部分写真があります。右半分には、生命の樹の上に三日月と有翼筒状の上に神々が表現されている。その左下に睡蓮と思われる植物がある。睡蓮ですからオアシスと結びつけても、それほど目くじらは立てられないでしょう。その上に16本の線で表現された巨大な輝く星がありますが、円盤ではないので太陽かどうかは分からない。

何故その左下の植物が睡蓮と分かるかというと、左図のエジプト第6王朝に活躍し、全ての監督と呼ばれた役人であるヴィジエ・メレルカ (前24世紀) の墓にある有名な漁師のレリーフの下段に彫られている睡蓮 の形にかなり近いからです。詳らかになっていないところもあるのですが、オアシス・生命の樹・日輪」と表すことは出来るかもしれませんね。

図5. 左図 エジプト第6王朝のヴィジエ・メレルカの墓の漁師のレリーフ  下段にある水鳥と睡蓮
右図 メソポタミアの円筒印章 (年代不詳) 右側に三日月と翼のある筒上のアヌンナキ (天空神アヌの息子たち) 、その下の生命の木。その両脇に崇拝者と魚化された神ないし賢者。左側下にロータスを思わせる植物とその上には16輻に輝く星とプレアデス星団が表現されている。

 

アッシュル神とエジプトのホルス神

図6. 左図 太陽円盤を戴くラー・ホルアクティ(ラーと習合したホルス) 前14世紀
   右図 アッシュル神 生命の樹の上の有翼円盤として表現されている。前  9世紀

図6. 右はアッシリアの王であったアッシュルナツィルパル2世 (前883‐前859) と生命の樹を表現したレリーフの上部に有翼の太陽円盤として表現されたアッシュル神です。次はジプト的要素ですね。左の図は、太陽神ラーと習合したホルスで、オシリスとイシスの息子とされている。このホルスの神像では頭に日輪を戴く隼の姿で表されている。有翼円盤のアッシュル神と円盤を戴く隼であるホルスのイメージはかなり近いと言えるのではないでしょうか。

図7. 左図 体がライオンで頭が鷹というヒエラコスフィンクス
   右図 ツタンカーメンの名で太陽円盤を戴く鷹 前14世紀

図7. 右はツタンカーメンの名でスカラベのケプリが表現された太陽円盤を頭に戴くホルス、そして左は人頭ならぬ頭のライオン、つまりホルエムアケト (地平線におけるホルス) です。ギザの大ミラミッドの近くにある大スフィンクスは新王国時代にはそのように呼ばれていた記録がある。スフィンクスという言葉自体はギリシア語から来た「彫像」というほどの意味らしい。この様にラーと習合されたホルスは日輪、そして獅子とも関係づけられていたことが図像を通じて分かる。次は極め付きのブロンズ彫刻ですが、水蓮から生まれるホルスが表現されている。

 

エジプトの太陽神、原初の湖ヌン、ロータス神ネフェルテム

図8.ロータスに坐る子供のホルス 前664‐前332の間  
ブロンズ 青のエナメル象眼    ウォルターズ美術館

その花から生まれる子供のホルスは、ハルポクラテスの名で知られています (図8)。指をくわえる姿はヒエログリフで子どもをそのように表すからです。後にギリシア化されて沈黙の神となったけれど、これは誤解から生じた。ともあれ、イシスが幼いホルスを育てた沼を象徴する神話的な睡蓮の上に太陽神と習合したホルスを置いている。ホルスの右目は太陽、左目は月を表しています。ヴィシュヌと同じですね。そして、睡蓮であるロータスをエジプト人たちは、次のように考えていた。

