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カール・グスタフ・ユング『空飛ぶ円盤』付 ビリー・マイヤーと松澤宥

 

満月は夜 高き山にあがり
ただ一つの頭脳を持つ
新しい知恵ある人がそこに見られ
不死なるものとなることを弟子にしめし
彼の目は南に 手と足は火に
(ミシェル・ノストラダムス『預言集 (諸世紀)』第四章31 大乗和子訳)

カール・グスタフ・ユング『空飛ぶ円盤』

フランスで活躍したノストラダムス(1503-1566)、その名は預言者として夙に名高い。その著名な『預言集』の中で彼は、新たな叡智 (sophe) を持つ人が現れると書き残した。それは煌々と輝く満月の夜、山の頂に現れる。しかし、ただ一つの頭脳を持つとは、わざわざその詩に書き留めなければならない重要なことだったのだろうか。

「われわれが何らかの秘密を持ち、不可能な何ものかに対する予感を持つことは大切なことだ。それは、われわれの生活を、何か非個人的な、ヌミノース (非合理的な宗教的体験) によって満たしてくれる。‥‥この世界には期待されないことや、信じ難いことが存在している。それでこそ、生が全体性をもつ。私にとっては、世界は最初から無限に広く、把握し難いものであった。(カール・グスタフ・ユング/『空飛ぶ円盤』訳者あとがきより 松代洋一訳)」

カール・グスタフ・ユングは1958年に刊行された『現代の神話―空中に見られる物体について―(邦題は空飛ぶ円盤)』の中で、偶々このエッセイを書いている最中にUFOに関する二つの記事を見たという。一つは、大西洋上を44名の乗客を乗せてプエルトリコに向かう旅客機のパイロットが、緑がかった白色光を放つ火のような円い物体を目撃したというものだった。超スピードに向かってくる。それにぶつかりそうになったため、反射的に機首を上げた。そのため乗客が何人も機内に投げ出されて入院するほどのケガをしたというもので、同じ航路にいた他の7機もの飛行機がこの物体を目撃したという。もう一つは、「空飛ぶ円盤は存在しない」というアメリカ航空委員会の委員長だったH.ドライデン博士の断固たる否定見解を紹介するもので、その不屈の懐疑精神には敬意を表さざるを得ないと書いている。非常識な風説がいかに人間を損なうかをきっぱりと言い切っているというのだ。

未確認飛行物体、つまりUFOを見たという人は多いのかもしれない。この間、諏訪で会った女性は、諏訪はよくUFOが出るんですよとさらりとおっしゃったので驚いた。僕は悲しいかな一度も見たことがない。その人は、ある時には自宅の上空にそれが見えたので家族をみんな起して、一緒にそれを見たというからかなりの時間上空に留まっていたのだろう。あっけにとられてどんな形だったですかと聞くのを忘れていた。その人は、世界的な芸術家である松澤宥(まつざわ ゆたか/1922-2009)さんの娘さんだった。これは偶然なのだろうか。

オルフェオ・アンジェルッチは『円盤の秘密』の中で、未確認飛行物体と呼ばれる飛行体との遭遇と地球外生命と交信した体験を書いているとユングは述べる。カルフォルニアに住むアンジェルッチは、最初にUFOを見た6年後の1952年5月、地平線上に赤く輝く楕円型の物体が脈打ちながら漂っているのを見た。加速され恐ろしいほどのスピードで遠ざかって行った後に緑の二つの光が現れ、そこから完璧な英語で話しかけられる。二つの光の間に男性と女性の超自然的な姿が現れた。かれらはこう語る。

「われわれは地上の住人をひとりひとり見ているのだ。人間の狭い見方で見ているのではない。おまえの星の住人は、何世紀も前から観察下におかれている。お前たちの世の中のあらゆる進歩を、われわれは記録している。‥‥理解と共感をもって、成長の苦しい道を歩むおまえたちの世界をわれわれは見ているのだ。‥‥」まるで、缶コーヒーの宣伝に登場する宇宙人ジョーンズばりの語りだった。アンジェルッチの著述か、それに類したものが下敷きになっているのか、よくは分からないけれど、演じるトミー・リー・ジョーンズが雰囲気があって大好きだ。

宇宙人ジョーンズ役のトミー・リー・ジョーンズ

その年の6月今度は宇宙船の中に入り、地球から1600キロ離れた宇宙旅行を体験する。それは、微光を発する霧状のシャボン玉のような形だったがみるみる鮮明な形となった。内部は、直径6メートルほどのカマボコ型で壁はエーテルか真珠層のような材質であったという。2.6メートルほどの円窓のようなものが開くと外に惑星が見えた。スターウォーズかスタートレックばりの宇宙船体験をして、彼は涙を流した。すると声がこのように語った。

「泣くがいい、オルフェオ‥‥‥われわれも地球とその子らのためにともに泣こう。見た目はいかに美しくとも、知性ある生物を育ててきた惑星の中にあって地球は煉獄だ。憎しみ、エゴイズム、残酷さが、黒い霧ながら地球から立ち上っている。」

このろくでもない素晴らしい世界というわけだが、外に見えた母船は両端から渦巻く炎を噴き出していて、見たり聞いたりするものは「テレパシー的な交信能力」によった。そして、霊的な未知の自己との再結合の可能性を彼らから教えられる。宇宙船から降ろされると左の胸に小さな硬貨ほどの、彼が「水素原子の象徴」と呼んだ丸い焦げ跡が残っていた。

翌年9月には一週間にわたる夢游状態に陥り、魂の巡礼ともいうべき内的な体験を味わった。このような異界巡礼の話は色々なヴァリエーションがあって、中国での洞天や壷中天の話とか日本の幽冥界での体験を平田篤胤が聞き書きした『仙境異聞』や『勝五郎再生記聞』などもある。だが、こちらは仙界の話だ。天上的な空間で、そこの女性に性的な欲望を抱いて周りの異星人たちを驚かせる。彼がこの人間的な反応を抑えられるようになると「天上の結婚」が執り行われる。この経緯は、ユングの語る錬金術における「化学の結婚」に相応するものだが、カール・グスタフ・ユング『アイオーン』part2 シンボルとしての魚と蛇に少し書いておいたのでそちらを読んでいただければよい。地球外生命体との接触とその教えを伝えようとしたことで知られる人にビリー・エドゥアルト・マイヤーがいる。

 

ユングから少し離れてマイヤーについてご紹介しよう。(ビリー)・エドゥアルト・アルベルト・マイヤーは1937年、スイスのチューリッヒ州のビューラッハに生まれた。父は靴職人で、7人兄弟の2番目の子供だった。5歳の時、自宅近くでUFOを父親と一緒に見た。それが最初だった。父親は、あれはヒットラーの秘密兵器だろうと語った。1942年から1953年までエラ惑星のスファートとコンタクトを行った。1944年に宇宙船とともに現れたスファートは90歳代の威厳ある老人の姿だったが、実際には1100歳だったという。それ以降はテレパシーによる交信が行われる。魂の訓育者と言えた。

1953年から1964年に亘りダル宇宙のアコン太陽系にいるアスケットとコンタクトを持った。それは私たちの宇宙と双子関係にある宇宙から遮断層を突破して来た。35歳くらいの美しい女性の姿だったという。生命とSEIN (存在) の基礎である「創造」について、あるいは平行宇宙や生命体固有の振動などを教えてくれた。そして、地球人類の発祥の地は環状星雲と呼ばれる所で、人類の祖先は、そこからこの地球にやって来たという。そこにいた本来の祖先は、もはやその星雲の太陽系に住んでおらず昴のプレアデス星団の中にいるという。それは彼らがプレヤール星と呼ぶプレアデスから約80光年向こう側の別次元宇宙にあった。

なんだか第一始祖民族が宇宙にバラまいた始原の生命の話しみたいだと言ったら若い方たちはアダムとリリスを思い出すかもしれない。1975年には宇宙船とともにプレアデスのセムヤーゼと遭遇する。同じく若い女性の姿でやや訛りがあるが完全なドイツ語で語った。あの地球人の遠い先祖の子孫だった。それ以降、彼女 (そう呼んで良いと思うのだが) を中心に他の宇宙人たちとのコンタクトが数多く行われているという。

ビリー E.A.マイヤー 『プレアデスとのコンタクト』   2001年刊
彼がビームシップと呼ぶUFOの鮮やかな写真が掲載され、地球外生命体とのコンタクトの様子が詳しく書かれている。UFOファンにはたまらないだろう。

コンタクトの相手が老人と女性の姿であったというのはかなり興味深いが、1976年、マイヤーは生まれ育ったビューラッハからチューリッヒの東にあるヒンターシュミットルッティに移り、FIGU・SSSCセンターを開設している。FIGUは「極限的知識、霊的知識、UFOのための自由利益共同体」、SSSCは「セムヤーゼ・シルバー・スター・センター」を意味している。セムヤーゼ・シリーズと呼ばれる交信記録が印刷物として公表されているし、テレパシーによる交信相手としてセムヤーゼの他、彼女の父プター、宇宙船艦長のクウェッツァル、テーラ太陽系のタリーダなどが挙げられている。

交信の内容については、『プレアデスとのコンタクト』 に詳しく書かれている。キリスト教関係の内容についてはかなり意外なものになっているし、地球の危機に関する重要な警鐘と思われるものがある。異常気象と地殻変動が挙げられ、気象変動が食料生産に重要な影響を及ぼし、巨大な地震と火山爆発への警告が発せられる。極氷の融解 (これについては西澤潤一・上野勛黄『人類は80年で滅亡する』温暖化の果てにあるもので述べておいた)、無政府主義的テロ活動、自殺や宗教的セクト的活動の増加などがある。一方で第三次世界大戦の兆しが指摘されてはいるが、まだ勃発していない。遠い将来の予言としてアンドロイドや半獣人間の反乱といった内容を含めた警告が発せられる。

僕は、このような報告をただの幻想やフィクションとして拒否する気持ちになれないし、全て受け入れることもできない。ただ、読んでいると宇宙関連のSF映画やアニメのストーリーの下敷きとしてトレースされているのが分かってきて面白い。重要だと思えることを一つだけ指摘しておきたい。それは、地球外からの叡智や情報を与えられるという状況設定なのである。常に高みから降りて来るという感覚を伴っている。そこでは国家の利害や政治的対立や宗教的な諍いといったしがらみを置き去りにできる。そして、地球外から地球を見るという視点が与えられるのである。まるで手のひらの上に地球を置いて転がしながら眺めまわすような感覚を貴いと思う。野心を持った征服者としてではなく、そのような視点を持っている人は稀だ。例えば、バックミンスター・フラーのような人、そしてアーティストなら松澤宥ではなかったろうか。

 

イラク戦争 2003年 首都バグダッドで銃撃戦を行うアメリカ軍兵士

ユングに戻ろう。UFO伝説という世界中いたるところで聞かれる風説が、たんなる偶然で何の意味もないということは考えられないとユングは言う。もし、それが彼のいう投影の結果としての幻視であっても、そのうわさには相応の広がりを持つ根拠に根差しているだろうというのである。自己の投影は、よほど精神的な発達を成し遂げた者でなければ見破ることが困難なものであるらしいが、UFOを幻視と決めつけてしまえる根拠もまた希薄なのである。ともあれ、それは広範囲にわたる情緒的基盤の上に成り立つものであるのは確かだろう。一般に意識の態度と無意識の内容との対立によって心理的分裂が起きる。意識は、この無意識的内容を知らず、出口の無い状態に直面して間接的に自己表出の道を模索し始める。ここでユングが紹介しているUFOに関するとみられる二つの記録をご紹介しよう。

1561年のニュールンベルクのことである。血のような赤や、青、黒といった色の無数の球や円盤が太陽の近くに現れた。あるものは三つが一列に並び、あちこちで四つが四角をつくり、それらの間で血の色をした十字架が現れたという。その他に球が三つ四つ入った二つの大きな筒状の物体や大きな黒い槍のような物体もあった。それらは、太陽から空へ、そして地上へと多量の蒸気を発しながら次第に消えていった。ニュールンベルクでは1503年に血のような赤い雨が降るという事件が起こっていた。藻類だろうとパノフスキーは『アルベルト・デューラー』の中で述べている。デューラ―がまだ生きていた時代のことだ。

筒状の飛行物体はUFOの目撃情報にあるシリンダー状の「母船」のことだと思われる。小型のレンズ状の小型船を長距離輸送するとされている。ユングは現在のUFO情報に欠けている四つの単純な十字架と四つの円で構成される曼陀羅の存在を強調している。それは、キリスト教の象徴ではなく、交差的組合せ、すなわち結婚の四人組、プリミティヴな「交叉いとこ婚」であると述べているのが面白い。婚姻の秩序構造である。二つの三日月状の「血の色をした横縞」、その物体が何を意味しているか容易には分からない。地上には球体の落下した場所から煙が立ち上っている。

今度は1566年のバーゼルでのことだ。サミュエル・コキウスという聖書と自由学科を学ぶ学生が、8月7日の日の出頃に太陽に向かって猛スピードで飛ぶ、いくつかの大きな黒い球を見た。太陽を背にした飛行体は黒く見えたのだろうか。互いに争うように飛び交い、あるものは火のように赤くなり、やがて色あせたという。パラケルススが後ろ盾のフロベニウスを失ってバーゼルを追い出された38年後のことだ。

14世紀に世界的な流行をみせ、猖獗を極めたペストは致死率が6割から9割にも及ぶ恐るべき病気で、ヨーロッパでも14世紀を頂点に17世紀にかけて断続的に発生していた。16世紀にはカトリックとプロテスタントとの抗争が火種となって17世紀前半における泥沼のドイツ30年戦争に発展していく。そして、大航海時代は副産物として梅毒をもたらした。流星、彗星、血の雨、双頭の子牛が生まれるという自然現象の変異は、明らかな不吉な前兆であった。この外界から押し寄せる不安にたいする精神的補償とは何であったのだろうか。

20世紀の人間は、かつてない大規模な戦いを経験し、その後も米ソの冷戦による核戦争の恐怖にさらされ、それが一段落して21世紀になるとテロの脅威や気象や地殻変動に怯えるようになる。現代の私たちも、混沌におびえ、確かで手ごたえのある現実を求め、今あるものの存続を求め、意味内容を求め、文化を求める。われわれの世界解体もこうした現実に対する支えの欠如に由来していることをこの不安は知っているとユングは言う。世界の断片化は進行し、世界を改善する手立てに対する評価は軒並み下落し、古くからの処方はコロナウィルスに対するように効き目はない。問題は、有効で信じるに足る全体的観念の不在であるのだという。そこには何かが現れる必要があった。UFO現象はそのようにして現れた現象の一つと見てよいのではないかというのである。

太陽の船 紀元前14世紀 パピルスに描かれた廷臣ユヤの『死者の書』

天空の乗り物については古代からの記述がある。エジプトでは神々は宇宙に生命を与える偉大な河である銀河の水上を航海していると考えられた。ラーは神の船とよばれる乗り物に乗った姿で描かれた。太陽の船である。図は、パピルスに描かれた太陽円盤を頭に載せたホルスだ。

日本では天鳥船(あめのとりふね)が知られている。神の乗る船は、神格化されて天鳥船神(あめのとりふねのかみ)あるいは鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)と呼ばれた。しかし、エジプトでは明らかに船であり、天鳥船も名前からすれば、いわゆるUFOの形態ではなく船のイメージをなしている。ユングは、現在考えられているUFOの形が宇宙の構成要素たる銀河の形とアナロジーを持っていると指摘する。

ファティマの奇跡
1917年10月13日にコーバ・ダ・イリアに集まって奇跡を見る群衆。円盤のような太陽が現れ、地上に向かって突進したりジグザクに動いたりしたことが目撃されている。ファティマの聖母の予告に関連していると言われる。

そのUFOの形態が現れたのはいつ頃からなのだろうか。「空に見えるしるし」が、多数の人間に、時を同じくして見えるということも起こりえる。同一の前兆や幻視像が、そうした現象を期待したり信じたりしていない人たちにも現れるのである。複数の人間の間で相互に無関係に新しいアイデアが浮かんだりする観念連合のプロセスと同様に、それは起こりえるという。

先ほど触れた投影の問題を少し解説しておこう。自分から切り離してしまった感情は抑圧されて外界へと投影される。それが私的な個人的な事情によって起こるものか普遍的な内容に及ぶものかによって、それが波及する範囲が異なってくる。個人的な抑圧や無意識なら身内や交友関係に限られるが、宗教的な葛藤や政治的社会的軋轢はそれにふさわしい対象へと投影される。人類全体の存亡にかかわるような今日の状況では、投影を促すような空間は神々のいる天空や星々から全宇宙空間へと拡張され、世界中に広まって真面目に信じられ、あるいはすげなく冷笑される神話となる。社会的に信用があり、誠実な人々が「この眼で見た」というのである。

一方で、この動画にあるような現象はどう説明されるのだろうか。この未確認飛行物体の映像は、2019年の9月にCNNが報道した映像と同じものだ。空中を高速飛行するUFOのような存在を、米海軍が未確認飛行物体として分類していることをようやく認めたものだった。海軍報道官はCNNの取材に対し、この物体を「未確認航空現象(UAP)」と形容した。公開された映像は幾つかあり、中には戦闘機のセンサーがとらえきれないほどのスピードで海上を遠ざかっていった物体もあるという。この2015年の映像では、F-18戦闘機のパイロットたちが交わした「沢山のドローンだ」「編隊だ」「ヤバイ ! 」「風に逆らってる 時速220キロの西からの風だ」「見ろよ、あれ!」「回転している」といった会話が収録されている。高速移動する物体を、高性能赤外線センサーがとらえた。

ちなみに、これもCNNが2017年に伝えたものだが、 米国の同盟国が市販の約200ドル(約2万2000円)の小型ドローン(無人機)を約340万ドル(約3億8000万円)する地対空ミサイル「パトリオット」を使って撃墜したことを明らかにした。米陸軍司令官はドローン破壊には成功したものの、経済的に妥当な方法ではなかったとジョークを飛ばした。

今では、ドローンであろうと宇宙船であろうと分類不能な飛行物体は誤認も含めて未確認飛行物体、正確には未確認航空現象(UAP)として分類されている。そういう存在が公認されていることになる。UFOの存在も普通に認知されるようになってきたのだろうか、あるいは、アメリカの宇宙軍事戦略のための根回しととれないこともない。それらの存在がある一方で地球の周囲を人工衛星といわずその壊れた破片といわずグルグルと回っている。より地表に近いところでは、ドローンも加わる。中には武器として作られたものもあるのだ。まさに、地球は煉獄である。

しかし、こうなるとコトは厄介になってくる。ユングのいうように集団幻視とも言い難くなってくるのではないか。時速200キロの風に逆らって飛べるドローンが開発された可能性もあるが、赤外線センサーに捉えられているのだから幻視ではない。

宇宙船や宇宙人の映像も多々あるが、多くは捏造疑惑に曝されてきた。それらの内には、営利目的で作られたもの、いたずら、悪意のない誤解、単に不思議な光景として撮影されたものがあるだろうが、どれが本物かは見分け難いのではないだろうか。とりわけ今日のようにヴァーチャル技術の精度が著しく高くなっている時代にはそうだろう。真偽の判断は困難なものになっていくのである。

地球外生命体やそれを乗せた宇宙船が存在するのかどうか。皆さんはどう思われるだろうか。その存在の有無を判断するのは、なんだか、状況証拠はいっぱいあるが、確証の無い事件の裁判のようだ。自分で見たり触ったりしたことのないものを「無い」と考えるのは人間の悲しい性 (さが) だが、僕はといえば、われわれが何らかの秘密を持ち、不可能な何ものかに対する予感を持つことは大切なことだというユングの言明の内に留まりたいと思っている。それ以上は保留にしておきたいのだが、一度はこの眼で見てみたい‥‥是非 !

