キム・ヘスン/金 惠順 『死の自叙伝』 詩は死を葬送する

 

キム・ヘスン/金 惠順(1955- ) フランクフルト 2019

魂があるなら、その前髪をつかまれて暗い淵を引きずり回される。あなたの孤独など屑籠に投げ入れるほどの価値もないのよと肩を叩かれる。そんな、インパクトのある詩人が韓国にいる。

「君は、そんな暗い詩が好きなのかね……?」と問われれば、胸を張って言いましょう。その通りです。この詩は素晴らしいです。」

こんな文学に出会えるのは嬉しい。彼女は書く。「まだ死んでいないなんて恥ずかしくないのかと、毎年毎月、墓地や市場から声が湧きあがる国、無念な死がこれほど多い国で書く詩は、先に死んだ人たちの声になるしかないではないか (本書あとがき)」と。そして、彼女は、詩の中でこのように書く。あなたの心臓は川岸の小石のように、川岸の砂のように死ぬ、あなたの呼吸は細い月のように止まる。そして、あなたの背後であなたになれなかった日々が泣き叫びながら波打つと。

彼女の無念や残念が、何時から生まれ、何処へ去来するのか、寡聞の僕には分からない。しかし、いくつかのヒントはある。その一つは、光州事件だった。軍事政権を率いた全斗煥は、民主化運動のリーダーだった金大中を逮捕し、戒厳令を布告した。1980年5月18日、それに抗議するデモ隊と軍との衝突によって死者を出したことから、市民の抵抗運動は全羅南道一帯に広がり、5月27日には抵抗する市民への射殺命令が下され、ついに鎮圧された。彼女が25歳の頃だ。死者は200名とも2000名とも未だに分からない。この犠牲者の追悼のために作曲家のユン・イサンが、交響詩『光州よ、永遠に』を作曲したことでも知られる事件だった。彼女は、そのことも詩に書く。「布団の中には緑色の服で銃剣を持った兵士の行列/陰部の中には血走った瞳がいくつもころがり‥‥あんなに殴ったのに/あんなに突き刺したのに   あの人たちが泣いている‥‥(吉川 凪 訳)」

 

原州にある雉岳山 (チアクサン)山頂 ソウルからも日帰りできる紅葉の名所

キム・ヘスン/金 惠順は、1955年、韓国の慶尚北道は蔚珍 (ウルチン) で生まれた。訳者の吉川凪 (よしかわ なぎ) さんの訳者解説からご紹介する。古くから韓紙の生産で知られる江原道原州 (カンウォンドウ ウォンジュ) で少女時代を過ごしたが、十代で病を得て療養のために海に近い母の実家に移った。祖父が、その街で書店を経営していたことが彼女の人生を決めた。ヘスン少女は、そこで日がな本を愛でる少女となったのである。詩に目覚めたが、誰の詩だったのだろう。ソウルの建国大学・国文科に入学する。三年生の時、東亜日報新春文芸に評論が当選し、志を強くしたようだ。

卒業後の1979年には季刊誌『文学知性』に詩が掲載され、詩人として早いデヴュ―を果たしている。出版社で働きながら大学院に通い、モダニスト、民主詩人として知られる金洙暎 (キム・スヨン) の研究で博士号を取得した。苦学したのだ。最初の詩集『また別の星で』、その後カレンダー工場の工場長さん、見て下さい』、『悲しみ歯磨き 鏡クリーム』、『花咲け ! 豚』、『翼の幻想痛』など十三冊の詩集を出版している。金洙暎文学賞、素月文学賞、未堂文学賞、大山文学賞など韓国で詩人に与えられるほとんどの賞は受賞しているという。そして、2019年には著名なカナダのグリフィン詩賞、2021年にスウェーデンの文学賞Cikada Prizeを受賞していて国際的な評価を得ていることが分かる。現在は、ソウル芸術大学文創作科の教授であられる。

 

キム・ヘスン/金 惠順 『死の自叙伝』

彼女のことを知ったのは、詩人の四元康祐 (よつもと やすひろ) さんがFacebook上で、Poetry Talks Live「韓国現代詩を読む」としてご紹介してくださったのを拝聴させていただいたのが契機です。とてもありがたい人だ。〈ひかりのうまというカフェ・バーでのライブだったが、本書の訳者である吉川凪さんとの対談で紹介された韓国の詩人の一人だった。

このキム・ヘスンさんの詩集は、死者の霊を弔う四十九日に見立てて詩集を構成したものだ。著者はこの四十九篇を一篇の詩として読んでほしいと願っている。四十九日は、現代の韓国でもその期日を待って忌開きとする家庭も多いと言う。儒教での喪はもっと長い。この最初の詩は、彼女が地下鉄の駅で気を失ったときの体験がその底にあるようだ。本人はこう書いている。