ホルスと沼の関連とは別に太陽神と睡蓮 (ロータス) と湖との関連を示す神話が残っています。赤い睡蓮は、「世のはじめから存在していた」といいます。それは、原初の水であるヌン、あるいは光から現れた。それ故、混沌の暗闇と聖なる光、それぞれに密接に関わっている。夕暮れに花を閉じて水の中に潜ってしまい、夜明けには東を向いて水上に現れ、光を浴びて花開く。それは、夜が終わって明ける太陽のシンボルとなり、「太陽神は原初の湖から睡蓮の花に乗って現れる」と信じられていたのです。比較的大きな神殿には、この「聖なる湖」が人工的に造られている(マンフレート・ルルカ―『エジプト神話シンボル辞典』)。蓮がエジプトにもたらされたのは、前700年~前300年ころのようです。それ以前のロータスは、全て睡蓮ということになる。

ちなみに、ライオンの頭を持ち、ラーの片眼から生まれた戦争女神セメクトの息子が睡蓮の神ネフェルテムで、ピラミッド・テキストにおいて「ラーの鼻先にいる睡蓮の花」と呼ばれ、ホルスと結ばれて一つの存在となります。ネフェルテムは、天界のライオンの頭を持つか、ライオンの上に立つ姿で表されることも多いと言います。

ホルス、ラー、ネフェルテムを巡る神話は、見事な象徴連鎖を創り上げている。こうして、エジプトでは「日輪・獅子・睡蓮・湖」が、しっかりと結びつくというわけです。エジプトからインドに到る「ロータスと太陽神~釈迦」という流れを概観いたしました。

このように見てくるとプシルスキ―説は大まかには頷けるものとなります。イメージの構造的な事柄からは、そういえるかもしれない。次は、いよいよ蓮華と法華経の関係ですね。

 

法華経の世界


 

松山俊太郎『蓮と法華経』

法華経の真の経題

法華経に関する疑問が幾つか松山さんにはあった。まず、原題『サッダルブンダリーカ』は直訳すると「正法白蓮華」になる。しかし、法華経に経題以外のブンダリーカはたったの一回しか、それもどうでもいいような登場の仕方しかしてない。それに、阿那婆達多 (あなばだった/アナヴァタプタ) 龍王の名には言及があるが無熱悩池には触れられていない。多宝如来に対応するはずの蓮華上仏についても触れられていない。

こうなると、「正法白蓮華経」と経題をわざわざつけたのは何故だろうかということになる。「妙法蓮華経」と羅什が訳したのは白蓮華が軽く見られているからではないか。白蓮華にもっと別な意味があったのではないかと考えられるのです。

一方で、法華経には詩の部分と散文の部分があって、この詩偈の方が古いと後に松山さんは考えるようになる。古い詩には手が付けられずにそのまま掲載された。松山さんの考えでは、詩偈での経題は「アグラ・ダルマ/最高の法」だと言う。アグラ・ダルマは「アグラ・ボディ/最高の悟り」を保証するものとなっている。この二つの言葉が重要になる。散文では『サッダルブンダリーカ』が全て経題として使われていると言います

 

釈尊と白蓮華 多宝塔如来と紅蓮華

コトは稲荷日宣氏から妙法蓮華は釈尊ではないかという話を聞いたことから始まるが、仏経学者の赤沼智善、西尾京雄両氏、そして本田義英氏らにも稲荷氏と同じような主張があることが後に分かる。この時、松山さんはピンときた〈釈尊=白蓮華~太陽神ヴィシュヌ、〈多宝如来=紅蓮~蓮女神の男性化〉の構図が浮かんだのです。

多宝如来と釈尊 榆林洞窟 中国 年代未詳

前回のヴイシュヌ神と蓮華の関係、今回解説したエジプト神話からアショーカ王の獅子柱頭の流れを考えると〈釈尊=白蓮華~太陽神≒ヴィシュヌ〉の関係は肯首しやすい。インドでは白蓮華=太陽とされている。問題は多宝如来と紅蓮華の繋がりでしょう。第11章の「見宝塔品(けんほうとうほん)」以降になると法華経にも、かなり思い切って新たな要素が取り入れられます。