私たちは、中世の形而上学的なゆるぎない世界像からはるかに遠ざかった。意識は啓蒙主義的な形而上学によって、いっさいの「神秘的」傾向を排斥してきた。世界の没落のあとの真のキリスト教的な世界の確立。あの輪郭定かな世界像は、二度と取り戻せないとユングは言う。この圧倒的な傾向が投影という無意識の自己主張には絶好の条件となる。神話的な人格化は、すでに時代遅れだった。神話的な原型は、UFOという現代的な姿をまとったという。UFOは、物理学の新たな奇跡として登場したとユングは言うのである。僕は、この言葉を是非文化批評として受け取ってほしいと思っている。UFOは、私たちにとって極めて偏った精神的風土の補償であるかもしれないのだから。ここで、今回のブログは一旦終了したい。以下は付録である。

 

付 ビリー・マイヤーと松澤宥

ユングの慧眼には、いつも心服するのだけれど、実は本書の中で僕が最も心惹かれたのは、この言葉なのである。「核物理学が一般人の頭に、判断力の不確実さという念を植えつけたので、一般人は物理学者以上にそう思い込み、つい昨日までありえないとされたことを可能だと思ったりしがちなのである。‥‥UFOの示すいかにも物理的な性質は、一方では最高の頭脳の持ち主にさえ、そうした謎を投げかけている (松代洋一 訳)

このところ亡くなった松澤さんの展覧会のための準備をしていて、松澤さんの著作や作品を調べている。彼が42歳の時に受けたと言う「オブジェを消せ」という外界からの指示が概念芸術の発端であることはよく知られている。実はここには伏線がある。彼が33歳の時、1955年のことなのだが、2年間フルブライト留学生としてアメリカに留学した。ニューヨークにあるコロンビア大学だった。そのニューヨークで、こんな放送を聞いた。1957年、僕の生まれた年のことである。

『スピリチュアリズムへ・松澤宥1954-1997』川口現代美術館カタログ  他の精しい年譜としては『松澤宥プサイ(Ψ)の部屋』を見ていただくことができる。松澤宥の公式サイトと考えていただいてよい。

「2月2日午前2時 (これは、いつもの数字合わせなのだけれど)、枕元のモーターローラーの小型ラジオを回していたら不思議な放送が入って来た。『私は5歳のころの或る日に不思議な力に導かれて森の中をさまよい出しその森の中のとある岩の上に25,6歳の非常に美しい女の人を認めしばらくその婦人と話しをした。それから、20年後の昨年8月やはり或る力に引き出され森の中の岩の上であの昔と変わらない25,6歳の美しい人と会った。私は20年前この岩の上に座ってあなたと語った金星の女です。私の年は500歳 ! と言いました。』語るはニュージャージー州ハイブリッジの若いペンキ屋さんハワード・マシューさん。よく聞くとその放送は以前からずっとニュージャージー州のWOR局の終夜 (午前1時から5時まで) つづくパネルディスカッションであった。私はそれからニューヨーク滞在中一日もかかさずそれを聞いた。パーティー・ライン (合わせ目) は今でいうUFOに関するもので、心理学者、地球外空間研究家などの若干のパネルをもち、次々と占星術家、霊媒、数学者、催眠術家、ヨガ哲学家、生理学者、医学者、技師、教授などが招かれて、死後再生とか物体浮遊とか心霊現象とか超心理学、超科学、超宗教について異常に熱心にかたられていた。この放送を聞け ! それに触発されて私のニューヨーク滞在は後に絵画の非物質化に突っ走るための端緒の日々だったと言える (機関13・自筆年譜/『スピリチュアリズムへ・松澤宥1954-1997』川口現代美術館カタログ収載)。」

松澤 宥『量子芸術宣言』

彼は、終生テレパシーやUFOなどの超常現象に魅かれていた。その証拠は、彼の第二のエポックと言われる『量子芸術宣言』に見ることができる。その第10弦 (弦は超弦理論にちなんでいる) 量子芸術演習 (続) には「ビリー・マイヤーよ」という副題がついていて、以下のような内容が書かれている。

BM001
物質が百万分の一秒内にひずみを生じ微細化し非物質化し無限の距離を瞬間で移動出来る

BM002
遮蔽幕により物質の微細化非物質化を克服し空間と超空間の間の壁を中和して突き抜ける

これを読むと量子力学との類似を意識させられる。実際にはそれとは異なるけれどBM001は量子テレポーテーションを彷彿とさせ、BM002は量子トンネル効果を連想させる。ユングのいう核物理学とは量子力学のことを指しているのだけれど、その負の遺産が原子爆弾や原発事故であったことは我々身に染みている。「判断力の不確実さという念」というのは、量子力学が古典的な因果関係の成り立たない不確定な世界観を築き上げてしまったことを指している。不確定性原理、量子遷移、波と粒子の二重性、量子もつれといった極小の世界で展開される事柄はこれまでの因果律をなし崩しにして飛び飛びで確率的にしか観測不能なものとして表象されるようになった。しかし、松澤さんは、この量子力学をポジティブに全面的に押し出したのである。

そこにある物質のもっている波でもあり粒子でもある不確かさ、テレパシーが介在するかのような量子もつれ、瞬間的にワープする量子遷移といった性質は、松澤さんにとって物理学を超常科学に接近させるものに映ったのではなかろうか。これは、松澤さんが量子力学を理解していなかったことを意味しない。その逆である。それをビリー・マイヤーの言うような高みからの叡智と重ねたのかもしれない。このような言葉もある。

BM003
「創造」が無からこの宇宙を造ったそれは全能であり遍在であり法則だ創造自体に触れよ

このブログの冒頭に述べたノストラダムスの予言詩を思い出してほしい。「満月は夜 高き山にあがり/ただ一つの頭脳を持つ/新しい知恵ある人がそこに見られ/不死なるものとなることを弟子にしめし‥‥」。この詩は、『量子芸術宣言』の序にその内容が要約されて登場する。ビリー・マイヤーはヒンターシュミットルッティの山に、FIGU・SSSCセンターを開設し、松澤さんは諏訪という高地に住みそれに先立って外部空間状況探知センターや虚空間状況探知センターというコンセプトを立ちあげている。1960年には、コンピューターと空飛ぶ円盤のバックグランドはサイバネティックスとパラサイコロジーだとして新たなコミュニケーションの問題を提起した (『芸術新潮8月号』「サイバネティックスからマンダラまで」)。コミュニケーションの問題が絵画や芸術や文明に対して決定的な意味を持つことを闡明にしていた。こうなるとノストラダムスの言う「ただ一つの頭脳」が松澤さんにとって何を意味したかおおよそ想像できるようになるのである。

この量子芸術演習 (続)「ビリー・マイヤーよ」の最後にはこのような文が掲載されている。僕はこんなオチャメな松澤さんが大好きだった。

BM009
舞い舞いマイヤーマイヤー

 

 

その他のUFOのような物体が描かれた絵画

ドメニコ・ギルランダイオ(1449-1494)
『聖母子と洗礼者ヨハネ』
聖母の右肩上方に未確認飛行物体が飛んでいる。右上に少し拡大した図を載せておいた。太陽や雲の表現に特徴があり、ある種の光彩を放つ天体などをよく描いているが、本作品では形状がUFOにかなり近い。その工房からミケランジェロを輩出したことでも知られる人だ。

兎園 (とえん) 小説  『虚舟 (うつろぶね) の蛮女』
江戸時代にUFO伝説を思わせる奇談が知られていた。『兎園小説』(1825年刊行/江戸の文人や好事家の集まりの会で語られた奇談・怪談を、曲亭馬琴がまとめたもの)に『虚舟の蛮女』という題で図版とともに収録され今に伝えられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参考図書

ビリー・エドゥアルト・マイヤー『わずかばかりの知識と知覚そして知恵』
マイヤーのまとめた倫理と智慧の書というべきもの。UFOや宇宙人とのコンタクトの内容は一切出てこない。

 

 

 

 

 

石飛道子『ブッダと龍樹の論理学』 part2 龍樹・第一義諦の命題

 

石飛道子『ブッダと龍樹の論理学』

石飛道子氏は、アリストテレス以来の伝統的論理学から展開した命題論理学を用いながら、ブッダや龍樹がどのような論理を用いて教えを述べてきたかを明らかにして行く。前回 part1 は、彼女が「ブッダの公式」と呼ぶ中から「〈これ〉があるから〈かれ〉がある」という、あらゆる因果関係を説明するためにブッダが用いた論理を中心に解説されてきた。「世俗諦」の世界が中心だったが、この part2 では、龍樹の定式を中心に「中道」「第一義諦」に関係する論理が問題にされる。

龍樹菩薩伝 前半

龍樹については、紀元150年から250年の間に活躍した南インドのバラモン階級出身の僧ということくらいしか、はっきりしたことは分かっていない。まとまった伝記としては鳩摩羅什 (くまらじゅう/4世紀中頃~5世紀初頭) が訳したとされる『龍樹菩薩伝』が知られているが、実際には羅什より1世紀くらい後のものであるようだ。

内容は、乳児の時に四万の詩頌からなるヴェーダ聖典が朗誦されるのを聞いて全て理解し、諳(そら)んずることが出来たといった天才ぶりを言祝ぎ、年頃になれば、隠身の術をもって王宮の美女たちを犯したとかいう破天荒が紹介される。王の近くに身を伏せて難を逃れるが、欲のなせる業を知り、出家する。ヒマラヤ山中に籠り、そこで大乗経典を年老いた比丘から授けられた。一切を知る者としての慢心が芽生えるが、ゴータマ門の門神に、お前の知恵など如来に比べれば虻や蚊程度だと言われ、弟子には、あなたは仏弟子として教えを受け継いでいく者に過ぎないといった屈辱を受ける。これで、鼻が折れた。竜宮にいたマハー・ナーガ (大龍) 菩薩が、彼を憐れみ、惜しんで七宝の箱に収められた大乗の奥義の経典 (方等経) を授ける。龍樹は、膨大な経典も七宝の一箱にある内容に尽きていることを悟り、事物は本来不生であり、人・物共に空・無我で平等であり、どのような時にも慈悲の心を持つことに思い至る。

龍樹(150頃-250頃)像 年代未詳 チベット
頭にナーガ(蛇)を頂く。

龍樹 (ナーガ―ルージュナ) の名の由来は二説あって、一つは、幼名アルジュナにこの大龍菩薩のナーガ (龍/蛇) を加えたという説。もう一つは、釈迦の予言で、自分の入滅後に南インドに名声ある高貴な比丘が現れ、自分の「法」の眼を保持するであろうと述べ、その名がナーガーフヴァヤ (ナーガを名とするもの) であるとする『入楞伽経 (にゅうりょうがきょう) 』の十章による説である。龍樹の著作には『中論 (正式名は根本中頌) 』、大智度論の注釈である『優婆提舎』、それに自身の中論の注という『無畏論』などがある。ここからは勿論『中論 』が主役となる。

 


前回 part1では、真理表3(下図)からブッダの公式と石飛氏が呼ぶ定式が導かれた。Ⅰの「〈これ〉がある時〈かれ〉がある」である。今回の龍樹の論理学では、ブッダの公式Ⅲの「〈これ〉がない時〈かれ〉がない」がテーマとなる。それは第一義諦、すなわち中道と空を導く公式となる。


中道

ブッダの公式
Ⅰ.〈これ〉がある時〈かれ〉がある。
Ⅱ.〈これ〉が生ずるから〈かれ〉が生じる。
Ⅲ.〈これ〉がない時〈かれ〉がない。
Ⅳ.〈これ〉が滅するから〈かれ〉が滅する(阿含経典12.49.3,5より)

真理表

ここからは、真理表15が解説される。今回、重要な真理表は15、16、1の三つであるが、文どうしをつなぐ接続詞は part1 でご紹介した真理表9と同様にない。4と13、5と12、6と11は互いに否定になっているが、真理表の下段で×のついたものは使用されない。世と書いてあるものは、世俗諦に使われた真理表であり、一と書いてあるものが第一義諦に関わるものである。

正しい智慧をもって、如実に、世間における集起を見るものには、世間において「無いこと」はない。
カッチャーナヤよ、正しい智慧をもって、如実に世間における滅を見るものには、世間において「有ること」はない。
カッチャーナヤよ世間の人々は、多くは、そのやり方に執着し、こだわり、しばりつけられている。
「一切は有る」というのは、カッチャーナヤよ、これは、一つの極端である。「一切は無い」というのもこれも極端である。
カッチャーナヤよ、これら二つの極端に近づくことなく、中道によって、如来は法を説くのである(サンユッタ・ニカーヤ/パーリ語経典 相応部12.15)

真理表 15 Tは真、Fは偽を指す。通常のⅠ~Ⅳの位置は入れ替えられている。

中道とは苦楽、二辺の中道のことで、ブッダは、愛欲において欲楽の生活に耽溺することも苦行を実践すること聖ならざるものであり、利益のないものであると述べ (如来諸説経)、「楽と苦の二つの極端によらない」ことを中道とした。

真理表15では〈これ〉に〈一切は有る〉を〈かれ〉に〈一切は無い〉を入れて真偽を確定させている。ここで、問題になってくるのは最下段の「〈一切は有る〉のではなく〈一切は無い〉のではない」という命題である。これを中道としてブッダは説いたという。同じ形式の文章が中論にもある。

自己であると教えられていることもあれば、自己ならざるものと示されていることもある。しかし、如何なるものも自己ではなく、そして、自己ならざるものではないと諸仏により示される(中論18.6)。

西洋論理では、自己であるか自己でないかのどちらかになる。自己でもなく非自己でもないことはあり得ない。「自己ならざるものではない」は二重否定なので文全体は「自己でなく自己である」と書きかえことができる。ここで、前回の世俗諦で語られるブッダの言葉が引用される。

ブッダ データ未詳

あるものそのとおりのものとして考えるとしても、そのものはそれとは異なったようになってくる。それにとって、そのこと(考え)は、虚偽であるから。虚妄の法(モーサ・ダンマ)はしばしのものである(スッタニパータ/パーリ語経典 小部・経集 757)。

世俗諦で述べられる世界は、縁起によって生じる絶えず変化する世界であった。その世界は虚偽であり、同時に真理であるが、しばしの虚妄の法であった。中道は、「そのとおりもの」であるとも「それとは異なったもの」とも異なる。

縁起しているもの、それを、空性であると私は説く。それ(空性)とは、執って仮説することであり、中道そのものである(中論24.18)。

縁起とは、空性であり、執って仮説することであり、それが中道であると言う。巻末に紹介しておいた「龍樹『根本中頌』を読む」においては、この仮説は「 (何かを) 因とする施設」と訳されている。絶えず変化するものは、言語で表現できないもの、仮説でしか述べられないものとなる。何かを縁とせず生起するものは何ら存在せず、一切が空でないなら何かが生じたり、滅したりすることはない。「Aではなく、A ならざるものでもない」。空性については、後に述べる。

 


ブッダは、初心者ではあっても哲学議論の好きだったマールンキヤプッタに「語られなかったこと」を語った。「語られた教え」とは四聖諦のことであり、「語られなかった教え」とは無記と呼ばれる形而上説のことである。その「語られなかった教え」とは、四句分別に集約され、中道を保って言語を超えた世界に結び付けられ空性に結晶する。


 

四句分別

ブッダが、マールンキヤプッタに述べた形而上説とは以下のようなものである。

「永遠なのは世界である」というのは私によって語られなかったことである。
「永遠でないのは世界である」というのは私によって語られなかったことである。
「有限であるのは世界である」というのは私によって語られなかったことである。
「無限であるのは世界である」というのは私によって語られなかったことである。
「命と身体は同じである」というのは私によって語られなかったことである。
「命と身体は異なっている」というのは私によって語られなかったことである。

「如来は死後存在する」というのは私によって語られなかったことである。
「如来は死後存在しない」というのは私によって語られなかったことである。
「如来は死後存在しかつ存在しない」というのは私によって語られなかったことである。
「如来は死後存在するのではなく、存在しないのでもない」というのは私によって語られなかったことである。
なぜ、これらのことが、マールンキヤプッタよ、わたしによって語られなかったのか? これらは、マールンキヤプッタよ、利益をともわず、最初の清浄行のものではない。厭離にみちびかず、離欲にみちびかず、止滅にみちびかず、寂滅にみちびかず、証智にみちびかず、正覚にみちびかず、涅槃にみちびかない。それだから、これらは、わたしによって語られなかったことである(マッジマ・ニカーヤ/パーリ語経典 中部63)。

ブッダの形而上説抜粋

1.「永遠なのは世界である」「永遠でないのは世界である」
2.「有限であるのは世界である」「無限であるのは世界である」
3.「命と身体は同じである」「命と身体は異なっている」
4.「如来は死後存在する」「如来は死後存在しない」「如来は死後存在しかつ存在しない」「如来は死後存在するのではなく、存在しないのではない」

問題になるのは4.で語られる説である。これを四句分別という。石飛氏は、ブッダが不可知論や懐疑論とは無関係だという。この四句分別は、論理的な裏付けをもって確信的に語られているというのだ。懐疑論は確信をもって語られることなく、ただ虚無に向かうだけだという。

真理表 16

真理表16の〈これ〉に〈如来は死後存在する〉を〈かれ〉に〈如来は死後存在しない〉を入れてⅡからⅣに真偽の結果を出す。それを全て偽として否定形にするのである。真理表は、ここでは命題論理学とは別の機能を持たされていることになる。ブッダの形而上説抜粋の 4.に見られる四句のきれいな否定形になっている。

石飛氏は、この如来の死後に関する四句分別の文章を我々凡夫に向けて無理やり言語で表現してくれたものであろうと言う。マールンキヤプッタはブッダの僧団に属するかどうか決めかねていた。それゆえブッダは、弟子たちには説かない形而上学をわざわざ述べて、それを否定している。それは仏教内部の人へではなく、外部の者に対してブッダがあえて踏み込んだのではないかと言うのである。

「如来の死後」は「涅槃」と直結する問題である。『中論』が拠り所とすることの多い『スッタニパータ/パーリ語経典 小部・経集』からご紹介する。ブッダは煩悩の河を渡ろうとするウパシーヴァにこのように述べる。

無所有(何もないところ)を観察しながら、よく気をつけている者、ウパシーヴァよ、と尊師は言った。(おまえは)「無い」ということをよりどころにして激流を渡れ。もろもろの欲望を捨てて、討論から離れ、渇愛の滅尽を昼夜において観ぜよ(1070)。
無所有(何もないところ)をよりどころに、他のものを捨てて、最高の「想いからの解脱」において解脱して、そこにとどまり、何ものにしたがっていくこともないだろう(1072)。
風の力で炎が吹きとんで離れさって数のうちに入らないように、同じように聖者は、名称と身体から解脱して、離れ去って名づけられなくなる(1074)。
かれに対して、そのものをあれこれ述べるようなやり方は存在しない。すべてのもの(法)が根絶やしにされたとき、一切の議論の道もまた根絶やしにされたのである(1076)。

ナーガルージュナ ツァパ・ナムギャル作 17世紀

「もろもろの欲望を捨てた者」は、無所有処定(むしょうしょじょう)という禅定を拠り所として最高の「想いからの解脱」において解脱して、そこに留まるという。上記のように『スッタニパータ/パーリ語経典 小部・経集』では、解脱への二つの段階が注目される。この区分は『中論』を性格付け、大乗への道を開く重要なポイントだと著者はいう。

(1)「貧欲を離れた者」となる。
(2)「想いからの解脱」において解脱し、名称と身体〈名色〉を離れる。

(1)の「貧欲を離れた者」では、まだ名称と色形〈名色〉を残していると考えられる。これが「最初の清浄行」にあたる。
(2)の「想いからの解脱」とは「想いを想うものではなく、想いを離れて想うものでもなく、想わないのでもなく、虚無を想うものでもない」ことだった。「このように知ったものは色形を滅する」のである。「色形を滅する」因となるのは「多様な言語世界(パパンチャ)の名称が起こらない」ことによるといわれる。これによって「『想いからの解脱』において解脱する」のである。行為と煩悩を滅した人がさらに名称と色形を滅する第二段階である。これが「第二の清浄行」と著者が呼ぶものとなる。

想い (サンニャー) を想うものではなく、想いを離れて想うものでもなく、想わないのでもなく、虚無を想うものでもない。――このように知ったものは、色形を滅する。というのは、想いを原因として、多様な言語世界 (パパンチャ) の名称が起こるからである(『スッタニパータ/パーリ語経典 小部・経集』874)。

内においては迷妄(パパンチャ)である名称と色形を知って、外においては病根を知って、すべての病根の束縛を脱した、このような人は、あるがままにある人と言われる(スッタ二パータ/パーリ語経典 小部・経集530)。

行為と煩悩が滅するから、解脱がある。行為と煩悩は、思慮分別によって起こる。これらは、多様な想い (プラパンチャ) にしたがってあるが、多様な言語・表象世界 (プラパンチャ) は空性 (シューニャター) のなかに滅するのである(中論18.5)。

サンスクリット語のプラパンチャ、パーリ語のパパンチャは、「戯論 (けろん)」と訳される。「多様に広がっていく言語・表象の世界」と「迷妄」という二つの意味があるが、ここでは前者を指している。このような言語に属する事柄は世俗諦、つまり虚妄な法につながるため迷妄の意味も出てくるのだという。多様な言語・表象世界 (プラパンチャ) は、多様な想いにしたがってあるが、多様な言語・表象世界は空性のなかに滅して、ついに、名称と身体〈名色〉を離れる。すなわち、あるがままとなるのである。これが第一義諦の到達を意味する。では、空性とは何なのだろうか。

苦楽二辺の中道/形而上説の否定→四聖諦→煩悩からの解脱→無所有処などの禅定→名称と色形 (名色)を滅すること

 