「私は死ぬ前に死にたかった。目覚めていても身体が死の世界を漂うのが感じられた。電車でめまいを起してホームで倒れたことがある。その時、ふと浮かび上がって自分自身を見下ろした。あの女は誰だ。哀れな女。孤独な女。その経験があってから、死の次に訪れる時間をおろおろと記した (吉川 凪 訳)。」その詩、第一日目の『出勤』を抜粋でご紹介する。

 

出勤
一日目

地下鉄の中で あなたは目を見開き一度眼球を動かした それが永遠だ

ぎらり の永遠の拡張

ドアの外に押し出されたようだ あなたは死ぬらしい

死にながら考える 死にながら聞く

おや この女 どうしたんだ?  通りすぎる 人々
あなたは倒れたゴミ ゴミは見ないふりをするものだ

地下鉄が出てゆくと老いた男が近づく
男はあなたのズボンの中に黒い爪をスッと入れる

‥‥

死は外から内に襲いかかるもの 内の宇宙のほうが広い
深い しばらくするとあなたは内から浮かび出す

彼女があちらに横たわっている 捨てられたズボンのように
あなたが左脚を入れればあなたの右脚が遠く走り去るズボン 縫い目もない服
ファスナーもない服が転がっている 出勤途中の地下道の隅に
哀れだ 一時はあの女を 骨が骨髄を抱くように抱きしめたのに
ブラジャーが胸を抱くように抱いたのに

‥‥

あなたはあなたから逃げ出す 影を離れた鳥のように
あなたはもうあの女と暮らす不幸に耐えないことにする

あなたはもうあの女へのノスタルジーなどなくなれと叫んでみる
それでもあなたはあの女の生前の眼光を一度ぎらりと放ち
職場目指して歩き出す 身体なしに

遅刻しないで着けるだろうか 生きないはずの人生に向かって歩く

(吉川 凪 訳)

 

ぎらりと眼光が走る永遠の時、それは反転されて死の時に裏返る。死は外から襲いかかり、内の宇宙から自身がゆらりと抜け出た。今度は外から、男のような目で、この哀れで孤独な女を別人のように、ゴミのように眺める。皮膚に包まれた肉体、縫い目もファスナーもない服を着た死体、今ではコロナウィルスの犠牲者を思い出させるが、過去にSARSなどが韓国でも話題になったこともあったろう。幽体離脱なら普通の人には大した体験だろうが、彼女は、そんなことに構ってはいられない。遅刻しないだろうかと心配になる。そこに現代人の悲哀が影を落とすというわけだ。そう、生きないはずの人生に向かって急ぐ。彼女の詩には、なにか、エミリー・ディキンスンの詩が木霊してくるような気がする。

 

『エミリー・ディキンスン詩集』新倉俊一(にいくら としかず)訳編

ディキンスンは、30歳を過ぎると隠棲して眼の治療以外に「屋敷」を出ることはなかった深窓の令嬢、生きながら伝説と化したアメリカの女性詩人であった。

生の一撃は死の一撃
死ぬまで目覚めなかった者には――
生きたとしてもずっと死んでいて
死んではじめて生が始まるものには――

(エミリー・ディキンスン 816番 新倉俊一 訳)

 

軽やかな気球は 大地からの
解放以外に 何も求めはしない
そのために存在した上昇
その舞い上がる旅――
そのように 霊は自分を
永い間縛っていた肉体を
憤慨しながら 見下ろす
丁度 歌をだましとられた
小鳥のように――

(エミリー・ディキンスン 1630番 古川隆夫 訳)

 

彼女はこの世に帰ってきた
しかしあの世の色彩をおびて―
ちょうど芝生がスミレを娶るような
いと複雑な物腰で―

夫というより むしろ天国に
嫁いでいった花嫁は
おずおずと 半ば地中の
半ば地上の暮しをするのだった

(エミリー・ディキンスン 830番 新倉俊一 訳)

 

キム・ヘスンさんにとってもう一つの重大な事件は、セウォル号の沈没だった。2014年、仁川 (インチョン) から出港した船は彼女が教える大学がある安山 (アンサン) 市の高校生325人と教員14名も乗せて済州 (チェジュ) 島に向かっていた。修学旅行だった。しかし、朝鮮半島の南西部の端にある観梅(クァンメ)沖で船は沈没する。乗客、乗員合わせて476人のうち死者は、その半数を超えた。事故原因は、船の無理な改造、積荷の超過とそれに伴うバラスト水の抜き取りにあった。バラスト水は船のバランスをとるため船内に積み込まれる海水である。これに加えて、乗員の操作ミスと適切な避難誘導が行われないという人的ミス、海洋警察庁の杜撰な対応が重なり韓国史上最大の海難事故となる。