多宝如来は、その「見宝塔品(けんほうとうほん)」に登場する如来で、高さ五百由旬、 底辺の縦横二百五十由旬の大きさの宝玉で飾られた七宝の搭が地面から湧き上がって、空中に浮かぶというスペクタクルな登場をする塔の中にいる。阿僧祇劫 (計りえない) の遠隔である宝浄の地にいた。かつて、その如来は、法華経が説かれた時には宝塔を出現させ「善哉/よきかな、善哉/よきかな」と讃えようと誓願をたてたとされている。

この地面から湧出する力に、松山さんは女性性、大地のコントロールされない力を見ている。あのヴィシュヌの対偶神にされる以前の大地母女神としてのラクシュミーですね。多宝如来の原名は「プラブータ・ラトナ」で「夥しい宝 (蓮の実) を持ったもの」でした。つまり、出現した宝なのです。赤い蓮が「大地の力」なら、白い蓮は「天的な力」だという分けです。

太陽はメソポタミア以来の法輪でインドでは白蓮華となり、エジプトでは睡蓮だったものが、ちょっと系統は違うけれどメソポタミアの生命の木となり、インドの赤い蓮華となったと松山さんは言うんですね (『FUKUJIN No.15』)。

 

授記文学としての法華経

法華経の後半 (本門) の最初である第14章「従地涌出品(じゅうじゆじゅつほん)」では、娑婆世界には法華経を弘めてくれる無数の菩薩たちがいるという釈迦の言葉と同時に、大地に無数の割れ目が生じ、上行菩薩ら多数の菩薩たちが現れる。無量の寿命を持つ久遠本仏としての釈迦に教化された本化の菩薩達でした。水に付着されることのない蓮華に例えられている。梵文では、この蓮は白蓮ではなく紅蓮華/パドマなのです。パドマは釈尊に教化されるべき人々でもある。

雑誌『FUKUJIN No.15』の特集「松山俊太郎 世界文学としての法華経」は松山さんの晩年に組まれた対談で、その頃の松山さんの法華経にたいする考えがよく分かる。その中で、華経二十八品のうち 第2章 方便品(ほうべんぼん)から第7章 化城喩品(けじょうゆほん)までは、ほぼ一貫していると松山さんは言う。法華経の構造上では始めの方がしっかりしている。そこでは経題をアクラ・ダルマとされていると考えた方がいい。こう考えるとアグラ・ダルマという題名であった頃の法華経は、お弟子に「お前は将来如来になるんだぞ」と言って如来のデータを沢山授けると言う「授記文学」となっていると言います。

『FUKUJIN 特集 松山俊太郎 世界文学としての法華経』 表紙は松山さんを装う南伸坊   2011年刊

だから、声聞で如来になれない舎利弗は華光如来になれる。その後、沢山の如来が現れる。それには、ちゃんとその根拠が示されなくちゃならない。それが大地から湧出する紅蓮華/パドマとしての力を示す多宝如来、ひいては「見宝塔品」だったという分けです。

その白蓮=太陽と多宝如来=紅蓮華との関係には裏のシンボリズムがあった。それが、ラクシュミー=蓮華とヴィシュヌ=太陽なのですね。そのことが秘められていることによって、この説は、インド文化圏の大衆に受け入れやすいものになったという分けです。これは編集の裏技というやつでしょうか。それに、インドは古い考えを保存しなから新しいものを付けくわえるという特性がある。新しいものの下には重層的に古いものがあるという分けです。

誰でも如来になれるというテーゼは、法華経の第12章提婆達多品(だいばだったほん)」に語られる「龍女成仏」において強打される。人間でもなくても女性でも覚れるという法華経の速やかな功徳が闡明にされるのです。八大龍王の中でも阿那婆達多 (アナバダッタ) 龍王ではなく、龍宮の娑伽羅 (サーガラ) 龍王、その娘が主人公となっている。これは、「見宝塔品(けんほうとうほん)」で、宝搭が霊鷲山の上方に浮かび上がったのだけれど、釈迦が説法しているヒマラヤの南東にあたる霊鷲山よりも無熱悩池が北にあり、それより高い所にある設定になってしまう。無熱悩池を登場させるのは迫力が削がれるのでしょうね。それで、娑伽羅龍王の八歳の娘を設定したと松山さんは考えた。釈迦が説法している霊鷲山は、世界の中心でなければならないからです。