龍樹菩薩伝 後半

もう一度、本書から離れて龍樹の伝記についてご紹介します。7世紀になると留学僧であった玄奘三蔵が、当時のインドにおける龍樹の伝承を記録に残している。インドのサータヴァーハナ王が龍樹のために黒峰山に伽藍を建てたが、資金が枯渇し、それを助けようと龍樹が妙薬によって石を黄金に変えた。あるいは、提婆 (アーリヤデーヴァ) が彼のもとを訪ねて来た時、龍樹は水を満たした鉢を見せ、提婆は針を投げ入れる。その意味を理解した龍樹は提婆を弟子としたとか、父サータヴァーハナ王の長寿は薬術に長けた龍樹が薬を処方しているせいだとして、その王子に首を乞われた龍樹は自ら首を切り落として絶命したといった内容を玄奘は記していた。

龍樹が仙薬を使うというのは『龍樹菩薩伝』にもあり、三百年の長寿をもって仏教を守護したと伝えられる。その他、菩薩伝には南インドの国王の前で、バラモン僧との術比べに勝利し、別の国王を神通力で教化したという話も伝えられている。また、龍樹の最後は、このように描かれている。彼に嫉妬する小乗の比丘が、あなたが長くこの世にとどまっていることを望まないと言うと、その言葉を契機に為すべきことをし終えたと感じていた龍樹は、蝉が抜け殻だけを後にするように遷化したという。南インドのクリシュナ―川の右岸にあるナーガルージュナ・コーンダ (ナーガルージュナの丘) には、紀元3~4世紀のイクシュヴァーク時代のサータヴァーハナ王朝と関係する仏教遺跡があり、ここが龍樹の終焉の地だと推定されている。

ちなみに、インドの伝承では、龍樹の切り離された胴と首は、その吉祥山の光輝く楼閣の中の宝座に置かれ、神々やヤクシャ(夜叉)などによって常に供養された。一方、彼の誓願身は極楽にあって無量光仏によって「智宝菩薩」の名が与えられているという。無量光仏は阿弥陀の別名だがら、浄土教とのつながりはここら辺りにあるのかもしれない。チベットでは別の伝承があり、切り離された首の根本から「私はいまに極楽に行くであろう。しかし、後にまたこの身体の内に入るであろう」という声が聞こえてくる。ヤクシー (夜叉女) が、首を胴から7キロ先に置くと、首と胴は腐ることなく互いに近づき、ついに合体して、龍樹は再び教化を開始するのだった。不気味な話しになっているのだが、頭という智と身体という物が一度は切り離され、死後もう一度結びつくというメタファーは何を意味するのか‥‥

 


いよいよ八不中道と空性に入る。八不中道は、『中論』の冒頭を飾る帰敬偈と呼ばれるブッダに捧げられた序で、中観派の代名詞となった感がある。そこには論争の相手を沈黙させる論理が秘められていた。「あなたが縁起と空性を破壊するなら、あなたは一切の言語活動である世界を破壊する。」ブッダの言葉や龍樹によって繰り広げられた言葉の地平が解体された後、その上に火焔のように燃え立ち煌めくものがあるのだ。


 

八不中道

『中道』は、真理表15のⅣにある「〈一切は有る〉のではなく〈一切は無い〉のではない」という命題から導かれる中道・第一義諦の形式であることは既に見た。ブッダは、世間と論争を起こすことはないと弟子たちに説いてきたが、世間と関わる以上論争せずにいられたとは思われない。論争と言ってもブッダはただ「法を語っていた」だけかもしれないのだが。外教徒らは、実在論や世俗諦のみに関わっていたから、第一義諦に関わる『中道』が一つ議論に加わるとたちまち議論は終結したのではないかと石飛氏は述べている。これを龍樹は「一切の見解からの出離」と述べた。

不滅にして不生、不断にして不常、不一にして不異、不来にして不去、戯論寂滅にして吉祥なる縁起を御説きになった、説法者中の最高の説法者である仏陀に敬礼いたします(『根本中頌』帰敬偈 桂紹隆、五島清隆 訳)

八不は、すべて吉祥なる縁起を形容している。目的は、外教徒に法を説くためと同時に仏弟子に悟りへの道を開くためと考えられるという。もう一度ブッダが説かなかった形而上説に戻る。

ブッダの形而上説抜粋
1.「永遠なのは世界である」「永遠でないのは世界である」
2.「有限であるのは世界である」「無限であるのは世界である」
3.「命と身体は同じである」「命と身体は異なっている」
4.「如来は死後存在する」「如来は死後存在しない」「如来は死後存在しかつ存在しない」「如来は死後存在するのではなく、存在しないのではない」

1.「永遠なのは世界である」は不生で否定し「永遠でないのは世界である」は不滅で否定する。
2.「有限であるのは世界である」は不断で否定し「無限であるのは世界である」不常で否定する。
3.「命と身体は同じである」は不一で否定し「命と身体は異なっている」は不異で否定する。
4.「如来は死後存在する」「如来は死後存在しない」「如来は死後存在しかつ存在しない」「如来は死後存在するのではなく、存在しないのではない」は不来不去で否定するということになる。

このように「中道」は相反する主張をことごとく否定する。それは、相手を返答不能に追い込むという。これは、言語世界から離脱することを意味しているんじゃないのかな。文字通り言語・表象世界を滅することらしい。この間のトドロフの『象徴の理論』でご紹介したことだけど、永遠という言葉は、永遠とそうでないものを切り分ける。言語の特質は二項対立にあり、その永遠の側から意味のネットワークが広がっていく。「中道」は、言語の二項対立の世界からの超越と言えるのかもしれない。

1.~3.までは問題ないと思うので 4. の四句分別に関する不来不去についての解説をご紹介する。マールンキヤプッタとブッダとの会話で 4. は如来の死後について語られている。『ヴァッチャゴッタ火喩経』では、火が消えた時、その火は「去るものでない」と言われ、『雑阿含経』では、生ずるときは、「来るところもない」と言われる。真理表15のⅣから導かれる「〈一切は有る〉のではなく〈一切は無い〉のではない」は「〈来るところ〉もなく〈去るところ〉もない」に置き換えることが出来るだろう。

(正しい智慧によってあるがままの縁起を見ている聖なる弟子でも)『わたしという生きものは、いずこから来たのだろう、いずこへ去っていくのだろう』(と思いまどうかもしれないが)、このような道理はない(サンユッタ・ニカーヤ/パーリ語経典 相応部12.20.20)

「このような道理はない」。それでは、何があるのかと言えば「〈来るところ〉もなく〈去るところ〉もない」中道なのである。八不中道の最後にこの不来不去を置くことによって「如来」における解釈に重大な根拠が与えられることになると著者はいう。如来の死後について論議ができる唯一の可能性が残されるのだ。龍樹独自の解釈に見える「不来不去」は、その根拠を阿含経典に見出すことが出来るというのである。

 

過去生の物語 
ナーガルージュナ・コーンダからの発掘
アーンドラ・プラデーシュ州 インド

空性

かつて、わたしは、アーナンダよ、そして、今も、空性の住処に、多く住している‥‥比丘は、村の想いに集中することはなく、人の想いに集中することなく、森の想いによって独住に専念する‥‥かれはこのように知る。(すなわち) あったのは、村の想いによる不安であるが、それらはここにない。あるのは、この森の想いによって独住する、ただこの不安だけである。

かれは、『空であるものは、この想いのなかにあるものであって、(それ) は村の想いに対してである』と知る。『空であるのは、この想いのなかにあるものであって、(それは) 人の想いに対してである』と知る。『あるのは、この、森の想いによる独住であって、これだけが、空でないものである』と知る。以上のように、そこ(A)に全くないそのもの(B)によって、そこ(A)を空であると見る。

そこにはまだ余っているものがあるとき、そこ(A)にあるものそのものを、『これがある』と知るのである。このように、かれには、アーナンダよ、この、如実であって転倒なき清浄な空性 (スンニャター) が顕現している(マッジマ・ニカーヤ/パーリ語経典 相応部121)。

『「空 (スンニャ) 」とは、あるもの(A)のなかに何かないもの(B)があるとき、それ(A)をないもの(B)についての空である」』というような言い方で用いられている。空は「膨れ上がったもの」「からのもの」、インドの数学ではゼロを意味する。「森の想い」のなかに「村への想い」がないとき「森の想い」は「村の想い」についての空であるということになるだろうか。「森の想い」についてまだ余ったものがあるとき「森の想い」による独住があると知る。別な例を考えると「人の思想の中に理想がないとき、その思想は理想に対して空である」と言うことになるだろう。村の想いという、この「想」は「名称と色形」から生じる。想いや思惟、言葉は「空である」と特徴づけられている。

最終文で空性 (スンニャター) が登場して「空 (スンニャ) 」との違いが明らかにされる。具体的なあるものについて「空である」という時、スンニャという形容詞が使われ、そのような「空」の見方を一切におよぼしたとき顕れてくる境地を抽象名詞で表現して空性 (スンニャター) としている。「空性」は私たちの言語・表象世界一切を覆い尽くすという。「縁起しているもの、それは空性である」というブッダの言葉を思い出してほしい。龍樹は、空性についてどのように述べているのだろうか。

[真実は]他に依って知られることなく、寂静であり、諸々の言語的多元性 (戯論) によって実体視して語られることなく、概念的思惟を離れ、多義でない。これが[諸法]の真実 (=空性) の特徴である (中論18.9 桂紹隆、五島清隆 訳)

空性があてはまるものに対しては、一切が当てはまる。空があてはまらないものについては、一切があてはまらない(中論24.14)。

あなたが縁起と空性を破壊するなら、あなたは一切の言語活動である世界を破壊する(中論24.36)。

他者とかかわるなら縁起が成立し、言葉を交わすなら空性の内にある。縁起と空性を破壊するなら、あらゆる言語活動によって成り立つ世界は崩壊する。私たちは、気がつこうとつくまいと縁起と空性の中で生きているのだと著者は述べる。縁起するものは空であり、空であるものは縁起する。そして、縁起と空とは同じではなく、異なってもいないのである。ここに議論は終息する。急いで付け加えておこう。

世尊が仰った。「[病因を取り除くべく服用した薬がいつまでも体内に残ると、癒されるどころか、かえって病気が悪化するように]ちょうどそのように、迦葉よ、見解(邪見)をすべて取り除くのが空性なのであるが、他ならぬその空性を[ひとつの]見解とする人がいるのであれば、その人のことを、私は、癒すことのできない者と呼ぶ」(『迦葉品』65 桂紹隆、五島清隆 訳)

 

あるがままの論理 

ブッダの語り方は、対機説法と呼ばれる。中論には、ブッダの語り方をまとめた偈があるという。これは、あらゆる人々をもらすことなく救い上げようとするブッダの大いなる慈悲の網に例えることが出来るだろう。このような偈である。

「すべては、あるがままである」あるいは「(すべては)あるがままではない」あるいは「(すべては)あるがままであると同時にあるがままではない」あるいは「(すべては)あるがままでなくあるがままでないのではない」(中論18.8)

それは真理表1に仮託されているが、命題論理としては、もはや成り立っていない。ある人には、「すべてはあるがままである」と語る。言葉に絡めとられている者には、目覚めの一言になるだろう。別の清浄行に励むものには「すべてはあるがままではない」と語る。ガンジス川の大きな泡を眼のある者は静観し正しく考察するだろう。しかし、それは虚ろで実質のないものである(サンユッタ・ニカーヤ/パーリ語経典 相応部22.95)と知る。それはしばしの虚妄な法であると。十二支縁起を理解するような者には「すべてはあるがままであると同時にあるがままではない」と述べるだろう。その順観と逆観があわせて説明されただろう。そして、禅定を修行する者には「すべてはあるがままでなくあるがままでないのではない」と語られただろう。それは彼らに現実のものとして見えなければならなかったいうのだ。

このようにブッダの論理学は相手に応じて自在に変幻していくのである。そして、ブッダの論理学を受け継ぎ、それを自由に駆使した龍樹が、どのような影響を後世に与えたかは、あまねく知られている。『中論』は、ブッダの論理学を受け継ぎ、その極致を語る聖なる書であると著者は強調してやまないのである。

 


僕は、この著作の何に興味を持ったのか?


時に素晴らしい切り口で仏教にアプローチできる著作に巡り合える時がある。例えば、西谷啓治氏の『正法眼蔵講話』などが、そうである。ギリシアのパルメニデスの思想と道元の思想が比較される。この出会いは意外だった。ロシアの思想家、バフチンにとって社会的コミュニケーションで生まれる「理解」とは、他者の経験を自己の内部に自動的に正確に反映することでも、自己の内部で倍加することでもなかった。この経験を全面的に異なった価値を持つパースペクティブによって、新しい評価と知識のカテゴリーに翻訳することであった。これが、カーニバル的「生き返り」である。

このような新たな価値論的パースペクティブが、今回ご紹介した石飛道子さんの『ブッダと龍樹の論理学』には、あるんじゃないかと思ったのである。おそらく、仏教側からも論理学の側からも色々な批判にさらされたのではないだろうか。しかし、ブッダや龍樹の思想にある種の構造的な枠組みが見えてくる点で大きなメリットがあると言える。単なる思い付きといったレベル以上の内容を持った、このような主張が味わえることは稀である。スッタモンダは、学会内でやっていただければよいのだが、ここから、色々な可能性が見えてくる。フレーゲの述語論理学とブッダや龍樹の論理学との比較へと発展することも可能であるかもしれないし、道元の正法眼蔵を論理学的な枠組みから眺めていくことも可能になるかもしれない。このような試みが増えてくるなら本はもっと面白くなるに違いない。

 

 

参考図書

龍樹『根本中頌』を読む 桂紹隆、五島清隆  とてもバランスのとれた『中道』の訳と解説のある著書。

『論理学の初歩』大貫義久、白根裕里枝、菅沢龍文、中釜紘一  共著  論理学が分かりやすく解説された良書。

 

 

 

 

石飛道子『ブッダと龍樹の論理学』 part1 縁起を導く接続詞

 

不滅にして不生、不断にして不常、不一にして不異、不来にして不去、戯論寂滅にして吉祥なる縁起を御説きになった、説法者中の最高の説法者である仏陀に敬礼いたします(『根本中頌』帰敬偈 桂紹隆、五島清隆 訳)

石飛道子『ブッダと龍樹の論理学』 2007年刊

この龍樹の八不中道にシビレテ以来、いまだに痺れっぱなしになっている。しかし、シビレタまま動けない。そうこうしている内にこんな本に出合った。ブッダや龍樹の経典を論理学を通して解き明かすものだ。これは新鮮というか大胆というか、全く驚いた。意図はまことに豪胆と言える。批判は、かなりあったのではなかろうか。しかし、こういった文字通りラディカルな説が新たな道を模索するには必要ではなかろうか。どのような内容なのか、順を追ってご紹介していきたい。ブッダや龍樹の独特の言い回しには、構造的な理由があるんじゃないかというのは、何となく感じていたけれど、こんなに闡明にしてくれているのは嬉しい。

最近、言葉に興味を持っている。言葉は構造を持っていてネットワークを作り出すことができる。そこには色々な結合のメカニズムがあるのだ。それらを知ることはとても興味深い。そして、この言葉を通して、私たちは感じたことを明確にし、それがどのように生じ、移ろい、滅していくのかを考え、知ることができる。それは私たちの世界観を大きく支配している。しかし、それらは束縛となることもあるのだ。世界はマーヤである。真理と言葉との間に大いなる懸隔を作り出したのはブッダだった。しかし、それを知らしめるためには、言葉を用いるほかはなかった。

石飛道子(いしとび みちこ)さんは1951年、札幌に生まれている。北海道大学大学院博士課程を単位取得退学。北星学園大学を経て札幌大谷大学で特任教授として教鞭を執っておられる。もともと、インドのニヤーヤ学派を学んでいて、その後、それが中観派の需要な著作『方便心論』の強い影響下にあったことを知るようになった。ニヤーヤ学派は、インド六派哲学のうちの一つだが、論理学を自覚的に説いたのは「ニヤーヤ・スートラ」を嚆矢とする。その『方便心論』が阿含経の表現を真似ていること知った。文に一定の形式があるなら、そこに論理学があり、ブッダが論理学を持っていることを確信するようになったのだという。この流れは香ばしい。著書に『ブッダ論理学五つの難問』『龍樹造「方便心論」の研究』『龍樹――あるように見えても「空」という』『「スッタニパータ」と大乗への道』 『「空」の発見』などがある。本書『ブッダと龍樹の論理学』は、いわば基本編の『ブッダ論理学五つの難問』に龍樹の論理学を組み合わせた応用編となっている。

 

ブッダガヤの金剛座 釈迦が菩提樹の下で悟りを開いた場所とされる。

前5世紀、ブッダ(釈迦)は苦行の果てに何ものも得られぬことに絶望し、全てを放棄してネーランジャラー川に臨む菩提樹の下に座り光明を得た。7日の禅定の後、十二支縁起を悟り、順観と逆観でこれを唱えたと言われる。ヴァーラーナシーの近郊サールナートで、かつて苦行を共にした5人の沙門に苦楽二辺の中道と八正道、そして四聖諦を説いた。それが初転法輪と呼ばれる。この時、既にブッダは論理学の体系を完成していたと筆者の石飛道子氏は述べる。

12項からなる因果関係を説明する十二支縁起と中道によってブッダの論理学の体系は基本的に説明される。四聖諦によってその活用の仕方が具体的に展開され、八正道によってそれをどのように学ぶかが示されるのである。まずは、言葉に表現できない真理と言葉で教説される真理の別があることが知られている。そのブッダの真理を龍樹が解説している。

第一義諦と世俗諦

第一義諦と世俗諦は、ブッダの論理学独自の論理的、思想的用語である。それが龍樹によって『中論』、正式名称は『根本中頌』だが、そこで解説される。二つの真理にもとづいて、諸々のブッダの法の説示がある。

世俗の真理 (世俗諦) と究極的な意味の真理 (第一義諦)とである (中論24.8)。
これら二つの真理を知らない者は、ブッダの教説の深淵な真実義を知らないのである (中論24.9)。
言語の慣用によらずには、第一義は説き示されない。第一義に到達しなくては、涅槃は獲得されない(中論24.10)。

第一義諦と世俗諦という二つの真理がある。「ブッダの教説の深淵な真実義を知らない」とは、「深淵な」が縁起の理法を形容する時の枕詞のように使われることから、この教説が縁起を指していることが分かる。因果関係の体系のことである。第一義諦は涅槃に関わり、世俗諦は言語習慣に関わる。しかし、言語なくして涅槃を説くことができない。これらは、ブッダの阿含経の中で対応していると思われる個所があるという。 第一義諦→涅槃 世俗諦→ブッダの教説

あるものをその通りのものとして考えるとしても、そのものはそれとは異なったようになってくる。それにとって、そのこと (考え) は、虚偽であるから虚妄な法 (モーサ・ダンマ) はしばしのものである(阿含経典757)。
虚妄ならざる法 (アモーサ・ダンマ) は涅槃である。聖者はこれを真実であると知る。彼らは、真実を現観して、無欲となって、涅槃に入っているのである (阿含経典758)。

虚妄な法=しばしのもの、虚妄ならざる法=涅槃

 


ブッダには、ブッダの論理がある。それは、当然西洋の論理とは異なる部分があり、論理というからには共通の部分もある。論理を明らかにするのは、アリストテレス以来の伝統的論理学とそれから発展した命題論理学が知られている。だが、実際に使われる文を当てはめると支障をきたす部分が多々あり、それをフレーゲが「述語論理学」によって、論理学を新たな色に塗り替えた。ここでは、フレーゲ以前の命題論理学が比較の対象となる。『論理学の初歩』から命題論理学の知識も少しご紹介しながら、ブッダの論理学のそれぞれの要素をご紹介する。


『論理学の初歩』大貫義久、白根裕里枝、菅沢龍文、中釜紘一 共著  論理学を非常に分かりやすく解説してくれる著書。これと読み比べると、とても面白い。

ブッダの論理学体系が認める、文と単語とをまとめて法(ダルマ/ダンマ)と呼ぶ。サンスクリット語のダルマ、パーリ語のダンマは多義的な解釈の難しい語で、「保つもの」「自然なありよう」「習慣・習性」「規則・法則」「ものの真のありよう」などの意味があると言われるが、本書のブッダの教説内部に限るなら「論理学体系が認める文と語」と捉えると理解しやすいと言う。

1.単語 

単語はブッダ論理学体系の中で用いられ用語である。それらは、「存在」「存在要素」などの意味と、「性質」「属性」としての意味に大別される。この意味を龍樹は「名」と呼んでいた。例えば前者では、五蘊、十二処、十ハ界、色、受、想、行、識などは存在要素の名である。後者では「およそ何であれ、生ずる性質(サムダヤ・ダンマ)のものは、滅する性質(二ローダ・ダンマ)のものである」といった文の中の「生ずる性質」、「滅する性質」が、属性の名となる。