この事故では、修学旅行生らが船の沈んでいく様子を携帯電話で訴えた。それは沈没の恐怖を生中継されている感があったと言う。この事件があって一年程は韓国の詩人、小説家は皆文章を書くことができなかったと訳者の吉川さんは述べている。2015年に谷川俊太郎さんと四元さんが、日・中・韓の詩人に呼び掛けて連詩を創作した時、彼女は、そのさなかにいた。それも、連詩のテーマは「海」だったという。

‥‥
千日目もあの島に着けない
あなたはまだあの島に到着できない
もうすぐ下船だと思った瞬間
あなたはまた真夜中 小さなキャリーバックを引いて旅客船に乗る
‥‥

(『あの島に行きたい 二十日目』より 吉川凪 訳)

 

連詩における彼女の詩は、セウォル号事件の高校生たちに関するものを思い起こさせるものばかりで、どんなに他の情景に振られても彼女は、そのテーマから抜け出せなかった。ようやく最後に聾唖学校の生徒たちをテーマに何か光のようなものを見せて四元さんを安心させたと言う。本書にも『水に寄りかかります 四日目』、『あの島に行きたい 二十日目』というタイトルで、この事件に関連すると思える詩が掲載されている。ちなみに、彼女はグリフィン詩賞の受賞講演に際して「国家の助けを得られずに死んでいった多くの哀れな霊魂にこの栄光を捧げる」と述べたと言う。彼女の書く死は、私の死や特定の個人の死もないわけではないけれど、訳者の吉川さんの言葉を借りれば、多くは「ある集合体の死」なのである。

彼女の詩のもう一つの特徴は穴だ。白いウサギは血を流して赤いウサギに変る。しばらくすると赤いウサギは腐って黒いウサギになる。大きな雲のようにもアリのようにも自在な大きさになれる死んだウサギ。その小さくなったアリウサギを耳の穴に入れてみる。耳鳴りがして耳は死んでゆくと、ウサギは血の付いた生理用品に生まれ変わり、その死んだウサギの耳のように匂う泣き声を毎月壁に掛ける。これが『カレンダー 二日目』という詩の概略である。

それに、彼女には『ア・エ・イ・オ・という詩について述べた身体の穴に関するコメントがある。母音は身体中の穴と結びついていて、特に女性の身体と死の身体は限りなく変性し生成しながら他の身体と交流し入り混じると言う。身体が名前を失い、公民権を剥奪され、追放された時に、死の言語、女性の言語か生まれると言うのだ。ア・エ・イ・オ・ウは「川原繁人『「あ」は「い」より大きい!? 』音象徴とコトの葉」で述べておいたけれど、五つの母音の順番が、それを発音した時に口蓋の中にできる空間の大きさの順になっている。身体の穴に関する言葉は、この詩集でも散見される。

「黒い喉に清らかな足の爪にも似た何かが」「男の眉毛の下で震えていた汚いブラックホール」「陰部の中には血走った瞳」「母の鼓膜を食べようと待っている」「あなたの鼻孔に下りれば 腐った墓」「舌が口の中で溶ける女が」、このほか、頭蓋骨の中の幽霊、ビーカー脳といった表現もある。身体、特に裸体と残酷の関係を闡明にしたのは僕の大好きな美術史家ディディ=ユベルマンだった。そのことはアフロディテの系譜」エロスとタナトスの間で少しだけ触れておいたけれど、ここでもう一度、振り返ってみよう。

ジョルジュ・ディディ=ユベルマン
『ヴィーナスを開く』夢・裸体・残酷

ヴィーナスの裸体画のイメージがキリスト教化された時、そのイメージは貞潔に塗り替えられる。しかし、ヴァールブルクは、ボッティチェリの描くヴィーナスに「密やかな誘いかけ」と「近寄りがたさ」という二重性を見ていた。その晴れやかな裸体も外部は直接的に内部の形態から生じていることは明らかだろう。ディディ=ユベルマンは、『ヴィーナスを開く』で、ディドロの絵画論の一説を引く。

「生命体の外部とは、不断に変化する内部の出現でないとしたら、一体何だというのか。この外観、この皮は、内部の、多様で、複雑で、繊細な構造とぴったり合致しているわけで、それ自体が内部をともなっているのだ。というのも、内部と外部のふたつの規定は、完全な静止のうちにあっても、激しく運動していても、常に直接のかかわりを持っているからだ (宮下志朗・森元庸介 訳)。」内部は外部に反転する。

そして、「近寄りがたさ」はフロイトが指摘する「裸体に触れることのタブー」に繋がる。強迫神経症は、エロティックな接触を追求しながら退行を経て、攻撃という形の偽装の接触を追求する。そこには、魅力と欲望が作動する「気まずさ」「人を惑わす連想」が存在するという。無意識的な欲動は脳の深部に由来するものだ。イメージとは何よりも作動し続ける張力であり、「不純なる」状況であり、稼働中のプロセスなのだとディディ=ユベルマン言う。キム・ヘスンさんの穴は、外部にある内部であり、それはまさしく稼働するイメージなのである。