 

仏教における法華経の位置

法華経で強調される「善巧方便」という言葉は北伝では初期の般若心経まで遡る。しかし、般若心経には「善巧方便」の説明がほとんどなく、あっても菩薩の「善巧方便」となっている。これに対して、法華経では如来の「善巧方便」となっていて、如来と菩薩の差はじつは巨大だという。そして松山さんは言う。般若心経では如来などいらないと言う立場に近い。法身仏のように原理化すると実際上の歴史的な如来は不要になる。一方で浄土経では、ひたすら如来に頼ればいいと言うことになっている。前者は全部自力で後者は全部他力となっている。

法華経は、その中間で如来・仏陀は皆な最高の覚りまで、如来になれるまで導くという目的でこの世界に現れた。だから誰でも如来になれる可能性があるという分けです。しかし、衆生の側にもある心構えが必要だと言う。それが「信解」、つまり、「こころざし」です。それは、ただ法華経を信じるのではなく理性を持って理解するということなのです。

そして、驚くべきことですが、法華経は大乗ではないと松山さんは言う。大乗 (マハーヤーナ) は般若経が作り出した概念であって、法華経は般若経を認めてはいる。一方で、その後に小乗 (ヒーナヤーナ) という言葉を作り出したのは法華経である。しかし、マハーヤーナに対応する言葉はクシュドラヤーナ (小さな乗り物) であってヒーナヤーナ (劣った乗り物) ではない。ヒーナヤーナに対応するのはウダーラヤーナ (卓越した乗り物) であるけれど、法華経のなかではブッダヤーナ (仏乗) などの言葉の方が重要だったと言います。法華経とは、仏乗の最高の法という分けですが、それを羅什は他の経との関係で、かなりマイルドに訳した。

「世界分学としての法華経」

事実を叙述するという能力では中国が一等勝っているけれど、架空のことを想像すると言う意味ではかなり劣っている。法華経はあり得ないことと当時のインドでは必要とされたことを厳密につなぎ合わせている。時代の古さと中身の濃さ、その天才性 (それも二人以上の) とでもっと文学として注目されていいと松山さんは力説する。それに羅什の漢訳は、梵語のものよりも格調が高くなっている。そのようなものは、世界文学になっていいという分けです。

松山さんは、法華経を信者さんでもなく、学者さんでもない、普通の人でも読める、法華経の存在さえ知らない人でも読める『法華経』というものが出来てほしいと考えていた。それが日本人親しめるようになるまで100年、それが世界に広がるまで、また100年かかるでしょうとおっしゃる。法華経=世界文学。おおっ!  それは耳で聞けば分かる法華経でなければなりません。松山さん亡き後、そのように分かりにくい所を誰にでもわかる法華経に書ける人は誰なんでしょうね ?

 

大きな蓮華の蕾


『松山俊太郎 蓮の宇宙』安藤礼二 編

このような経緯で『法華経』の真のタイトル「正法白蓮華」から白蓮華とは釈迦だ、そして宝塔如来は紅蓮華だという仮説を松山さんは説いてきた。しかし、これは、多宝如来と紅蓮華、そして、『Agra-dharma/最高の法』と法華経の直接の関係を示す新しい証拠でも発見されない限り証明することは難しい仮説だったのかもしれない。逆に否定できるような反証の可能性もなかった。

それは、松山さん自身が良く分かっていた。だから、終生、この仮説を含めた体系を打ち立てようとはされなかったのかもしれない。少なくとも、その理由の一つにはなっていたのかもしれませんね。しかし、彼の人生観からすると、ただ、面倒だったという可能性もなくはない。