通常の論理学で言う概念に関する部分だが、概念の意味内容である内包、その対象範囲である外延といった言葉は出てこない。代わりに属性という言葉が登場している。論理学では、概念を定義するにあたって多義的な言葉や比喩は使えない。

2.文

演繹的な推論は、前提から結論が導かれる。前提や結論は、文からなり推論の基本単位となり、命題と呼ばれる。命題は真か偽のいずれかであり、「どちらでもない」は排除される。この真と偽しか認めない論理学を二値論理学という。真と偽は文の値であり真理値と呼ばれる。ブッダの論理学の基礎でもある。法のうちの文であるが、これは「教え」という名が付けられた。勿論、ブッダの教えを述べた文であるが、ブッダによって説かれなかった無記と呼ばれる文も含まれる。主語には条件があり、上記の単語と指示代名詞は主語になるが、注意すべきは形容詞が主語になる場合である。

形容詞が主語となる文

パーリ語経典  南スリランカ地方のシンハラ語が書かれた表紙とヤシの葉のページで作られている。

「永遠である(サッサタ)」「空である(スンニャ)」などの形容詞であるが、永遠なるものは世界であるというような使われ方をする。この場合、主語と述語が一見逆になっているように見える。ブッダは「悪しき語順の文句によって経典を誤解して学んではならない(アングッタラ・ニカーヤ)」と比丘達に警告している。アングッタラ・ニカーヤは、パーリ語経典の経蔵を構成する5部の中の一つで、増支部と呼ばれる。ニカーヤは部を意味する。悪しき語順とはブッダが説いた本来の語順を転倒させることだと石飛氏は述べている。インドの言葉は語順がいつも逆倒していると誤解された。漢訳された経典では語順が転倒されて訳されたものが多いのである。

命題は、「人間は動物である」「人間は植物ではない」といった、ある概念とある概念の一致、不一致を主張する。命題は主語、述語、それに「‥‥は‥‥である「「‥‥は‥‥でない」といった繋辞とで構成される。一般の文は命題の形式になっていないので、命題の形式に直すことを「標準化形式」というらしい。形容詞や動詞を「‥‥もの」「‥‥こと」のように名詞形にしたり、「すべての‥‥」という全称、「ある‥‥」という特称の形に変えたりするなど、書き換えの規則がある。伝統的論理学では、命題相互の比較から真・偽の推理を行うにあたって三段論法など用いられる。

 

3.否定

命題論理学では、「彼は学生である」は要素命題だが、「彼は学生ではない」は「ない」という結合子が付くために複合命題となる。

本書では、否定は二種類挙げられている。一つは、文にかかる否定(プナサジュヤ・プラティシェーダ)、もう一つは語にかかる否定(パリウダーサ・プラティシェーダ)である。「これは、私ではない、これは自己(本体)ではない」が前者の例で、後者は、「恒常」に否定の接頭辞をつけて「無常」、「自己」に対して「自己ならざるもの(無我)」となる。単語の否定は文の否定よりも比較する対象のコントラストを高めて強力な表現力を獲得する。

実に無明のうちにあるものが、莫迦梵天である。無明のうちにあるものが、莫迦梵天である。実に無常であるものそのものを、恒常であるという。実に堅固ならざるものそのものを、堅固であるという。実に永遠ならざるものを、永遠であるという。実に全一ならざるものそのものを、全一であるという(サンユッタ・ニッカ―ヤ/パーリ語経典 相応部、阿含経典)。

このように単語の否定は、独特な語調を伴って、変化する心の中を描写して相対的な世界の巧みな描き手となる。語の否定によって起こる解釈の多義性については、part2の龍樹の中論の中でもっと詳しく説明されることになる。

 

瞑想するブッダ 1世紀
サリ・バロール遺跡出土 パトナ博物館

4.指示代名詞

命題論理学では、P や q は、不特定の命題を示す記号で命題変項と呼ばれる。本書では、この記号の代わりに「こや」「かれ」といった指示代名詞が使われる。これらの語は、阿含経でも多用される特徴的な使い方になっているようだ。最初に「尊師はこれを語った」と述べた後に「これ」の内容が語られる。ブッダの扱う存在とは「生ずる性質のものは滅する性質のものである」と定義される。それは生滅し、認識されるのだ。この生滅する性質を示すために「これ」を使ったのだという。「これ」と言われれば差されたものを見ようとするのが人情である。「これ」は、言われた時限りの生滅する語であり、やがて認識される。このような表現形式からなる文章は、読む人にとって常にその場その場で成り立つ普遍的な内容として理解されることになる。その都度、認識される生滅するものを表現するために考えられた独特の表現なのである。

 

5.接続詞

概念や、主語・述語の判断、判断に基づく推理を扱う伝統的論理学に対して、文、つまり命題を扱うのが命題論理学である。単独の文は命題素と呼ばれ、文同士は接続詞で結びつけられて、複合文となり、結び付けられる各命題の真偽と接続詞の意味とによって、その複合文も、やはり真偽のいずれかに価値づけられる。この複合文を関数と見て特別に「真理関数」と呼ぶ。論理学で用いられる接続詞は「または(選言)」「かつ(連言)」「ならば(含意)」「‥‥は‥‥と等しい(等値)/すると」の4つがある。否定の「でない」は既にみた。

真と偽に塗り分けられ静止した世界は、接続詞によって刻々と真偽を入れ替える動的な世界へと変貌する。そのような時、ブッダの論理学の思索の流れを無視すると混乱に陥るという。複雑で微妙な表現は、関係の多様性にかかっている。それは真理条件の数によるのではなく、一枚の真理表を語り尽くすことが一切知者を決定づけるというのである。ちょっとゾクゾクする感じがするでしょ。

真理表 単独文〈p〉,〈q〉のそれぞれの項目が真 (T) あるいは偽 (F) の組み合わせは、2²で8通りあり真理表の左側のようになる。1-16まで数字は、ある接続詞を示していて、その下、縦一列のⅠからⅣの4項目にわたって記されている真(T) あるいは偽 (F) は、二つの命題素p、qを組み合わせた複合命題が、真(T)か偽(F)かを判定している。。それでは、具体的にいくつかの接続詞を見ていきましょう。

 

「または」

「または」という接続詞は、真理表の縦列2と10を示している。2は論理和、10は排他的論理和とよばれるものである。10については、後程、接続詞の別のところで述べる。〈p〉が「雨が降っている」、〈q〉が「風が強い」とすると縦列2の場合は、上からⅠ「雨が降っているか、または風が強い」で真(T)、Ⅱ「雨が降っているか、または風が強くない」で真(T)、Ⅲ「雨が降っていないか、または風が強い」で真(T)、Ⅳ「雨が降っていないか、または風が強くない」で偽(F)とする。集合で表すと上の図のようになるのだが、最後のⅣ「雨が降っていないか、または風が強くない」が真か偽かは悩む。ここで、改めて指摘しておきたいのだけれど、命題論理学は、命題の真偽のみを対象とし命題の内容には立ち入ろうとしなかったために限界を生じていた。それをゴットロープ・フレーゲ(1848-1925)は「述語論理学」を構築して既にそれを乗り越えていたのである。本書における論理学は、フレーゲやバートランド・ラッセル(1872-1970)以前の命題論理学が使われているので、文の意味との整合性を問題にすると時に不都合が起きる。ブッダの論理のための踏み台と考えていただければよい。

「そして」あるいは「かつ」

真理表の8である。〈p〉が真でかつ〈q〉が真の時はⅠのみが真になり、残りⅡからⅣは偽となる。「そして」は、命題論理学において〈p〉と〈q〉を入れ替えることが可能であるが、現実に当てはめると交換可能な場合と不可能な場合がある。交換可能な場合は、「無門は禅坊主であり、大酒飲みである」という複合文。不可能な場合は、「サミッディは、沐浴して衣を身に着けた」である。命題論理学では時間を上手く扱えないと石飛氏は強調する。

 


ここから、世俗諦に深く関わる接続詞のうち非常に重要な三つの要素が解説される。ブッダや龍樹の文章においてよく使われる接続詞である。縁起に関してよく使われる「~(する)とき‥‥」、原因に関する文に使われる「~が(ある)とき‥‥」及び、対義語・相対語の時に使われる「~が(ある)とき‥‥」という三つである。縁起に端を発して、世俗諦、四聖諦との関係が解説される。


 

[縁起「~(する)とき‥‥」] 真理表3

真理表における縦列3がここでは扱われる。ブッダの論理学で最もよく使われる接続詞は「~(する)とき‥‥」で、これは「時を経る」接続詞だという。この接続詞が表す論理関係は「縁起」に関わる。この縁起からブッダの教説が始まるのだ。「これ」に種をいれ、「かれ」に芽を入れると下のような表になるのだが、種が先で芽が後という時間的な順序が設定される。ここでは一般に知られる西洋の真理表とは別の解釈が起きている。一方で、阿含経のブッダの縁起の表し方に沿ってまとめると真理表3に見られるⅠとⅣが基準となる重要な公式が浮かび上がる。

真理表の3「縁起」 〈これ〉ならば〈かれ〉という含意を表す。

ブッダの公式

1.〈これ〉がある時〈かれ〉がある。
2.〈これ〉が生ずるから〈かれ〉が生じる。
3.〈これ〉がない時〈かれ〉がない。
4.〈これ〉が滅するから〈かれ〉が滅する(阿含経典12.49.3,5より)。

真理表 3,5,7

1.の「ある」は普通、存在を意味するが、この場合の「ある」は、認識上の「ある」なので絶対に「有る」ということではない。また、1.の「これ」と「かれ」に入る言葉は、2.から分かるように、生じる性質のものでなくてはならない。2.は、1.の解釈となっている。3.の「ない」も同様に認識上の「ない」を指している。4.3.における「これ」「かれ」が滅することを示すから全体を通じて「これ」「かれ」に入るのは「生滅するもの」でなくてはならないことが分かる。4.は、3.の解釈となっている。1.3.が、実際の公式として真理表3・5・7でも使われることになる。

ブッダの教説から具体的な例を拾ってみましょう。

比丘たちよ、生まれることに縁(よ)って老死があるのは、如来が出る、出ないにかかわらない。その道理(界)は、定まっており、法として確立し、法として確定していて、(それは)「これに縁ること」である(阿含経典12.20.3)。

比丘たちよ、そのままであること、そのまま離れないこと、異ならざることが、「これに縁ること」である。比丘たちよ、これが縁起であると言われる(阿含経典12.20.5)。

生まれることによって老死がある」は、「生まれる」がある時「老死」があると言い換えられる。続いて、「これに縁ること(此縁性/イダパッチャヤタ―)」が法として確立された道理であり、縁起と呼ばれるのである。「生まれること」以外の他の十二支縁起一つ一つについても同様に語られるが、十二支縁起については巻末に紹介しておいた。縁起についての命題の表現は、公式1.の「〈これ〉がある時〈かれ〉がある」を契機として展開されるのである。そして、「そのままであること」が「これに縁る」ことであることが指摘される。

あるものをそのとおりのものとして考えるとしても、そのものはそれとは異なったようになってくる。それにとって、そのこと(考え)は、虚偽であるから。虚妄な法(モーサ・ダンマ)はしばしのものである(スッタニパータ/パーリ語経典 小部・経集)。

虚妄な法は、虚偽なるものである、と尊師は語った。一切の虚妄な法は、諸行(サンスカーラ)である。これによって、これらは虚偽である(中論13.1)

ブッダは「そのとおりのもの」は虚偽であるから虚妄な法であるという。それを、龍樹では、一言「諸行(サンスカーラ)である」と述べられる。行とは一切の能動性のことである。虚妄な法とは一切の能動性によって変化する出来事を指すことになり、縁起をさしていることが分かる。そのとおりのもの=虚妄な法=諸行=縁起となる。

サールナート(鹿野苑)初転法輪の地
ダメーク・ストゥーパ

もし、虚妄な法が虚偽なるものであれば、そこでは、いったい何が虚偽とされるというのか。しかるに、このことは、ブッダによって説かれ、空性を説明するものである(中論13.2)。
空性とは、一切の見解からの出離であると勝者たちによって説かれた(中論13.8前半)。

ここ、中論では、虚妄な法がブッダによって説かれ、空性を説明するものであることが明らかにされる。空性とは見解からの離脱であるから言語表現されない涅槃への道となる。この空性は、第一義諦との関連を指し示すから、虚妄な法とは、もう一つの真理である世俗諦を示すことになるだろう。つまり、ブッダの教説である。世俗諦は、空性を説明するために必要とされる。世俗諦の虚妄な法が諸行であるなら、十二支縁起を順観して老死の苦へと至る。同時にそれが涅槃を説明するものであれば、第一義諦は老死から涅槃へと逆観をたどり、その道筋を示す真理となるのである。

これから、四聖諦によって十二支縁起の活用法が示される。世俗諦=虚妄な法→諸行→十二支縁起の順観、第一義諦=涅槃→空性→十二支縁起の逆観という循環が生まれることになる。おおっ! 痛快だ ! ――

 

四聖諦と十二支縁起

四聖諦
①.〈これ〉が苦である、というのが聖なる教えである。(苦諦)
②.〈これ〉が苦の原因である、というのが聖なる真理である。(集諦)
③.〈これ〉が苦の滅である、というのが聖なる真理である。(滅諦)
④.〈これ〉が苦の滅に向かう道である、というのが聖なる真理である。(道諦

この四つの諦 (真理) は、先ほどのブッダの公式 1.、2. に十二支縁起を組み合わせて作られた。ブッダの公式 1.「〈これ〉がある時〈かれ〉がある」の〈これ〉には「苦である」と考えられるもの、出生、老、病、死などを挿入できる。2.「〈これ〉が生ずるから〈かれ〉が生じる」の〈これ〉が苦の原因であるという時の〈これ〉についてブッダは、5人の比丘たちに「渇愛」と教える。初転法輪の時のことだ。ブッダは煩悩を滅する智を得た時、このように説いている。

〈これ〉が苦であると、ありのままに証智した。
〈これ〉が苦の原因であると、ありのままに証智した。
〈これ〉が苦の滅であると、ありのままに証智した。
〈これ〉が苦の滅に向かう道であると、ありのままに証智した。
〈これ〉が煩悩であると、ありのままに証智した。
〈これ〉が煩悩の原因であると、ありのままに証智した。
〈これ〉が煩悩の滅であると、ありのままに証智した。
〈これ〉が煩悩の滅に向かう道であると、ありのままに証智した。
(『マッジマ・ニカーヤ/パーリ語経典 中部』)
これを繰り返すことによって、十二支縁起の無明から老死に至るすべてを滅ぼして解脱へと導かれるのである。

 

「~が(ある)とき‥‥」真理表5

真理表5 (ために)は僕が勝手に挿入しました。

〈これ〉ならば〈かれ〉、P⊃qという含意を表すのが真理表5である。真理表3も含意だが、縁起を表していたのに対して真理表5は原因を見つけるために用いられる。「苦しみがある時 (その原因である) 渇愛がある」を導く。

論理学で「pならばq」と「qならばp」はどちらも含意で形式的にはどちらも承認される。これを相依相関と呼んでよいのかもしれないが、真理表3の接続詞を出発点とした時、「これがある時」という時間が導入された。時間が組み込まれると相依相関はあり得ない。因果関係は、時間を含み原因と結果の不可逆の関係を示している。

苦しみの原因である〈これ〉に入るものを求めていくのが四聖諦におけるの真理である集諦である。「何があるから苦しみがあるのだろうか」と考え、貪るような欲望である「渇愛」を見つける。つまり〈苦しみ〉が頭に浮かんだあと〈苦しみ〉⇒〈渇愛〉という関係が示される。龍樹の言う了因 (知らしめる因)、すなわち理由付けである。そして、その原因として真理表3における「〈これ〉がある時〈かれ〉がある」に、〈渇愛〉⇒〈苦しみ〉を当てはめることができる。それは、生因と呼ばれる。原因から結果への導かれる表現は「〈渇愛〉があるとき〈苦しみ〉がある」となる。このようにして因果関係が明確にされるのである。

命題論理学では、この真理表5は p⊃q (Pならばq) という含意の複合命題であり、条件命題と呼ばれている。pはqの十分条件(内包関係)で、苦しみは渇愛の十分条件となる。qはpの必要条件(外延関係)であり、渇愛は苦しみの必要条件となっている。ついでに言うと「内包」とは、その概念を成立させているいくつかの本質的性質の全てを指し、「外延」とは、その概念が適用される対象の範囲を指している。

 

対義語・相対語の「~が(ある)とき‥‥/すると」真理表7

真理表7 対義語・相対語が使われる時に用いられる。

命題論理学では、等値とよばれる接続詞「すると」が使われるが、この真理表7では、対義語・相対語を使うときの接続詞「~があるとき‥‥」として用いられる。真理表5では、「苦しみがある時 (その原因である) 渇愛がある」とした。まず、〈苦しみ〉が頭に浮かび、その原因である〈渇愛〉が続く。その後、「(原因の)〈渇愛〉がないとき苦しみはどうだろうか」と考える。これが、自然な思考の流れだろう。修辞の問題かもしれないが、言葉の自然な流れから言うとブッダの論理学においては、真理表7の最下段Ⅳは、〈これ〉と〈かれ〉が入れ替えられるという。

〈これ〉があるとき〈かれ〉がある。たとえば、〈長い〉があるとき〈短い〉があるように。さらに〈短い〉がないとき〈長い〉は存在しない。自性ならざるものだからである。(龍樹『宝行王正論』1・48,49)。

 


その他の接続詞として真理表の 8、9、10 が、解説される。接続詞「または」を表す真理表10は、真理表2と同じく論理和であるが、排他的論理和と呼ばれる。真理表8は「そして」という接続詞にあたり、真理表9は「善・不善・無記」というような分類を導く特殊な例として挙げられる。


 

~かつ(または)‥‥ 真理表10

真理表 8 9 10

真理表2で「または」については、既に説明している。「バラモンよ、その乳粥を青草の少ないところに捨てよ、或いは生き物のいない水の中に沈めよ(スッタニパータ/パーリ語経典 小部・経集)」などの文に見られる。真理表10も「または」という接続詞が使われるが、排他的論理和と呼ばれる。P EOR qと記号化されている。真理表2との違いは、Ⅰが偽(F)になっていることだ。

有かつ無である行為者が、有かつ無なるそれ(行為)をなす、ということはない。相互に矛盾している有と無が、どうして一つのものとしてあるだろうか(『中論』8.7)。

排他的論理和の集合

真理表10のⅠは、「有」であり、かつ「無」であるものは「一つのものとしてあり」えないので偽(F)とされる。排他的論理和であるために、Pかつqである部分は除かれるのである。

伝統的論理学では、一般にこの排他的論理和が使われる。例えば、ABが相反するものなのに、「AかBかどちらか」という時「AもBもどちらも」というのは日常的な使い方に反する。一方で、命題論理学では真理表2の論理和の方が使われる。というのも同一命題の選言のケースがあり「雨が降るまたは雨が降る」は「雨が降る」で真になるからである。

 

真理表8は、接続詞「そして」である。この「そして」も真理表2で見たように時間的な縛りがあるので、けっして〈これ〉に入る単語や文と〈かれ〉にはいる単語や文を入れ替えてはいけない。

真理表の9~16は、ほとんど使われることがない知られざる世界であり、名づける接続詞がない。9は用例があるので紹介されている。

 

事態が 起こっている/起こっていない 真理表9

真理表9

真理表9では〈これ〉に楽を入れ、〈かれ〉に苦をいれるが、Ⅰ~Ⅳの順がⅡ~Ⅳのように入れ替えられる。真(T)は、それぞれの事態が起こっている。偽(F)は、それ自体が起こっていない、あるいは、成り立たないを表している。Ⅰのように相反するものが両立されている場合は、成り立ち得ないので、感受について何も述べられない。

このうちアーナンダよ、「感受がわたしの自己である」とこのように述べる者は、彼にとっては、次のようなことが言われなければならない、「友よ、これら三種が感受である、楽である感受、苦である感受、楽でも苦でもない感受である。あなたは、これら三つの感受のうち、自己に対してどれを認めるか」と(ディーガ・ニカーヤ/パーリ語経典 長部)。

真理表9のタイプの文は「世俗諦」には含まれるが「第一義諦」には含まれない。それは、「善であるか、または善であらざるものか、または、そのどちらでもない」という法の説き方のタイプに属するからで、「善・不善・無記」という分類の仕方になっている。これに対して「非善門・非不善門・非無記」を述べるのは、摩訶般若波羅蜜多経であるという。何故なら『大智度論』では、摩訶般若波羅蜜多経は第一義悉檀 (しつだん)、つまり第一義諦の特徴を述べているからであると石飛氏は述べる。

 