サンドロ・ボッティチェリナスタージョ・デリ・オネスティの物語』第二話 部分 1483年

その裸体に、バタイユの言うような純潔に対極する不純といった異質性や端的にエロスに対するタナトスを見るのは、まだ早い。ディディ=ユベルマンは、ボッティチェリが描いた『ナスタージョ・デリ・オネスティの物語』に登場する、ある場面を紹介する。しかし、なんだがロレンツォ・デ・メディチの死後、彼の作品はとっても冴えない。

それは騎士に追いかけられ、背中を割られた裸女の絵であった。ボッカチョの『デカメロン』五日目第八話のエピソードで、地獄での罰によって恋の闇路に惑う騎士が自分を顧みない冷淡な女を殺戮することを永遠に繰り返す「地獄狩り」の話である。ボッティチェリのこの絵はヴィーナスに象徴される女性の裸体を切り開き、心臓をあばいてみせるといったもので、永遠の業罰もここまでくると凄い。この穴は身体にまつわる欲動が残酷へと反転する象徴と言えるのではないか。エロティシズムが裸体そのものに宿る残酷さを開く。ヴィーナスを開くのである。身体そのものに残酷さが宿っている。それは、バタイユが『エロティシズム』の中で述べたように「己を引き裂き、消失させる、存在の過剰 」へと結びつくからである。

キム・ヘスンさんの詩について四元さんは、彼女のひとつひとつの言葉は難解ではないし、具体的で、明示的で、曖昧さが一つもないと言う。その言葉から表象されるイメージの変性は、強い生理的なファンタスムを作動させる。それは、イメージの物質性とも呼ぶべきものではないだろうか。イメージの衝突や夢の中の変容というより、イメージの異質性を照らし出す張力である。「この女性詩人の視点は教わったものではない、ナマのものです」などという男性評論家の言葉など彼女は一蹴する。女性詩人が、ナマの声を持っているなどとはお気楽な指摘だというのである。それは発声方法の違いであり、そのような視点を得るための不断の努力の結果だと言うのである。

 

さて、彼女の詩に戻ろう。詩集も大詰めを迎える四十六日目である。彼女はここで、奇想天外な仕掛けを見せてくれる。この『窒息 四十六日目』の詩は、接続詞の次に「息」という言葉が接続される18行もの羅列になっている。息が詰まりそうだ。しかし、彼女はその最後に、この上ない皮肉を死に浴びせかける。詩が死を葬送するのである。詩人はこう述べている。「現実の死が、詩の中の死によって打撃を受けることを願った最後の三行をご紹介する。

 

死は息をして あなたは夢を見たけれど

もう死から人工呼吸器をはずす時間
もう夢を壊す金槌が必要な時間

(『窒息 四十六日目』より 吉川凪 訳)

 

「死はこの世でたった一つの嘘」、「あなたがむずかる幼い死たちに乳をくわえさせる」など鮮烈なイメージを撒き散らしながら彼女は書く。そして、ついに「あとがき」の最後のほうにこう書いた。「もう死を記したから、再び死など書きたくない」とだけど、僕はもっと彼女に死のことを書いて欲しいと思っている。何故なら、沢山の災害やパンデミックで、多くの人が死に、多くの人が悲しみに沈む。その痛みを共有しうるのは、その悲しみに深く打ちひしがれた者の持つ感情だと思っているからである。死を扱わない文化、不死だけを言祝ぐ文化は浅い。

 

リズムの顔

死んだほうがましだと思っても
突然苦痛が終わると心細いのです
死んだほうがましだと思っても
突然苦痛が終わると苦痛が思い出せないのです
死んだほうがましだと思っても
突然苦痛が終わると死にたくなります

死もこれより深く私の中に入ることはできないから

 

(キム・ヘスン/金 惠順 詩集『翼の幻想痛』より 「リズムの顔」から第一連  吉川凪 訳)

 

 

本書は、韓国の現代文学を紹介するために立ち上げられたクオン/CUONから出版されている。東京の神保町にある出版社で、書店もあるらしいので近くの方は覗いてご覧になると良いと思う。それから、日本語訳をなさった吉川凪さんの手腕も素晴らしい。韓国文学には全く無知な僕だけれど、このような著作が日本で出版されたことを喜ぶほかない。

 

参考文献

 

『韓国三人詩選』金洙暎 (キム・スヨン)、金春洙 (キム・チュンス)、高銀 (コ・ウン)

古川隆夫『ディキンスンの詩法の研究』