松山さんは『綺想礼賛』の中で、宮澤賢治について書いた文章である「宮澤賢治と阿那婆達多池 覚書の中で奇しくもこのように述べている。それは私たちの松山さんへの思いでもある。「〈新・法華法門〉の創造への、賢治の精進の跡をたどるにつけ、『ひらかぬままにさえぎり芳り/つひにひらかず水にこぼれる/巨きな花の蕾がある‥‥‥』ことを、惜しまずにはいられない。」

 

 

付 フィラエのイシス神殿の柱頭

フィラエのイシス神殿の柱頭 列柱廊の柱頭は百花繚乱を呈する。
左図 蓮華のような花弁の上に四つの神頭がある。 右図 大きな花弁に小さなロータスが彫られている。

イシスがホルスを生んだとされる地であるアスワンフィラエにはイシス神殿がある。現在の建物はプトレマイオス朝時代 (前4世紀-前1世紀) に建てられ、ローマ時代にかけて増築されたもので比較的新しい。神殿の列柱廊には様々な柱頭が見られ、あたかも柱頭の博物館を呈している。そこには蓮華を意匠した柱頭もある。ペルセポリスの柱頭より後のもので、アショーカ王柱頭より新しいものも多いと思われるが比較すると興味深い。

下図のエジプトの柱は、左から、ホルスの家という意味のハトル神を表す柱で、ハトルはイシス以前にはホルスの母とされ、太陽を生んだ天空の雌牛と考えられていた。二番目はヤシの葉を象った円柱でペルセポリスの円柱に近いものがある。三番目がロータス模様の柱頭となっている。(『エジプト神話シンボル辞典』)

エジプトの円柱
1 ハトルの円柱 2 ヤシの葉型円柱 3 ロータス文様の円柱 4 パピルス文様の円柱 5 複合円柱

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妙法蓮華経二十八品一覧

前半14品(迹門)
第1:序品(じょほん)
第2:方便品(ほうべんぼん)
第3:譬喩品(ひゆほん)
第4:信解品(しんげほん)
第5:薬草喩品(やくそうゆほん)
第6:授記品(じゅきほん)
第7:化城喩品(けじょうゆほん)
第8:五百弟子受記品(ごひゃくでしじゅきほん)
第9:授学無学人記品(じゅがくむがくにんきほん)
第10:法師品(ほっしほん)
第11:見宝塔品(けんほうとうほん)
第12:提婆達多品(だいばだったほん)
第13:勧持品(かんじほん)
第14:安楽行品(あんらくぎょうほん)

後半14品(本門)
第15:従地湧出品(じゅうじゆじゅつほん)
第16:如来寿量品(にょらいじゅうりょうほん)
第17:分別功徳品(ふんべつくどくほん)
第18:随喜功徳品(ずいきくどくほん)
第19:法師功徳品(ほっしくどくほん)
第20:常不軽菩薩品(じょうふきょうぼさつほん)
第21:如来神力品(にょらいじんりきほん)
第22:嘱累品(ぞくるいほん)
第23:薬王菩薩本事品(やくおうぼさつほんじほん)
第24:妙音菩薩品(みょうおんぼさつほん)
第25:観世音菩薩普門品(かんぜおんぼさつふもんぼん)(観音経)[注 7]
第26:陀羅尼品(だらにほん)
第27:妙荘厳王本事品(みょうしょうごんのうほんじほん)
第28:普賢菩薩勧発品(ふげんぼさつかんぼつほん)
その他の追加部分
第29:廣量天地品(こうりょうてんちぼん)[7]
第30:馬明菩薩品(めみょうぼさつぼん)[8]

 

 

参考図書 及び 引用文献

 

マンフレート・ルルカ―       
『エジプト神話シンボル辞典』

Th.H.ガスター『世界最古の物語』2017年刊

ジョン・ブルックス『楽園のデザイン』
イスラムの庭園文化

アヴェスタ ゾロアスター教の聖典