「縁起」の接続詞を中心にブッダの論理をご紹介した。その論理学のもとであらゆる事柄を記述できるが、西洋の論理とは異なる部分が当然ある。経典に書いてある通りに知りたいなら言葉を操る「虚妄なる法」である「世俗諦」を知らなければならない。それは、ブッダの公式と十二支縁起から四聖諦という活用の方法論から誕生したのである。ここで、ブッダの最後の言葉を取り上げる。


 

クシナガラの地におけるブッダ最後の言葉

ブッダ終焉の地 クシナガラ インド

滅する性質のものは、諸所の事象である。怠ることなく修行しなさい(ディーガ・ニカーヤ/パーリ語経典 長部)。

ブッダの臨終の言葉をパーリ語の語順で訳すとこうなる。ブッダは、臨終において「滅する性質のもの」を想起する、そして、それを「諸所の事象(行)である」とした。ということは、普通、「滅するものの性質=諸所の事象 (行)」と読む。人は誰でも死ぬものなのだから、嘆き悲しむなとブッダが弟子たちに述べている言葉だと勿論、捉えることができる。しかし、もう一つの別な解釈ができるのだと石飛氏は述べている。十二支縁起では、行とは無明を原因とし、その結果生じる形成・志向作用、すなわち物事がそのようになる力であって、そこから縁起が順に識 → 名色‥‥生 → 老死と展開されていく。

すると、諸所の事象(行)を「形成作用」ないし「志向作用」と読むことが可能となる。「滅するものの性質は、形成・志向作用(行)である」と読める。無明 → 行(形成・志向作用)であるなら、逆に見ると行が滅する時、無明も滅するということになる。すなわち、これは涅槃を意味するという。こうして「涅槃をめざして修行を怠るな」という意味が浮かび上がってくるのである。なるほど臨終を前に弟子たちに残す言葉であることが窺える。

こういう意味の繋がりを考える時、語順を変えてはいけないという著者の主張は、説得力を持つ。ブッダの文は「法」とされる語を主語として、時間の流れに沿った、あるいは、思考の順に従った語順で考えられなければならいというのである。ブッダの一つの文の中には、いくつもの動詞や目的語が並列して語られることがよくある。中村元氏は、詩としての形態からそうなっていると見ているが、それらは、多くが似たような表現であるために繰り返しに見える。しかし、石飛氏は、翻訳時に語順や配置には注意が払われたことはないという。実際には一つ一つに意味があり、ブッダには明確な説明の意図があるというのである。

僕が何故、石飛さんの著書を大きな感動をもって読んだのかは、次回part2で述べることにしたいのだけれど、このようなアプローチが仏教に対して可能であるということは特筆に値する。西洋論理学との比較に関する点ではかなり無理もある。本書における筆者の意図は、ブッダの論理学を体系化することでも西洋論理学と折衷することでもないようだ。次回は龍樹の『中論 (根本中頌)』を中心に、第一義諦に迫りたい。

 

 

 

順観 無明 → 行 → 識 → 名色 → 六処 → 触(そく) → 受 → 愛 → 取 → 有 → 生 → 老死
世俗諦と虚妄な法と十二支縁起の順観は、一つの真理(諦)に名づけられた異なる名である。

 

付録 十二支縁起(桂紹隆、五島清隆 龍樹『根本中頌』より)

1. 無明→行  無明という煩悩に覆われた者は、三種の(善・不善・不動/身・口・意の三業)を行い、それらの業ゆえに天界から地獄界までの次の行き先(趣)に赴く。
2. 行→識→名色   (一切の能動性/業)を縁として (好き嫌いなどの識別作用・認識作用)が生まれ、行き先に定着する。すると名色が活性化する。

3. 名色→六処  名色 (認識の対象一般とその名称)が活性化すると 六処(眼耳鼻舌身意の六つの感受器官)が生まれ、同じく活性化した六処に至って、六処(感覚)とその対象と、(認識)の三者の (対象との接触)が起こる。
4. 例えば、眼根(視覚器官)と色境(視覚対象) と注意集中とを縁として、つまり名色を縁として眼識(視覚による認識)が起こる。

5. 名色+識+六処→触→受  色境(視覚対象)・眼識(視覚的認識)・眼根(視覚器官)三者の出会いがである(他の五つの感受器官においても同様)。そのから(感受)が起こる。
6. 受→愛→取 受を縁として(渇愛)が生まれ、人は、欲取・見取・戒禁取・我語取という四つの(執着)に囚われる。

7. 取→有  取(執着)があると執着する者には(輪廻的生存)が起こる。実に人が執着を持たないなら、その人は解脱し新たなを持たないであろう。
8.9. このとは五蘊(色・受・想・行・識)のことである。から新たなが起こる。老死の苦をはじめとして、愁・悲・憂・悩、これらすべてがから起こる。このようにしてまれることから純粋な苦の集まりが生じるのである。

10. だから、愚者は輪廻の根本である諸行を行う。業をなすものは愚者であり、賢者は業をなさない。賢者は真実を見るからである。
11. 無明が滅すれば、諸は生じない。無明の滅は、まさにこの縁起による知の修習にある。
12. 十二支縁起の先行する要素が滅することにより、後続する要素は生起しない。かくして、純粋な苦の集まりが正しく滅せられるのである。

逆観 無明 ← 行 ← 識 ← 名色 ← 六処 ← 触(そく) ← 受 ← 愛 ← 取 ← 有 ← 生 ← 老死

無明が完全に残りなく離れ滅することによって、志向作用(行)が滅する。志向作用が滅することによって識別作用(識)が滅する。識別作用が滅することによって名称と色形(名色)が滅する。名称と色形が滅することによって六つの感覚があるところ(六入)が滅する。六つの感覚が滅することによって接触(触)が滅する。接触が滅することによって感受作用(受)が滅する。感受作用が滅することによって渇愛(愛)が滅する。渇愛が滅することによって執着(取)が滅する。執着が滅することによって生存(有)が滅する。生存が滅することによって生まれること(生)が滅する。生まれることが滅することによって老いること、死ぬこと(老死)、愁い(愁)、悲しみ(悲)、苦しみ(苦)、憂い(憂)、悩み(悩)が滅する。このように、これらすべての苦しみの集まりの集起がある(サンユッタ・ニカーヤ/パーリ語経典 相応部12.3 石飛道子 訳)。

 

参考図書

石飛道子『ブッダ論理学の五つの難問』2005年刊 ブッダの論理学の基本編

龍樹『根本中頌』を読む 桂紹隆、五島清隆 『中論』のとても良い訳と解説がある。

西澤潤一・上野勛黄『人類は80年で滅亡する』 温暖化の果てにあるもの

松澤宥(まつざわ ゆたか/1922-2006)
80年問題9番より  2002年 
この作品はご家族の許可を得て掲載しています。

「80年内に人類は滅亡する。」このテーマを知ったのは科学雑誌でもなく、新聞記事でもなく、松澤宥(まつざわ ゆたか)というアーティストの作品だった。2000年に本書が出版されているから、作品にこのメッセージが使われたのは、この後からになるだろう。松澤さんは、知的でエレガントで優しい人だったけれど、パフォーマンスの写真とかを見る限り、なんと厳しそうな人なんだろうと思っていた。彼の訴える内容から考えれば、当然のことだったかもしれない。

概念芸術の創始者とか巨匠とか言われる人だ。何故か、松澤さんの晩年にお付き合いさせていただいた。2004年に広島市現代美術館での展覧会に一緒に参加させていただいたのは、とても楽しい思い出になっいる。概念芸術というのは物質の痕跡をできるだけなくして言語を中心としたコンセプトとパフォーマンスを芸術の手段とするアートを指している。メッセージアートにも通じるものがあるが、1960年代から70年代にかけて世界的な展開を見せた芸術運動だった。

本書『人類は80年で滅亡する』は CO² 増加による地球温暖化に警鐘を鳴らした著書の一つである。人類滅亡、つまり、「終焉の開始」を告げる警告の書として異彩を放っていた。まず、現状を知っていただくために気象庁が発表している年平均気温の変化と水位の変化を見ていただきたい。

世界の平均地上気温の偏差(1850-2012年)気象庁

世界の平均気温の偏差は、西暦の第一位が1の年から30年間の平均気温、例えば1961年から1990年までの平均を基準にその年の平均気温がそれからどれくらいズレているかの偏差をグラフにしたものである。これは、10年ごとに更新される。温暖化を背景に右肩上がりになっているのだが、過去30年に比して異常でも次の30年では平年並みになってしまうということを頭に置いておいてほしい。2018年では、1981年から2010年までの30年平均値からの偏差が+0.73℃で1891年の計測以来過去4番目に高い数値になっている。

世界平均海面水位 1900~1905年平均を基準にした世界平均海面水位の長期変化 気象庁

海面の水位も軒並み高くなっていることが分かる。氷河や極地の棚氷がどんどん縮限して太平洋の小さな島が無くなりそうになったりしているのも頷けるのではないだろうか。ベネチアの冠水は、地下水のくみ上げによる地盤沈下によるだけのものではないだろう。気温にしても海面水位にしても大きく変動し始めていることは間違いない。この原因を科学者たちがどう見たかということが一つの大きなポイントになる。

筆者たち――ノーベル物理学賞候補者とエコシステムのスペシャリスト

筆者たちの内、西澤潤一氏は1926年生まれ。東北大学工学部卒業後、同大学で教鞭を執られた。この間に東北大学電気通信研究所所長、同大学総長を務め、同大学の名誉教授であられる。1968年より半導体振興会半導体研究所所長を務め韓国などの半導体産業に大きな影響を与えた。日本学士員会員、ロシア・ポーランド各科学アカデミー、韓国科学技術アカデミー外国人会員など世界各国で認められた科学者だった。日本学士院賞、Jack.A.Morton賞、文化勲章、IEEE(米国電気電子学会) Edison Medalなど多数の受賞歴を持つ人だ。2002年にはIEEEがJun-ichi Nishizawa Medalを創設している。主な著書に『技術大国・日本』『未来を読む』『背筋を伸ばせ日本人』のほか多数の専門書を執筆。ノーベル物理学賞の候補者といわれたが惜しくも受賞を逸した。2018年に亡くなっている。

西澤潤一・上野勛黄
『人類は80年で滅亡する』2000年刊

上野勛黄(うえの いさお)氏は、1938年生まれ、明治大学大学院博士課程を修了後、ドイツのブラウンシュバイク工科大学、テキサス工科大学大学院などで学ばれ、欧米の大学の教授や研究所の研究員を歴任された。東京大学大学院で教鞭を執られた後、衆議院特別職政策担当公務員、エコシステム研究会会長、ウェイスト・リリース研究会幹事などで地球環境の問題に取り組んでこられたようだ。アレキサンダー・フンボルト・フェロー。20世紀業績賞、国際平和賞を受賞されている。主な著書に『エコシステム農法の奇跡』『水の再発見』『海洋深層水パワー』などの他、専門論文が多数ある。

 


まず、地球温暖化のプロセスの中でどのように二酸化炭素が働いているのか。そして、それはどのように地球の中で循環しているのかをみていきたい。


 

地球温暖化物質の二酸化炭素

太陽からの放射エネルギーは、大半が地球の大気や地表で反射されて宇宙空間に放出されるけれど一部が大気圏内の何種類かの気体に吸収されて地球にとどまる。それらの気体のことを温室ガスないし、地球温暖化物質というわけです。代表的な温室ガスは水蒸気と二酸化炭素だが、ほかにメタン、亜酸化窒素、特定フロンCFC-12などもある。今、問題なのは温暖化係数が最も高い二酸化炭素だが、炭素Cと酸素Oの接合部に太陽の放射エネルギーが入射すると、そこが励起されアコーディオンのように振動する。それが静止状態に戻るときに赤外線が放出され、温暖化のエネルギー源の一つとなる。

しかし、このような温室ガスが存在するために地球の大気は適正に保たれてきた。今、それが過剰になりつつあるのだ。地球より太陽に近い金星は二酸化炭素を中心とした分厚い大気があり、その濃度は地球より高く地表温度は400℃となっていて、地球より太陽から遠い火星では、大気はほとんど二酸化炭素だがその濃度が薄く赤道付近の平均気温は-50℃と極寒となっている。地球は絶妙なバランスの中にあるのだが、それは見えない循環に守られている。

地球を循環する二酸化炭素

数値については各研究所でかなり差があるが、二酸化炭素の貯蔵量は、大気圏に約7400憶トン、生物圏には推定で生体として5500憶トン、枯死体として1兆2000憶トンで計1兆7500憶トン余りとなっている。これに比較して海洋圏は大気圏の270倍の質量と1100倍の熱量を持ち、二酸化炭素の貯蔵量は大気圏の47倍、34兆9300憶トンの桁違いの貯蔵量を持つといわれる。大気圏と海洋圏とが混ざり合うのは海面から150メートルまでの表層で、この海洋混合層で二酸化炭素などが吸収され地球大気は浄化されるが、逆に水温が1℃上がると海洋から二酸化炭素100憶トンが大気圏に放出される。それが気温を上昇させ、また水温を上昇させるという悪循環となる。海洋は二酸化炭素の吸収に大きな影響力を持っていた。

1.生物ポンプ――植物性プランクトン

様々な種類の珪藻 光学顕微鏡写真 外・内殻は珪酸で出来ている。

本来弱アリカリ性の海洋には二酸化炭素が溶けていく。その溶け込んだ二酸化炭素から光合成によって有機物を作っている植物性プランクトンは二酸化炭素の海洋への取り込みを加速させる生物ポンプの役割を担っている。

代表的な植物性プランクトンは珪藻と円石藻であるが、珪藻は平均10~20ミクロンほどで円石藻の5倍くらいの大きさがあり、有機物の生産量も多い。珪藻を食べて育った動物性プランクトンや魚の糞の量は極めて多く、マリンスノーと呼ばれる降下物には炭素が多量に含まれる。

これに対して円石藻は5ミクロンと小さく、その殻が炭酸カルシウムで出来ているため、周囲の海水は酸性に傾く。弱アルカリ性の海水に溶けているはずの酸性の二酸化炭素は、大気に戻されることになる。本来二酸化炭素を吸収する作用を持つ「アルカリ・ポンプ」は、珪藻の「開花」と呼ばれるような繁殖に適するような栄養状態の良い海域で極めて活発となる。珪藻が繁茂するような海域は、深層水が湧昇するような栄養分に富む海洋か、大量の栄養分が表層に補給されるような海域である。北西太平洋は冬に深層水が太陽光の届く表層に涌昇する。冬は表層の水が冷やされ深層水と混ざりやすくなるためである。そのような海域で二酸化炭素は吸収されていくのである。

2.深層海水の沈み込みと海洋ベルトコンベアー

海洋のベルトコンベアー 本書より

グリーンランド西方の北極圏であるラブラドル海周辺では、海水が冷やされ密度が高くなり、氷が生じる時に塩分が放出されて海水が重くなり、沈み込む。この沈み込みは、アマゾン川100本分の海水量を幅100キロメートル、秒速10cmで深海へ送り込み、深層流を作る。それは地球の自転の影響で西に向かい、北米、南米大陸の東岸に沿って南下して南極海の深層流と合流した後二つに分かれて、インド洋と北太平洋で浮上してより暖められ表層で二酸化炭素を十分に吸収しながら暖流となって再びグリーンランド沖へと流れてゆく。沈み込みから浮上までの期間は約2000年といわれ、その間に二酸化炭素は海洋深くに引き込まれる。浮上時にはマリンスノーとして降下したリンや窒素成分の豊富な栄養素を運び上げて珪藻などの植物性プランクトンを繁殖させるのである。海洋ベルトコンベアーは、温度制御にとって極めて有効なシステムとなっていた。それは、奇跡の地球ラジエーターと呼ぶべきものなのである。

 


ここで、ほとんど知られていないのではないかと思われる二酸化炭素の有毒性が紹介され、温暖化が加速するとどのような地球気候変動のシナリオが想定されているかが述べられている。何故、温暖化がそれほど深刻な問題なのかが理解できる。


 

二酸化炭素中毒症

二酸化炭素で中毒症状が現れることはあまり知られていない。二酸化炭素は大気中に通常0.03%含まれているが、火山性ガスの発生や密閉された倉庫でのドライアイスの気化、穀物貯蔵庫などでの球根、大豆、木材などの呼吸・発酵による酸素欠乏と二酸化炭素の増加などにより中毒症状を引き起こすことが知られている。火山性ガスによる中毒症状の例としては八甲田山での訓練中に自衛隊員の死亡事故が起きていて、それが二酸化炭素によるものと推測されている。大気中の割合いが0.5%以上になると労働衛生上の許容範囲を超える。文献によって幅はあるが2%~3%を超えると視力障害、耳鳴り、チアノーゼ、呼吸障害が生じ、6%を超えると意識レベルが低下し10%で意識喪失が起きる。これらの値は、短期間に高濃度の二酸化炭素に曝された場合であって、後遺症が出ない二酸化炭素の「脱出限界濃度」は5%で、それも30分以内とされている。高濃度で長期にわたって常時曝されると空気中の二酸化炭素が3%を超えるだけで人間を含む哺乳類は絶滅すると筆者らは訴えている。つまり、現在の100倍の二酸化炭素量である。そうなるまでに最短で150年しかかからないだろうという。その他、これから起こるかもしれないカタストロフィーや進行中のリスクをご紹介する。

西澤潤一・上野勛黄
『「悪魔のサイクル」へ挑む』2005年刊
『人類は80年で滅亡する』の続編

その他、地球気候変動によるリスク

1.海洋ベルトコンベアーの停滞と寒冷化カタストロフィー

急激な温暖化は、各地の氷河を融かし、北大西洋の塩分濃度を薄め、海洋ベルトコンベアーを働かなくさせるのではないかと考えられている。沈み込みが21世紀の中頃には現在の三分の二程度まで浅くなり、停滞の可能性が指摘されているのだ。海洋ベルトコンベアーが停止し、冷たく重い海水が留まったままになると両極が再び広範囲に氷結しはじめ氷河期のような状態に戻ってしまう可能性がある。氷は太陽の放射エネルギーを海面に比較して4~8倍の量を反射するし、海洋の表面で下の海水の温度を逃がさない蓋の役割をする。このような過程が進むと「温暖化が引き起こす寒冷化」というリスクが生じるのである。そうなると適正な農地の位置は地球規模で変化縮小し、深刻な食糧危機が訪れる。

2.急速な温暖化と森林破壊

自然の生態系のリズムからするとわずか200年の間に平均気温が2.5℃から3℃も上昇するような温度変化は考えられなかった。植物はその温度変化に応じて移動を余儀なくされるが『地球白書97-98』によれば、その必要とされる移動年間速度は赤道を中心に南北へ1.5~5.5キロメートルの速度が指摘されている。樹木が移動するには不可能な数値となっている。アマゾンでの大規模な焼き畑農法や東南アジアなどでの森林伐採とプランテーション農法が森林の荒廃に拍車をかけているが、熱帯林は熱帯地域全体で1981年からの10年間で年平均1540ヘクタール、日本の国土の約40%ほどの面積が毎年喪失している。森林が荒廃すれば樹木に固定化されていた二酸化炭素は大気中に放出されることになる。森林は二酸化炭素の吸収源だけでなく今や放出源にもなりつつある。

3.温室効果ガスと気候変化

海洋は大気の約1000倍の熱容量を持ち、陸上より遅れてゆっくりと温度変化してゆく。比熱の最も大きな水は熱的な慣性を持ち、動き出すと止まりにくい傾向があると考えられる。温室効果ガスは一度、大気中に排出されると長期間大気中に留まる。仮に温室効果ガスを現在(2000年)の数値、炭素換算で約100憶トンにとどめることができたとしても大気中の濃度は少なくとも今後200年間は上昇し続ける。2100年には約500ppm(大気中の0.05%)に達するといわれ、数世紀にわたり気温や海面の上昇をもたらす。それに、気温が2℃上がると、海面水位は50cm上昇するといわれる。気象面では、雨の降る地域、その降雨量が極端に変わり、利水や治水の方法を変えざるを得なくなる。台風の発生が増え、異常高温、洪水、高潮、干ばつなどの異常気象、広範な森林火災、中緯度での砂漠化などが世界各地で頻発し災害が大規模化する。すでに現在、その兆候が現れている。この結果、食料の増産地域と減産地域が生じ、新たな経済格差と貧困地域の発生、それに伴う飢餓の発生と難民の増加が懸念されている。

二酸化炭素濃度変化1987-2019 気象庁
グラフは三か所の観測地点での計測結果 波があるのは、夏に光合成が盛んで二酸化炭素濃度は低く、冬は逆に高くなるからである。ppmは100万分の一のこと。420ppmは大気中の二酸化炭素濃度が0.042%を占めていることを表している。

 


二酸化炭素の増加は温暖化の原因ではなく、その結果だという説もあるのでご紹介しておく、だが、実は二酸化炭素が原因であろうとなかろうと温暖化が進めば破局のシナリオがあるのだ。


 

二酸化炭素の増加は温暖化の結果に過ぎないのか

気温変化とCO²濃度変化の関係(キーリング 1989)『CO²温暖化説は間違っている』より

槌田敦(つちだ あつし)氏は、物理学、経済学の研究者だが、二酸化炭素の増加が温暖化の元凶ではないと主張してきた人だ。その根拠にはいくつかある。その著書『CO²温暖化説は間違っている』からご紹介する。

1.ハワイのマウナロア観測所の気象学者キーリングのグループが発表した気温変化とCO²濃度の関係グラフから気温上昇の波の後、半年から一年遅れてCO²濃度が高まる波が続いている。このことから温度上昇がCO²を増加させたのであってその逆ではないと考えられる。

2.フィリピンのピナツボ火山の1991年の噴火によって成層圏に噴煙がただよって太陽光を遮ったために1992年と1993年は気温が上らなかった。そのために二酸化炭素の量も増えなかった。1992年から2年間、人間がCO²の排出をやめた訳ではない。人間の排出したCO²が消えてなくなったわけではないと考えられる。

3.温暖化が先でCO²濃度の増加が後であると考えるとエルニーニョの年は赤道付近の海面温度が上昇するので、その後にCO²濃度は上がるはずで、事実そうなっていることが確認できる。1964年や1992年のエルニーニョの年の直後ににCO²の濃度は上昇していないが、インドネシアのアグニ火山や上述のピナツボ火山の噴火によって気温の上昇が抑えられたためだと考えられる。

4.IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル/Intergovernmental Panel on Climate Change)によれば大気中のCO²の量は約7300億トン(2008年時点)であり、毎年約1200憶トンを陸と、約900憶トンを海と交換している。そうすると大気中のCO²は毎年約30%が入れ替わって大気中には70%が残ると考えられる。しかし、去年のものは70%の70%つまり49%が残り、一昨年分は70%の70%の70%で34.3%が残る。過去45年間に増加したCO² は化石燃料などの燃焼によって排出されたCO²の55.9%が大気中に「毎年留まり続けた」ためだとされているから、0.559×45年は25.2年分となる。しかし、さきほどのように計算していくと人為的に発生させた45年間のCO²が大気中に残る割合は本年分を加えても3.33年分となり、25.2年分の13%でしかない。残りは陸海からの自然増加分であるとしている。

二酸化炭素の増加は、化石燃料の莫大な消費などによる思慮があるとは思えない人為的な活動によって起こるだけではない。それを契機に、地球の多様なシステムを変調させることによっても起きているのだ。おまけに化石燃料の消費は年々増加している。

槌田敦『CO2温暖化説は間違っている』

自然増加分というのは主に海洋から発生したCO²であろうというのは槌田氏もこの著作で述べている。温度上昇の波よりもCO²濃度の波が遅れるというのは、海洋が暖められるのは大気中よりも遅れるからではなかろうかと思われるが、そのタイムラグが半年から1年であるかどうかは僕には分からない。海洋が温まると大量のCO²が解放されるというのは前に述べた通りである。これらの論拠から気温が上がっても地球は安泰だと槌田氏は述べているわけではない。

海洋ベルトコンベアーの停止による寒冷化カタストロフィーについては言及されていて、深刻な食糧難と大量の難民の発生というシナリオはある。槌田氏は、温暖化の原因を大気汚染のほうに見ていて、温暖化物質としての水蒸気や地球の水冷化システムの方を重視しているようだ。ただ、槌田説には致命的な欠点がある。二酸化炭素の有毒性についての言及がないのである。呼吸困難になる前に、仮に13%であろうとなかろうと二酸化炭素を減らすべきではないか。

 


古生物学者のピーター・ダグラス・ウォードは、その著書の中で、こう述べている。過去の大量絶滅の多くの原因は、微生物たちであった。けれども微生物たちを増殖させて空気や海を容赦なく汚染したのは高等生命であった点において、高等生命もこの共犯者あったと。今、人間がすべきことは、炭素や硫黄や窒素の循環に直接介入して高緯度地域に常に氷冠が残るように温度を保ち、モンスターたちを無力化することだと述べている。私たちは、生物圏を延命させることのできる唯一の生物だと述べる。この著書の冒頭には寒冷化の事態が何をもたらすかが書かれている。


寒冷化の思考実験

ピーター・ダグラス・ウォード
『地球生命は自滅するのか?』 珪酸塩と炭酸カルシウムのフィードバック理論が紹介されていて注目。母なるガイヤとは対照的な子殺しのメデイア(メデア)のよう地球の側面が紹介される。

「‥‥氷にわれていない赤道地域でも多くの樹木種が死に始めて、樹木やその生態学的構造に依存する複雑な食物網が破壊されていく。この食物網は密生する小枝の間に張られたどのクモの網よりもはるかに複雑なものだ。雨林でも乾燥林でも、樹木は急速に枯れて倒れる。そして、その後にはよくて草や雑草が生える程度で、その他の場所は岩がむき出しになり、そこに生きていた動植物は死に絶え、それが存在していたという化石記録さえ残る可能性はほとんどない。死をもたらす変化の過程は陸地に限られていない。陸の植物が死ぬにつれて、河川に詰まった腐った植物が海に流れ込み、養分が豊富になるので短期的には生命の大増殖が起こる。だが、酸素が使い果たされるとその大繁殖は終わり、腐敗した植物は酸素のない海底に沈み込み、大規模な富栄養化をもたらす。大量の有機物が腐ると、周囲の水に含まれる有効酸素は使いはたされてしまう。陸上の樹木の死が、いっそうの影響をもたらす。根がなくなると土壌は風や雨に運ばれ、最後は海底に落ち込む。大陸に近いところは巨大な海底の扇状地が形成されて、かつては安定していた海底の群落を覆って窒息させる。移動することのできる無脊椎動物は、それほど破壊的でない水中の地滑りならば抜け出せすことができるが、動けない動物相には助かる見込みがない。‥‥」(ピーター・ダグラス・ウォード『地球生命は自滅するのか?』長野敬・赤松真紀訳)

読んでいると気が滅入ってくるのだけれど、一度は読んでみてほしい。先に述べた微生物が大量絶滅の元凶というのは、温暖化によって赤道から極地までの温度勾配がなくなると海流や風の流れが滞り、海はやがて酸欠状態になる。そのような海域では、猛毒の硫化水素ガスを発生させる細菌が地層に痕跡を残すほど繁殖したのである。本書の最終章では温暖化の問題が取り上げられているが、彼が最も懸念しているのは海面の上昇にある。過去、二酸化炭素濃度が1000ppm、つまり大気中の0.1%を超えると概ね氷のない世界が訪れた。グリーンランドの氷が融けるに伴い海面は6メートル上昇し、南極の氷が融けると70メートル上昇する。気候学者デーヴィド・バティスティによると現在の二酸化炭素の増加量を考えると1000ppmに達するのに最短で95年、最長で300年だろうと予測されている。それから長期にわたって徐々に海洋の酸欠が起こり始めるかもしれない。

 


『人類は80年で滅亡する』に戻る。海洋や極地付近のメタンハイドレートが崩壊すると、温室効果係数で二酸化炭素の24倍というメタンの雪崩的な発生が起こる。これが最悪のシナリオである。地球は過去6憶年の間に生物の大量絶滅を6回経験している。筆者たちは、7回目の危機がもうすぐそこに来ているのだ言うのだ。


 

最悪のシナリオ――メタンハイドレートの崩壊

科学技術が発達すると不幸が起こるから、もう科学の発展は必要ないのではないかという意見もひところ盛んにあったし、今でもそう思っている人もいるだろう。原子爆弾の開発に飽き足らず毒ガス・サリン、劣化ウラン弾、キラー衛星などの開発、度重なる原発事故などなど科学に否定的になる気持ちも分からなくはない。兵器は論外としても、その使い方が悪いのである。筆者たちは「科学技術が悪いのではなく、技術が未完のうちに世にだすから弊害が起こる」のだという。バックミンスター・フラーが開発する前に考え抜けと言っていたことに通じる。確かに自動車が最初に開発された時、燃料に電気を使うものと石油を使うものの両方のタイプが開発されていた。結果としてガソリンを使用する車両が世界中で使われるようになったが、世界中の人間がガソリン車に乗ったらどうなるかということは考えられていなかった。世界規模で技術の開発を考えるということは必要なことだったのである。

本書の著者たちが最も恐れているシナリオはメタンハイドレ―トの崩壊である。それは、メタン分子CH⁴を水分子が取り囲んで固まったシャーベット状あるいはゼリー状の物質で火を付けると燃えることから「燃える氷」と呼ばれている。マリンスノーとして海底に積もった有機物は嫌気性分解して最終的にメタンとなる。海洋から大気中に放出された残りが海底でメタンハイドレートを形成するわけだ。

地球全体の大気中のメタン経年変化 気象庁

2019年のメタンの大気中濃度は約1.88ppmで、2005年ころから再び急上昇している。問題なのは、このメタンハイドレートと極地付近の永久凍土層のメタンが炭素に換算して10兆トンもあり、そこから大気中に解き放たれるメタンは温室効果係数で二酸化炭素の24倍のポテンシャルを持っていることである。そして、海底に溜まったメタンハイドレートは、大陸のプレートの移動に伴って海溝付近など窪地に溜まりやすい。おまけにそこは、プレート同士がせめぎ合う地震発生地帯と重なり易いのである。8000年前のノルウェー沖でマグマの上昇による地滑りで表出したメタンハイドレート層を暖い海流が洗ったために埋蔵量の3%にあたる3500憶トンのメタンガスが大気中に放出されたと推定されている。今もメタンの噴出跡がクレーターとして残っているという。もし、この量が再び放出されたとすると地球の平均気温はわずか10年で4℃上昇する。

世界の研究機関は、化石燃料に代わる最も有力なエネルギー資源として、このメタンハイドレートを研究中だというが、日本近海の埋蔵量が100兆立法メートルあり、それは日本の天然ガス使用量の約1600年分に相当すると言われる。問題なのは、このメタンハイドレートが温度や圧力の変化に敏感で、例えば温度1℃~2℃の変化で急速に崩壊し、ガスと水に分離するからである。有用だが危険なのである。海底の石油層は多く天然ガスやハイドレート層の下にあり、いわば、それらに蓋をされていて、掘削がその蓋に達した時に膨大なガスが一気に噴出して大爆発が度々起こっている。掘削基地であるオイル・リグの破壊が20世紀だけで40基以上にのぼるといわれる。他方、シベリアのような凍土地帯で森林が切り倒されると、凍土が融け始めそれに含まれる天然ガスやメタンハイドレートのメタンが大気中に放出されるのである。

地球誕生後、大気の80%は二酸化炭素であったが、海洋で、その約半分が炭酸カルシウムである石灰岩が膨大な量形成された時に消費され、大気圏上層の水蒸気は太陽のエネルギーによって水素と酸素に分解され他の元素と反応してメタン、一酸化炭素、水、二酸化炭素に合成された。35憶年前にシアノバクテリア(藍藻)によって光合成が始まり酸素が作られ始め、海水中のミネラルと炭酸カルシウムとを結合させストロマトライトと呼ばれるドーム状の石を形成した。やがて30億年前ころから植物の光合成によって大量の酸素が生み出される。それから今日に至るまで、地球はけっして平穏無事ではなかった。

6億年前から現在までの酸素と二酸化炭素濃度の推移
『「悪魔のサイクル」に挑む』より

主要な生物の大量絶滅は、過去6億年のあいだに6回起こっているが、原因は色々といわれる。6億~5憶年前、ゴンドワナ超大陸の分裂が始まる。新生物が大量に発生したカンブリア紀に差し掛かる前の時代である。地球創成期を除いて、人類がまだ登場していない自然の生態系の歴史の中で二酸化炭素が大気組成中最も高かったのはこの時期で、現在の700倍の26%、海面は現在より200メートルも高かった。5憶4000年前、旧来の生物はほぼ絶滅した。

 

今後の気温変動と二酸化炭素濃度の行方

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告では2100年に大気中の二酸化炭素濃度は0.07%になると予測しているが、これには海洋圏からの増加分が含まれていない。危険要素を列挙しておく。

1.海洋植物性プランクトンが珪藻から円石藻主体になると気温は、2100年には現在より2.8℃上昇して二酸化炭素濃度は0.085%となり、現在のほぼ2倍となる。

2.メタンハイドレートの崩壊が8000年前と同じ規模起きたとすると、10年で気温を4℃押し上げ二酸化炭素濃度を160ppm上昇させる。

3.海洋圏の氷の融解は気温を20年で2℃上昇させる。二酸化炭素の排出量が今日のペースで続き温暖化が停止しなければ21世紀の半ばには深層海流の流量は現在の三分の二に減少し、沈み込みの深さも半分になる。22世紀になって二酸化炭素濃度が0.14%まで上昇すると深層海流は停止する可能性があるが、それが、超温暖化をもたらすか逆に寒冷化をもたらすかは神のみぞ知る。

地球号という乗り物の他に人類の乗り物はない

グレタ・トゥーンベリ スウエーデンの環境活動家 気候変動学校ストライキなどの活動で知られている。

さて、化石燃料の消費によって生じる二酸化炭素などの温暖化物質の増加だけでも問題なのだが、事はそう簡単ではないということが御理解いただけたのではなかろうか。温暖化の問題は地球の深層海流の循環や海洋の植物性プランクトンの活動、同じく地中の微生物による活動などと密接にかかわっている問題である。温暖化が進行すれば、二酸化炭素の量は増え続ける。その量が3%を超えるようなことがあれば、7回目の生物大量絶滅に発展する可能性がある。メタンはウシや羊といった反芻動物たちのゲップからも発生するから、それらの大量の家畜たちの存在も無視出来なくなるだろう。そして、最悪メタンハイドレートが大量に崩壊するとすれば、21世紀末を基準にその数十年前後で二酸化炭素の大気中の濃度が3%を超える日がやってくる。それが、本書のタイトルの由来になっているようだ。その時、人類は姿を消す。

グレタ・トゥーンベリというスウェーデンの若い女性がこの温暖化問題に抗議して話題になっている。主訴は自分たちの未来を保証してほしいということにつきるだろう。現在のツケは次世代の子供たちに確実に回ってくる。そのため彼女は15歳の時に温暖化対策を取らない大人たちに抗議するためにスウェーデン議会の前に座り込む「学校ストライキ」を始めた。世界中の若者たちの賛同を得て、ストライキは各地に広がっていったようだ。地球号という乗り物の他に人類の乗り物はない。まず、早急に我々がすべきことは温暖化対策に真剣に取り組まない政治家は落選させることだ。一国の利害に執着している場合ではないのである。

二酸化炭素の排出量の推移と予測 『人類は80年で滅亡する』より

二酸化炭素やメタンガスの影響は非線形性の正帰還現象である。つまり正のフィードバックループに陥って現象を加速度的に助長してしまう。後戻りできない。世界の化石燃料の消費は、資源エネルギー庁の試算では1971年から2015年の44年間で約2.2倍に増加している。地域別ではアジア太平洋地域の増大が著しいし、燃料別では石炭、石油、天然ガスともに増加している。それに伴って、大気中の二酸化炭素濃度の増加は指数関数的に増加しようとしている。もうすでに後戻りできない臨界点を超えるとも超えたとも言われているのだ。

最近閉幕した(2019年12月)地球温暖化対策の国連会議COP25は、190を超える国や地域が参加し、スペインで開かれた。代替エネルギーへの転換が進まず、石炭による火力発電が増えようとしている日本は白い目でみられていたらしい。そのCOP25では、温室効果ガスの削減目標を引き上げるよう各国に促す記述や、来年から始まる温暖化対策の国際的枠組みである「パリ協定」の実施ルールの一部を巡って意見の収集がつかず、40時間にわたる会期延長の末、国の事情に応じて前進させ可能な限り高い野心を持つという掛け声に終わった。削減目標の引き上げは、この会議の成果文書にはついに明記されなかったのである‥‥80年内、人類滅亡。

 

世界平均地上気温の予想 気象庁 IPCC第五次評価報告書より
RCP2.6は、気温上昇を2℃に抑えることを目標として考えられた温室効果ガス排出量の最も少ない予想シナリオ。RCP8.5は排出量最大を見積もったシナリオである。北極地域は世界平均より速く温暖化し、海上より陸上の方が気温が高くなる。

 

 

ツヴェタン・トドロフ『象徴の理論』part2 象徴学への遠望

今回はツヴェタン・トドロフの『象徴の理論』を取り上げています。本書では、象徴は記号学の視野の中で意味喚起の機能を巡る問題として扱われるのですが、それを前提にお読みください。しかし、この後半で、トドロフは象徴体系の歴史を追いながら、この象徴が古典主義に対抗する美学原理にまで発展していくことを明らかにしていきます。

 

ロマン派の騎手 意外にもモーリッツ


ロマン派の理念は、モーリッツによって確立されていた。そこには、芸術が自然の模倣から逃れ、それとは独立した存在であることが言祝がれ、作品は部分と全体との調和の内に成り立つという古典主義的な美の理論が再確認される。そして、対立物の調和・反対物の融合というもう一つの原理は、ロマン主義美学を特徴づけるものとなった。しかし、ノヴァーリスやシュレーゲルらのロマン派の理論は当時の状況より一歩も二歩も前進していた。そこには、現代にまで通じる積極的な意味が隠されていた。


 

後半はロマン主義的美学理論の萌芽をすべて携えていた人、その人はヘルダーでもルソーでもヴィーコ、シャッフツベリでもない、カール・フィリップ・モーリッツが俎上に上がる。アウグスト・ヴィルヘルム・シュレーゲルはモーリッツが芸術における模倣原理を最も高度に使用したとして激賞したが、惜しくも神秘的迷路に迷い込んだと述べている。一方でシェリングは、モーリッツが一番最初に神話をそれにふさわしい詩的な絶対的性格を含めて表現したと、またもや激賞するが、最終的な完成度に至っていないと述べ、彼にゲーテの影響が濃いことを指摘した。‥‥う~ん、謎の人

しかし、トドロフは、モーリッツの重要な著作『試論』がゲーテと出会う前年には完成していたことを指摘する。いかに、ゲーテが恩着せがましく述べようとモーリッツの功績は霞まないのである。それに、シュレーゲルのモーリッツ評には模倣の概念に関する美学の混乱があるという。当のシュレーゲルが、後の『芸術の理論』では模倣の原理を徹底して批判している。この混乱については、それにまつわる主だった理論をpart1の最後で述べたので繰り返さない。

モーリッツ像 ヨハン・ハインリヒ・ヴィルヘルム・ティッシュバイン画

モーリッツはこう述べる。「美の性質は、内在的存在が思考の能力の限界を超えて躍り出るところに、自らの生成のなかにある」と。こういった美の非合理的側面と生成の行為に関する関心の偏りは、ロマン主義が表象(再現)と世界の関係ではなく、芸術家と作品の関係、つまり表出の関係を重視してきたことに対応している。彼は美が快楽を与えるという有用性を否定して、美とは無用なものであることを出発点とした。有用ならそれ自体の外側に目的があるが、美は外部の如何なる正当化も必要としない。美の目的はそれ自体の中にある。例えば、歩行には普通それ自体とは別の目的があるが、飛び上がりたい気持ちを押さえられないような喜びは歩行をそれ自体に戻してしまい、それに拍子が取られれば舞踏が生じるという。‥‥手の舞い、足の踏むところを知らず‥‥

芸術の目的が自然の模倣ではなく美の創造であるなら芸術は自然よりも優れているという結論に至る。それに、彼は部分と全体の調和という古典主義的な美の原理も標榜する。それに、もう一つ、美の原理があった。芸術作品を特長づける内部の整合性は、作品の精神的側面と素材的な側面、内容と形式といった相反するものを融合・総合する。ここでモーリッツは「最高の悲劇的美は相反するものの並置によって形成される」とした。神話の進化の頂点にあるギリシア神話のイメージは相いれない反対物を吸収し高める総合能力によって特徴づけられると述べるのだった。

諸芸術の間では美は翻訳されえない。芸術のメッセージはポエジーや絵画などによって表現可能であるが、普通の語が述べる能力、考える力の限界を超えたものを表現する。そこで、あらゆる芸術の特性が唯一の概念、ロマン主義者たちが象徴(シンボル)と呼ぶものに集約されていく。そして、モーリッツにおいては、あるものが美しいと言う限りにおいて、それは何ものをも意味すべきでなく、その外側にあるものについて何も語るべきでない。自己自体によって記号表現となるべきだという。

ノヴァーリス自筆稿 
『ハインリッヒ・フォン・オフターディンゲン』

ノヴァーリスはこのように述べている。「ポエジーの本質が本来何であるか誰にも定義できないであろう。けれどもそれは無限で単純な整合性である。」ポエジーと音楽と数学との間の無数の同一視が始まる。言葉は観念にとって音楽の楽器であり、フーガは全く論理的、科学的であり、代数はポエジーであったのだ。ここで、全体と部分をどのように解釈するかという問題が起きてきた。内部の整合性は、個別と全体との調和にかかっている。個別は全体の認識を前提とするが、個別的なものは一つずつしか把握することはできず、全体を一度にはとらえられないからである。シュレーゲルの弟子であったアーストは全体の各部分は同時に全体のイメージであり、全体は部分の中に既に与えられるとしたのである。シューレーゲルは循環的方法と呼んでいたようだ。‥‥これがフラクタルの話なら申し分ないけど

さすがにノヴァーリスは詩的にこう述べる。「各瞬間ごとに含まれる普遍的なものは失われない。なぜなら、それは全体の中にあるからだ。どの瞬間にも、どの現象にも全体が働いている。人類という永遠なものは偏在する(断章-1979年まで 48/青木誠之 他訳)。」

カントは、こう述べた。美的観念は任意の概念に連なった想像力の表象であり、その想像力の自由な行使は多様な部分的な表象を結び付ける。そのため一定の概念を示す如何なる表現もこの概念を表すことはできず、言語に絶する多くのものを考えさせる。その感情は認識能力を活性化し、言語の文字に精神を吹き込むと(『判断力批判』)。美的観念は芸術が表現するものであって、いかなる言語もその芸術と同じものを表現できない。しかし、その中心にある言語を絶するものの代わりに周辺的な連想を無限に言いたてることはできる。つまり、美的観念を運ぶ形式は美的属性というわけだ。言語に絶するものは、言葉の過剰を、記号内容による記号表現の氾濫を引き起こす。ここで思い出してほしいのだが、part1で述べたようにアウグスティヌスは、聖書解釈の濫が多様な言葉の置き換えによって起こることを強く警戒していた。ロマン派では、逆にそれが正当化されるのである

一方で、天上的なものは間接的にしか語れないというオリゲネスやアレクサンドレイアのクレメンスに見られる考え方があり、芸術と宗教性との類似があった。ここでは、至高のものは寓意によってしか表現できないと考えられていた。寓意による表現方法と神的な内容を持つメッセージの方法とは相互に連帯し始める。こういう意味で、シュレーゲルにとって寓意は他のロマン派の場合のように象徴とは対立しないものだった。寓意であれ、象徴であれ、それを用いることは、芸術を言葉で表現することの不可能性に根差していた。そこで批評は、モーリッツの言うようにそれ自体をポエジー、音楽、絵画とすることで可能となる。ポエジーはポエジーによってのみ批評され、小説は小説によってのみ批評されうる。こうしてノヴァーリスやシュレーゲルにとって創作は批評活動となるのである。‥‥これは現代にも大きな影を落としていると思います‥‥がノヴァーリスやシュレーゲルらの初期ロマン派と後のロマン派ではかなり様相を異にするので注意

作品が自足する存在であるなら、ポエジーにおける言語の使用は遊びに過ぎなくなる。言語の本質は、言語自体のことしか構わない。そこでは、作家が言語を使用する者ではなく、言語に使用される者となる。ノヴァーリスはこうして未来の美しく純粋な創作をこう述べる。「夢のように、話の筋が支離滅裂であるがさまざまな組み合わせがあるもの。ごく単純に言って完璧に調和のとれた詩編、完全な言葉の美しい詩編、しかしまた首尾一貫せず、いかなる意味もなく、せいぜい二つか三つの分かりやすい詩節からなり――この上なく多様な事物純然たる断章のようなものであるべきである。本物のポエジーはせいぜい大まかな寓意的意味を持ち、音楽などのように間接的効果を生み出しうるのである(断章)。」‥‥これは、ちょっと嫌な予感がする‥‥鴨長明は「言葉にあらはされぬ余情」を追求した結果、朦朧とした歌体になった

 

ゲーテ登場 ロマン派の香り


象徴と寓意とは、どう異なるのか。なかなか見極めがたいものがある。それを鮮やかに差異化したのはゲーテだった。それは、図らずもロマン派の価値一式と手を携えることになる。ゲーテは、一部ロマン派だというトドロフの指摘もなるほど頷ける。


 

1790年まで象徴という言葉は、寓意、象形文字、数字、謎といった言葉の類義語でしかなかった。現在一般的に使われている寓意と象徴についての解説をいくつか取り混ぜてご紹介する。

サンドロ・ボッティチェリ 『不屈』
不屈の寓意像、甲冑や剣といったエンブレムが重要な要素となる。

寓意とは、他の物事に仮託して、ある意味をあらわすこと。抽象的な事柄を具体化する表現技法である。狐は狡猾の、天秤は平等の寓意となる。文学作品、造形作品に仮託する場合もある。文学作品の場合、一般的に同系列の隠喩を連続させて,たとえ話のような形式に構成される。たとえ話や寓話より複雑で長く,ある物語の展開が同時に別の事件や思想を組立て,両者の間に明瞭で継続的な関連が認められる場合を言うとある。その基本的手法は擬人法であり,人物が抽象的観念を表わす。これは『薔薇物語』のところでご紹介した。 理想の女性を〈薔薇〉に見立てた隠喩を展開させれば、奥処の薔薇に遭縫することは真理に到達することを意味していた。こうして、人生における真理を得るための戦いが寓意として成立するといった具合である。

象徴はこのように説明されている。一般に直接知覚できない事象を類似性や隣接性にもとづいて具象化したものが象徴である。この事象と何らかの関係を持つ第三者がそれに充てられるが、その対象との間の関係が例えば鳩と平和のように目や耳などで直接知覚できない意味や価値などを物や動物,ある形象など何らかの類似によって具象化したものに置き換える時、象徴と呼ばれる。心理学的には外的事物,事象を代表して表現している心理過程をさす。この意味では、心像ないし観念とほぼ同義である。精神分析においては,特に無意識の欲望などを表わす意識的観念,活動あるいは物体の意味で用いるとある。

象徴と寓意の対比を初めて行ったのはゲーテであった。有名な定式は、詩人が普遍を目指して個別を探すとき寓意が生まれ、特殊な個別の中に普遍的なものを見る時に象徴が生まれるというものだった。ゲーテにとって後者が本来の意味のポエジーであり、これを指摘したのは彼が最初だった。制作過程の違いが闡明にされる。寓意においては意味作用は必然的であり、作品の中のイメージは他動詞的、つまり他者を巻き込むことになる。ゲーテ風に解釈すれば、狡猾を目指して狐が探られる。象徴の中ではそのイメージが別の意味を持つことをそれ自体によって指示されない。平和を目指して鳩が探られるのではなく、鳩から平和等が想起させられる。本来のポエジーは、普遍的な基盤について考えることも指示することもなく個別を述べるが、それを生き生きと捉えることが出来る者には、同時に普遍的なものをそれとは知らずに後になって受け取るのだという。

『ローマ近郊におけるゲーテの肖像』1786~87年
(ヨハン・ハインリヒ・ヴィルヘルム・ティシュバイン画)

また、後にこうも述べている。寓意は現象を概念に、概念をイメージに変形するが、概念はイメージの中に残り続ける。それゆえ、概念を完全に捉えることができ、それをもってイメージの中に表現できる。象徴体系は、現象を観念に、観念をイメージに変形する。しかも、この観念はイメージの中で常に果てしなく活発で捉え難く、あらゆる言語で表現されるとしてもそれは言語に絶するものとなる。老境のゲーテが指摘したことは、作品は、寓意においても象徴においても個別 → 普遍 → 個別という過程を経るが、普遍という抽象化の段階で、寓意が一つの理性的な概念に結ばれるのに対して象徴の中では観念にまで及ぶのである。つまり、象徴の方が複雑だと言っている。ここに象徴の絶対的優位が宣言される。

トドロフは、こうまとめている。寓意は、既成のもの、他動詞的、恣意的で純然たる意味作用であり、理性の表現とされた。象徴は、生産的であり、自動詞的であり、有縁化であり、反対物の融合にまで達し、その内容は理性では捉えられず、言語に絶するものを扱う。ゲーテの言う象徴は、ロマン派が標榜した価値一式に当てはまっていた。‥‥ゲーテは一部ロマン派だという指摘も頷けます

この象徴という語がロマン派の中でどのような位置を占めるかは以下の指摘で明らかになる。A.W.シュレーゲルは、友人のシェリングの「美とは有限な方式によって表象される無限である」という言葉を援用し、その中には崇高美も含まれると断りながら「美は無限の象徴的な表象である」とした。ロマン主義美学を一語に圧縮するとすればシュレーゲルの言うこの「象徴」という一語であるとトドロフは述べている。

 

象徴 メタシンボルか原始心性か


ロマン派以降の象徴の行方が取り扱われる。アウグスティヌスは、本来の記号と転用された記号という枠組みの中で寓意と同時に象徴機能を認めていたが、ゲーテは、寓意より象徴を前面に押し出した。これによって、象徴は修辞の方法の一つから美的原理にステップアップし、ロマン派において強大な力を獲得するのである。しかし、二つの矛盾する態度を生んだ。それは、象徴をメタシンボル化する傾向と原始的心性に押し込めようとする態度である。


 

オスワルド・デュクロ、ツヴェタン・トドロフ『言語理論小辞典』
言語理論の素晴らしい解説書になっている。

ソシュールによって記号と象徴(symbole)とは対立するものとされた。記号における記号表現(シニフィアン)と記号内容(シニフィエ)との間には必然性はなく、恣意的であるが、記号表現なくして記号内容はなく、その逆も真であるという意味で必然的なものと言える。り・ん・ごという言葉とりんごの意味内容との関係は恣意的であるが、その二つがセットでなければ意味をなさないという点で必然性を持つ。象徴には象徴するものと象徴されるものがあるが、この二つの間にも必然性はない。鳩と平和という語は本来関係性はない。しかし、そこには何らかの動機がある。こうした動機付けは心理学では類似と隣接というようだ。このような類似と隣接によって象徴連鎖が起こる。言葉によるコミュニケーションは、記号以上とは言わないまでも象徴の使用によっても行われるとトドロフは言う。今や、記号と共に象徴は意味喚起の二大形式の一つとなるのである。

だが、それは二つの矛盾する態度を生んだ。一つは、記号を象徴に変換しようとし、記号ごとに無数の象徴を結び付けようとする態度、そこから象徴のメタシンボル的確信が生まれる。これは説明する必要はないだろう。もう一つは、すべては記号であり、象徴は存在しない、ないし存在すべきでないとする態度であり、理性が言語活動を支配すると考える人たちは、象徴を動物、子供、未開人などの原始心性に特徴的なものだとした。レヴィ=ストロースは、呪術と科学を対立させるかわりに、認識の二つの方式として並列させるべきで、両者が前提とする心的操作の種類に関して違いはないとしたことはよく知られている。また、象徴の起源を原初の言語の残響だとみる態度に対して、トドロフは、自分の仮説は、人々が言語活動や言語的記号の起源とかそれらの初期状態を記述していると思いつつ、実際には現に存在しているそのままのかたちの象徴について暗黙に通用している知識を過去に投影しているのだと述べている。

象徴を原始的心性に押し込めようとする態度については、いくつか、面白い例があるので挙げておく。リュシアン・レヴィ=ブリュールは、原始的心性を提唱した哲学史家だが、象徴はそれが表す存在とか対象に、ある意味で、「なっている」ように感じられると述べた。表象することは、現実に目の前に文字通り出現させることだった。象徴はその存在に帰属しているためにその存在の一部なのである。このように象徴は、それが表している存在なり、対象なりを分有しているというのだ。インディアンは自分の名が単なる名札でなく目や歯のように自分の一部だと感じ、自分の名が悪意によって扱われると身体の傷が痛むのと同じように苦しむという例がある。トドロフは、我々現代人も全員インディアンなのかと問う。

未開人は、連続関係と因果関係を混同し、通行中に蛇が木から落ちたことと、その後息子が他所で死んだことを結びつける。この例に対して、ロラン・バルトが物語の原動力は、継起性と因果関係の混同そのものにあり、後からやって来るものが結果として読み取られるとし、それは論理的誤謬の組織的応用だとしたことを紹介している。そして、フロイトは夢が論理的関係を同時的なものとして示すと述べたことも付け加えている。‥‥ユングは好きじゃないらしい

レヴィ=ブリュールは、象徴使用の特徴は体系のないことだと指摘したが、トドロフは E.カイエの『象徴性と原始の魂』の一節を引いて反論している。「赤い月夜の晩に生まれた人々は王になるだろう」。赤が血と、したがって権力と連合させられる。血は権力の象徴表現(換喩による)だが、それは赤の象徴内容(提喩による)となっている。赤は血の象徴表現であり、月の象徴内容であり、正確には月のある時期の象徴内容(別の提喩)となっている。月のこの時期そのものが時間の換喩によってその時期に生まれた人間の象徴内容に変換される。各象徴表現がそれぞれの象徴内容となっていて、この転換は無限に持続する連鎖として展開されるかのようである。王も権力の象徴である。この連鎖は一つの象徴内容である権力の同一性のおかげで実現されるのであり、それは等価関係化と呼ばれる。‥‥おおっ! 象徴学してきた

象徴体系の操作におけるもう一つの特徴は多元決定である。再びカイエの著作が引かれる。「若い一人の原住民は最初の息子を失くしたので、二番目の息子をローライRoalahyと呼んだ。私が理由を訊ねたので、彼は次のように説明した。〈私がローライ (=二+男) と呼んだのは、息子が息子であり、また長男の代わりだからであるし、またその発音が、有名な白人だと思われるローランという名と似ているからである〉」。トドロフはこう付け足す。ジェームス・ジョイスは、したがってこういう手法の創始者ではない。象徴体系のどんな利用者もこういうことをしているのである。連綿と‥‥

 

象徴とフロイト〇 象徴とソシュール× 象徴とヤコブソン□


象徴に関連する問題提起としてフロイトの夢解釈とソシュールの「舌語り」との関わり、そしてヤコブソンの詩学が俎上に上がる。これらは、象徴がどのように彼らの思想と関係したのか、あるいは関係しなかったのかを検証している。フロイトの夢解釈と象徴の関係はすこぶる興味深い。


 

フロイトの象徴による夢解釈

フロイトは、機知や夢の研究を通して無意識に固有の特殊なメカニズムを述べた。夢は無意識の中ですっかり準備された象徴を利用するのであって夢の作業の中に特有な象徴活動というものはないという。そして、夢の作業とヒステリー症候の起源は同じであって、ある正常な思考に対する異常な心的加工は、幼児期に起源を持つ抑圧された無意識的欲望が正常な思考に転移した時のみに起こりうるとした。これは有名なテーゼとなった。だが、トドロフは、著名な言語学者バンヴェニストの論文を引いて、フロイトが確認したのは、伝統的な修辞学における言語学的な象徴体系の諸作用に過ぎない、フロイトはそれと気づかず「転義法の古いカタログ」を再発見したのだという。同時に、この時代の意味論という観点からはフロイトの『機知といった著作は最も重要なものだとも述べている。この著作では、言葉の圧縮、ほのめかし、間接的な表象、多元決定といった言葉遊びなどに関わる問題が考察されている。

フロイトにとって潜在夢から顕在夢に変形する作業が夢の加工であり、逆の作業である顕在夢から潜在夢へさかのぼる作業が解釈だった。この解釈において彼は、象徴の解釈法と連想の解釈法とを分けて、連想法という新たな分野を開拓している。連想法は、夢を見た人に夢の内容の様々な要素に関して気づいたこと、夢の断片が生む諸連想を話してもらうことである。自分の夢を自分が語るのである。夢を見る人の連想は、その人の生の特定の時期に固定されているので普遍性を欠いていて、一つの象徴的な表現は無数の象徴表現を湧き立たせる。観念連合は夢の一要素から複数の思考へ、一つの思考から複数の要素へと導かれるという。ここで、トドロフは、フロイトが夢の物語に続いて現れる連想に価値を置いたことを独創的だと評価する。象徴の隣接関係を記号表現による隣接関係と同一視したのである。しかし、フロイトは夢の象徴体系は夢に特有のものではないが、無意識の作用だと明言してはばからなかった。象徴表現は無意識の産物となったのである‥‥うーん、夢解釈を言葉の側から逆照射するとこう見えるのか。フロイトの象徴はロマン主義者のそれとは異なっている。ロマン主義者にとって象徴は翻訳不可能なものだった。ついでに言うとフロイトの解釈学は後に大きな影響を与えた

 

ソシュールと舌語り

ソシュールの「アナグラム」とロマン・ヤコブソンの「音素から詩へ」でご紹介しておいたが、ソシュールがあの華々しい講義の後、中年を過ぎて長い沈黙に陥ったこと、アナグラムや民俗学に傾斜していったことは謎とされている。そして、これもまた、奇妙なことだった。ジュネーヴのとある商店に勤めていたエレーヌ・スミスは入門希望者の何人かに交霊術の「実践上演」をしていた。精霊とのコンタクトで、彼女は、ある日、サンスクリット語を話したかと思うと、翌日は火星語だったりしたのである。だが、その交霊術の場で、その言葉を筆記していたのはフロイトの弟子であり、ジュネーヴ大学の心理学教授であるテオドール・フルールノワだった。彼は、ソシュールに彼女のサンスクリット語もどきや火星語の分析を頼み、ソシュールは実際にその分析をした。トドロフは、そのことがソシュールにとって象徴に接近するための貴重なチャンスだったと考えているが、ついに彼は、言葉の喚起や示唆の関係を体系化することなく袋小路に入り込んだままだったという。‥‥ソシュールにモノ申す‥‥ここが、本書を書く動機の一端になっている

舌語りあるいは、語妄想と呼ばれる現象が宗教から離れて医学や心理学の分野で研究されるようになったのは19世紀も半ばになってからである。トドロフは想像し難いことだがと述べながらソシュールがエレーヌ・スミスの言葉を熱心に研究したことを紹介している。ソシュールは、彼女のサンスクリットもどきはサンスクリットではないが、様々な音節のごた混ぜで、その中に8音節か10音節までの意味を持った文の断片が現れる、それら以外は理解不能だが、サンスクリットの単語一般形態に反したり対立してはいないと結論付けた。フルールノアがエレーヌ・スミス嬢に関する著作を発表した後、今度はヴィクトール・アンリという言語学者が彼女の火星語を研究した。

アンリは、言語活動が意識的なものであるとしても、それが駆使する手段は無意識的なものだと考えていた。彼は自分の考えを正当化するために例の夢の象徴論理を引き合いに出した。発明された意味のない言語は、実は他の語から派生したもので舌語りの言語活動は有縁的な言語活動だという結論に達した。その有縁化は無意識が行う秘密の仕組みの働きだというのである。

実は、舌語りには観察者全員を引き付けた特徴があった。頭韻法とリズムに関係する文彩が多いことである。音の形態の繋がりが問題となる。トドロフは舌語りの言説における象徴体系 (要素の繋がり方) は、通常の言語活動の持つ「意味」をなおざりにして構成要素間の関係を問う広義の統辞法を強めている結果だとみている。 火星語の éréduté は、フランス語の「孤独な/ solitaire 」を意味するが、アンリは éréduté を éréd と ut、そして é に分ける。éréd はドイツ語のErde (地球、大地)だがフランス語の同じ意味 Terre に近接し、ut はソの音階の名solから(実はこれはドの間違い)、é は近接した母音の i に変換されて solitaire となるとしている。アンリはこのように火星語を分析して見せた‥‥ご苦労様

 

ヤコブソンの詩学

ヤコブソンは、常に文学とは何かを考えてきた人である。彼は高校生の時、ノヴァーリスとマラルメを読んだ。‥‥Oh!、Bravo!‥‥  言語と詩を未来の研究対象に決めていた頃である。彼らは、言語に関する深遠な理論家であり偉大な詩人であり、それらが結びついていたことを知った。ちょうどその頃、フレーブニコフらの未来派やロシア・フォルマリスムという学派が誕生していたが、彼らの思想に見えるものは、すでにノヴァーリスの『独白』の中で十分に総合的な形の萌芽を見せていた。そのことが自分を驚かせ、魅了したと回想している。実際、詩の自動詞的性挌を「表現のための表現」と定義したのはノヴァーリスだった。トドロフは、ノヴァーリスの自動言語とフレーブニコフの自律的言語説を隔てる距離はわずかだとしている。ロマン主義における詩の定義はおよそ100年間忘れられていたが、20世紀の初頭以来、前衛的なすべての詩学の流派において、ロマン主義に反対する立場の人々においてさえ、合言葉となったという。‥‥ヤコブソンの原点は、象徴派⥹未来派にあったんだね

彼の研究は二つの方向に向かった。一つは、文学が描く「現実」ではなく「現実が描かれているという印象を与えるテキスト」を用いてその真実らしさを研究することだった。人が現実と呼ぶものは一貫した有縁化、つまり関係性の中から現われると考えた。ここらあたりが、象徴機能と関係するところだろうか。もう一つは、ある詩人の詩学の根本にある諸構造の特徴からその詩人の主題を演繹しようとした。ヤコブソンの興味は個々の文学事象を知ったり記述したりするための基礎をかちとることだった。そこでは、ノヴァーリスのように啓示を述べることも、サルトルのように敵を告発することもなかったとトドロフは指摘している。

ヤコブソンにとって文芸の科学が対象とするものは、文学ではなく文学機能であり、その唯一の主役は技法だった。技法とは言葉を事物あるいは観念の単なる代理としてではなく言葉自体として知覚させるために詩人たちが用いる全ての方法だと定義される。具体的には、文彩 (フィギュール)、時間空間との戯れ、奇妙な語彙、構文、付加形容詞、詩的転用と詩的語源、語呂、類義語と同音異義語、韻、語の分解などである。その中で、彼の注意を引くものは、様々な形の反復と並行性だった。そして、自動詞性を実現するための内的整合性がある。それらによって、詩は特別な固有の時間継起の中に入っていく。こうして、詩を聞く人は現実から引き出され、想像上の時に身をゆだねる。そこでは、言語が純粋な戯れとなり、韻律、テンポ、リズムといった言語内容とは無縁な法則に従うのだという。

トドロフは、言語の自律性を認めず、言語に固有の法則を探求することを拒絶する態度は、既に我々の文化に蔓延しているという。そういう風潮に対して、ヤコブソンの態度、どんな口実が与えられようと決して言語を知覚することをやめず、言語が透明性や「自然さ」の中に消えてしまうのを許さないという態度は、重大な思想的、哲学的意味を持ち、その重要性は市場に流通するあれこれの「思想」などよりずっと重いと断言する。ヤコブソンには、言語学者であると同時に大胆な詩を激しく生きようとする賭けがあるという。彼の言語理論には規範と例外の対立を認めないという特徴があった。もし、ある言語理論が良いものなら、それは無色の役に立つ散文だけでなくフレーブニコフの詩のようなこの上ない野性的な言語創造をも説明できるものでなくてはならなかったのである。‥‥トドロフにとって、ヤコブソンの情熱は導きの星だったか

 

象徴学は飛翔するか


トドロフ、最終章で岐路に立つ。


ツヴェタン・トドロフ(1939-2017)
『象徴の理論』

ロマン主義が生んだもの、それは、諸現象間の徹底的な差異化であった。唯一の絶対的本質に対する探究の断念だったとトドロフは言う。決定的に重要なのは創作者と創造物との関係となる。自己表現を行う主体が多様であれば、多様な理想がある。多様性が重きをなし始め、歴史は不可逆的で還元不能な展開となる。ヴィーコやヘルダーが先駆けたが、これもロマン派の創案である。各時代は、それぞれ独自の精神、独自の理想を持つと考えられるようになった。言語活動に多数の機能があるように、芸術も同様であり、言語活動、芸術の立ち位置、階層秩序は、異なった時代や文化では同じままではあり得ない。古典主義のように、理想は一つではなくなったのである。

古典主義の理想は、事物と概念の不変で永遠の本質を信じることであり、一つの体系が歴史を支配する。時の経過の中で現れる変化は、予見された変化に過ぎず唯一の枠組みを変えない。ロマン派では、歴史が体系を支配し、唯一の枠組みは放棄される。変化は不可逆で差異は還元不能だという公準を打ち立てなければならない。ここで、トドロフは古典主義とロマン主義という二つの道の間で迷う。そこから何処へ向かうのか。‥‥記号学の問題から完全にはみ出してるぞ !

彼は、第三の道を模索できるのではないかと考える。それは類型的、多機能的、異形論的であろうと言う。それを可能にするのは言語活動の象徴学の構築ではないかと言うのだ。‥‥象徴学を新たな結合術にする道もあったかもしれないのだけれど‥‥この最終章でそれを具体的には述べていない。実は、後の『言語理論小辞典』の中で、象徴学が非言語的体系の記号学を形成する上で欠くべからざるものだと述べて、他の動機を吐露している。バンヴェニストは、音、色、映像に関するいかなる記号学も音、色、映像によって述べられることはないであろうと述べた。パースは、そんな非言語的な記号学を含めた総合的な記号学へ向かって努力したが体系化できなかったし、カッシーラの『シンボル形式の哲学』は、哲学の枠組みであって記号学のそれではなかった。トドロフにおいて、象徴の問題は、解釈学と間テキスト性の問題へと自然に拡大していくのだが、彼の関心は、文学へと引き戻される。『批評の批評』を経て他者との対話へ移っていくのだ。自己とテキストに見られる「他者の自己」との対話である。それが、どのようなものであるかは、ミハイル・バフチンをお読みになればよいと思う。

トドロフは、丁寧に象徴の歴史を追いながら記号や修辞についての知識を与えてくれている。言葉の「表現内容」は意味のネットワークが前提とされているということ。アウグスティヌスの隠喩、寓意、象徴といった「本来の記号ー転用された記号」は、言葉を結び付ける強力な手段であること。象徴に代表される転用作用は、テキスト間の意味喚起にまで及ぶこと。これによって形成される意味連合は豊饒な世界を形成してくれる。私たちが、多彩な意味のネットワークを掛けかえ合えているのはこのような言葉の機能によるということに気づかされるのだ。ボルヘスが、何故詩人たちがあらゆる時代を通じてありあわせの隠喩を使い続けるのかを問うたのもこの問題に結び付けられているだろう。隠喩は、象徴的喚起全てに潜む最も基本的構成関係を示している。そして、僕が思うに、特定の隠喩は意味のネットワークの結節点となりうる。それは巨大なクラスターになっているのだ。この意味のネットワークがテキスト内やテキスト間で勇躍する契機をトドロフは、象徴にみていた。

 

参考図書

ツヴェタン・トドロフ『象徴表現と解釈』
『象徴の理論』の姉妹編

本書では、言語における象徴表現から何故複数の解釈が生まれるのかが考察される。象徴表現と解釈とは切り離すことが出来ない。トドロフのいう象徴は、語・文からだけではなくインターテクストの中から意味を浮かび上がらせるような働きを指すようにもなる。アウグスティヌスの記号学が比較的詳しく、象徴の不確定性を巡るランボーやカフカの例など興味深い例が紹介されている。

 

 

 

ニュース

2020年 5月『 松澤 宥・植田信隆 展』のご案内

2020 5/19-5/24『松澤 宥・植田 信隆 展』のご案内

 

2020年 5/19(火)- 5/24(日)
ギャラリーG/ Hiroshima
http://gallery-g.jp/  contact http://gallery-g.jp/contact/
火曜ー土曜 11:00~20:00 日曜 11:00~16:30

 

概念芸術の巨匠・松澤宥(まつざわ  ゆたか/1922-209)と植田信隆が2004年に制作した『消滅するヒロシマに捧げる九つの詩』のリメイク作品、そして以下に掲載しています松澤宥のオリジナル作品を展示します。この展覧会に際しては、ご家族と長沼宏昌氏の全面的な協力を得ました。ここに深く感謝いたします。

松澤 宥  出品作品

草稿/『死のテーマ ヴェネチア・ビエンナーレに』『タントラを巡ってさまよう』 『A Black Hole』『ゾンスベーク国際展へのコメント』 他
九字九行作品/『超人類の果て』『ドリコソマ』『エニグマ22』 他
パフォーマンス草稿/『諏訪湖に白紙絵画を見せる』『私の死』 他
チラシ作品/『ああニルああ荒野におけるプサイの秘具体入水式』『プサイの死体遺体』『プサイ函』 『人類よ消滅しよう』『ドンデン返し計画』他
パフォーマンス写真(長沼宏昌 撮影)

新型肺炎の影響も懸念されますが、『関連シンポジウム』が以下のように予定されています。

 

5月19日 (火) 19:00~20:00

植田 信隆(作家)、柿木 伸之(かきぎ  のぶゆき/広島市立大学国際学部教授 哲学、美学)

ベンヤミン研究者として知られる広島市立大学の柿木伸之先生をお招きします。前半は私が松澤さんの芸術についておおまかに解説し、後半は、柿木先生に松澤芸術を起点として戦争と芸術をテーマにお話ししていただきます。

5月24日 (日) 13:00~16:00

出原均(ではら ひとし/兵庫県立美術館学芸員)
アラン・ロンギーノ(インディペンデント・キュレーター)

2004年に広島市現代美術館で『松澤宥キュレーション展』を企画された当時の学芸員であられた出原 均(ではら ひとし/現・兵庫県立美術館学芸員)さんに松澤芸術について解説していただき、アメリカの若いキュレーターであるアラン・ロンギーノさんにアメリカでの松澤宥巡回展の様子を伺います。

どうぞ、皆さまマスクをお持ちになってご来場ください。

 

2020年3月27日

2019年 ギャラリーG、広島での個展のご案内

2019年 広島での個展のご案内

2019  6/18(火)-6/23(日)

ギャラリーG Hiroshima http://gallery-g.jp/

contact  http://gallery-g.jp/contact/

火曜ー土曜 11:00~20:00
日曜 11:00~16:00

新作「モノクロームの残像 “Afterimage of Monochrome”」をご覧いただきます。ギャラリーの場所は、広島県立美術館の斜め向かいという絶好のロケーションです。

最近興味を持っている形は、まるまった落ち葉のような形、枯れかかった枝、蹲る大地に潜む虫たちが見せる姿です。三分の一は、水墨画のように、三部の一は、象徴画として、三分の一は抽象画のようになればいいと思っています。少しは年齢なみに落ちついてきたと言われたい。でも、どうなんでしょうね。

どうぞ、ご来場ください。

 

ギャラリーGマップ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年5月5日

ロンドンでのグループ展 2018

ロンドンでのグループ展

2018  11/26-30

スウェイギャラリー ロンドン       http://london.sway-gallery.com/home/exhbition/

月曜ー金曜 11:00~19:00
土・日曜 11:00~20:00 要予約 

Sway gallery , London

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Afterimage of monochrome 15
60.6cm×50cm

Sway gallery , London

26-30 November 2018

70-72 OLD STREET, LONDONEC1V 9AN

 +44 (0)20-7637-1700

A group exhibition of unique and creative Japanese artists, curated by Artrates
Mon-Fri → 11:00-19:00 Late Opening Thu 29 Nov → 11:00-20:00 (RSVP)

PARTICIPATING ARTISTS:
● Maki NOHARA (Oil Painting)
● Sei Amei (Watercolour)
● Fumi Yamamoto (Mixed Media Painting)
● chizuko matsukawa (Embroidery Illustration)
● Naho Katayama (Paper Cut Works)
● Yuki Minato (Japanese Ink Painting)
● noco (Mixed Media Painting)
● Nobutaka UEDA (Mixed Media Painting)
● Harumi Yukawa (Watercolour)
● Kaoruko Negishi (Acrylic Painting)

● IWACO (Doll Maker)

 


展覧会の報告

Sway Gallery , London     26-30 November 2018

ロンドンのSway Gallery から展覧会の報告をいただきました。「伝統的な作風の中にもモダン性を感じる」「色の濃淡のコントラストがインパクトがある」というお客様のコメントがあったとのこと。作品の背後の世界やストーリーについても知りたいというお客様もいらっしゃり、ぜひご本人がいらっしゃれば!というギャラリーのスタッフからのコメントもありました。好評をいただいたようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年 ニューヨークでのグループ展

ニューヨークでのグループ展です。 2017年 10月17日(火)~21日(土)

短期間の展覧会で恐縮ですが、おいでください。

Jadite Galleries   New York

413 W 50th St.
New York, NY 10019
212.315.2740

https://jadite.com/

【Art Fusion 2017 Exhibition】

October 16-21
Hours: Tuesday – Saturday Noon-6pm

 

Fumiaki Asai, UEDA Nobutaka, Izumi Ohwada, Ayumi Motoki
and others

Opening: Tuesday, October 17 6-8pm

MAP(地図) https://jadite.com/contact/


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Opsis-Physis 12
1997   53cm×45.5cm


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Afterimage of monochrome
2016  45.5cm×53cm

 

 

2017年10月18日

秋島芳惠 処女詩集『無垢な時間』表紙デザイン

 

秋島芳惠詩集『無垢な時間』表紙

秋島芳惠(あきしま よしえ)さんは、現在90歳を超えておられると聞いている。広島に住み、60年以上に亘って詩を書き続けてこられた。だが、生きているうちに自分の詩集を出版するという気持ちは持たれていなかったようだ。

この間、僕が彼の詩集の表紙をデザインした豊田和司さんが訪ねて来て、こんな素晴らしい詩を書く人なのに、詩集が一冊も出版されていない。それで自分たちは、それを出版したいと思っている、ついては、表紙をデザインして欲しいとおっしゃったのである。僕は、正直言ってちょっと困った。自分のグループ展も近かったからである。だが、自分の母親をこの4月に亡くしたばかりだった。秋島さんとほぼ同い年のはずである。ちょっと心が疼かないはずもなかった。母への想いが秋島さんと重なってしまったのである。それで、お引き受けした。

しかし、デザインはかなり難航した。表紙に使う絵は決まっていたのだけれど、どうも色がしっくりこないのである。僕は絵を制作する時には、ほとんど煮詰まったりしないタイプなのだけれど、今回は久々に頭を抱えた。色が合わない。渋くはしたいが、かといって色は少し欲しかったからである。色校もし直した。その時点でのベストだと思っている。秋島さん御自身が気に入ってくださったと聞いて、ほっとした。

自分のことはさておき、このような企画を実現した松尾静明さんや豊田和司さんにエールをお送りしたいと思う。自分たちが、良いと思うものを残していかなければ、やはり地域の文化は育っていかないからである。こんな企画が色々な分野でもっとあればいい。

秋島芳惠詩集 表・裏表紙

2017年 6/9~7/15 ウィーンでのグループ展です。


ウィーンでのグループ展、開催のお知らせ。

場所: アートマークギャラリー・ウィーン   artmark – Die Kunstgalerie in Wien

日時: 2017年6月9日(金)~7月15日(土)

作家
Frederic Berger-Cardi | Norio Kajiura | Imi Mora
Karl Mostböck | Fritz Ruprechter |  Chen Xi
中島 修  |  植田 信隆


 

 

 

artmark Galerie

Wien
Palais Rottal
Singerstraße 17
Tor Grünangergasse
A-1010 Wien

T: +43 664 3948295
M: wien@artmark.at

http://www.artmark-galerie.at/de/

artmark galerie map

 

 

 

 

2017年5月21日

豊田和司 処女詩集『あんぱん』表紙デザイン

豊田和司 処女詩集『あんぱん』表紙デザイン

ご縁があって、詩人豊田和司(とよた かずし)さんの処女詩集『あんぱん』のカヴァーデザインをさせていただきました。僕は折々、自分の画集を作ったことはあるのですが、その経験が活かせたのか、豊田さん御本人には、気に入ってもらっているようです。彼の作品は、とても好きなのでお引き受けしました。詩と御本人とのギャップに悩むと言う方もいらっしゃるようですが、そういう方が芸術としては、興味深い。ご本人に了解を得たのでひとつ作品をご紹介しておきます。

 

豊田和司詩集『あんぱん』表

みみをたべる

みみをたべる
パンのみみをたべる
やわらかくておいしいところは
おんなのためにとっておいて

みみをたべる
おんなのみみをたべる
やわらかくておいしいところは
たましいのためにとっておいて

たましいの
みみをたべる
やわらかくておいしいところは
しのためにとっておいて

みみをたべる
しのみみをたべる
やわらかくておいしいところは
とわのいのちに
なっていって

 


皆様、この「遅れてやって来た文学おじさん」の詩集を是非手に取ってご覧くださればと思います。

お問い合わせ tawashi2014@gmail.com

三宝社 一部 1500円+税

豊田和司詩集『あんぱん』表(帯付)と裏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年2月27日

2016年『煎茶への誘い 植田信隆絵画展』のお知らせ

『煎茶への誘い 植田信隆 絵画展』

2016年の植田信隆絵画展は、三癸亭賣茶流(さんきていばいさりゅう)の若宗匠 島村幸忠(しまむら ゆきただ)さんと旬月神楽の菓匠 明神宜之(みょうじん のりゆき)さんのご協力を得て賣茶翁当時のすばらしい煎茶を再現していただき、この会に相応しい美しい意匠の御菓子を作っていただくことになりました。加えて、しつらえとして長年お付き合いしていただいた佐藤慶次郎さんの作品映像をご覧いただくことができます。「煎茶への誘い」を現代美術とのコラボレーションとして開催することができたのは私にとって何よりの喜びです。日程は以下のようになっております。どうぞご来場ください。

 

2016年10月11日(火)~10月16日(日)
広島市西区古江新町8-19
Gallery Cafe 月~yue~
http://www.g-yue.com
 

『煎茶への誘い』

煎茶会は15日(土)、16日(日)の13:00~17:30に開催を予定しております。

茶会の席は、テーブルと椅子をご用意しています。

ご希望の方は、15日、16日の別と時間帯①13:00~14:00、②14:00~15:00、③15:30~16:30、④16:30~17:30を指定してGallery Cafe 月~yue~までお申込みください。会は30分で5名の定員となっております。お早目にご予約くださればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

<参加費>2,000円(茶席1席 税込) 当日受付けにてお支払ください。

お申し込先 Gallery Cafe 月~Yue~
広島市西区古江新町8-19  営業時間/10:30〜18:30  定休日/月曜日
TEL 082-533-8021  yue-tsuki@hi3.enjoy.ne.jp

先着順に受け付けを行っております。茶会は一グループ30分です。各時間帯の前半、後半どちらかのグループに参加していただくことになりますが、前半の会になるか後半の会になるかは、当日の状況によりますので、あらかじめご了承ください。

「煎茶への誘い 植田信隆絵画展 リーフレット」 表

「煎茶への誘い 植田信隆絵画展 リーフレット」 表

「煎茶への誘い 植田信隆絵画展 リーフレット」 裏

「煎茶への誘い 植田信隆絵画展 リーフレット」 裏

 

 

 

 

 

 

2015-16年 大分県立美術館開館記念展Vol.2 『神々の黄昏』展

今年オープンした大分県立美術館(OPAM)の開館記念展Vol.2、『神々の黄昏』展に出品させていただきました。194cm×390cm(120号3枚組)が4点並んでいます。しかし、展示場はとても広いのであまり大きく感じません。こんな大きな空間でゆっくり見ていただけるのは、めったにないことなので是非実際に会場に行ってご覧くださればと思います。

近くには別府や湯布院などとてもいい温泉が沢山ありますので温泉に浸かって帰られるのもまた良いのではないでしょうか。広島からJRで2時間半くらいの距離です。

2015年 10/31(土) - 2016年 1/24(日)  http://www.opam.jp/topics/detail/295

『神々の黄昏』展会場 大分県立美術館

『神々の黄昏』展会場
大分県立美術館

大分県立美術館(OPAM)外観 板茂(ばん しげる)設計

大分県立美術館(OPAM)外観
坂茂(ばん しげる)さん設計の美しい建築です。

 

 

大分県立美術館内部 エントランスから西側を概観

大分県立美術館内部
エントランスから西側を概観

 

 

2015年11月2日

2015年 広島での個展と『能とのコラボレーション』

吉田先生の御長男も特別出演していただくことになりました。とても楽しみですね。「能への誘い」の後20~30分をめどに吉田先生とお話をしていただける機会を持ちたいと考えております。お時間のある方は、そのまま会場にお残りくださればと思います。どうぞよろしくお願いします。

『能の誘い』 2015年7月29日(水) 14:30~15:30
25席はお蔭様をもちまして予約完了となりました。

予約していただいた方々には予約整理券をお送りしております。それをお持ちになって当日会場受付までお越しください。尚、現在2名の方がキャンセル待ち予約に入っていただいております。

ueda and yoshida collaboration 1ss

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『植田信隆絵画展』
日時 2015年7月28日(火)~8月2日(日)

10:30~18:30 (最終日17:00まで)
新作を含めて10数点を展示いたします。

『能の誘い』
「能のいろ」
2015年7月29日(水)
14:30~15:30
能装束と扇のお話を中心にしていただくとともに吉田さんのすばらしい謡・仕舞の実演をご覧いただけます。
『能の誘い』は全席25名ほどのわずかな席しかありませんので、ご予約をお願いします。ご予約後整理券をお送りします。
「能への誘い」料金 2000円
予約連絡先 (7月1日より予約開始です)

植田信隆方  携帯090-8996-4204  hartforum@gmail.com
ご予約はどうぞお早めにお願いいたします。

場所
Gallery Cafe 月~yue~
http://www.g-yue.com/index.php

以上よろしくお願いしたします。

Gallery Cafe 月 ~yue~ 地図

Gallery Cafe 月 ~yue~ 地図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年5月14日
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